第4話 ダンジョンへようこそ
クラスメイトの加藤真理子さんは、昨晩、塾の帰りに横断歩道を渡っている途中に、居眠りしていた大型トラックにはねられたという。
頭を強く打って現在は意識不明の重体。生死の境をさまよっているという。これが今日1日で俺が知ったことだ。
加藤さんのことはよく思い出せない。だが、クラスメイトの不幸は俺の心に影を作った。重苦しい1日を過ごした俺は、いつものように一人で家に帰る。
そして、いつものごとく自分の部屋でSNSを開始する。登録グループ内でのチャットである。
(昨日は尻切れトンボな終わり方をしたからな……どうなったか?)
「誰かいます?」
「……」
「……」
「……」
おかしい。少なくとも『堕天使』はいるはずだ。
(もしかしたら、昨日のあの怪しいゲームに参加したからか?)
『炭酸』のおっさんと『堕天使』の二人だったら、あのまま、再度の『YES』を選択した可能性がある。SATOさんは恐らく行かなかったであろうが。
夜の8時50分過ぎ。
「TR君いる?」
SATOさんだ。銀行員をしているという彼女が、ここに参加してくるいつもと同じ時間だ。きっと、食事したり、お風呂にはいたりしてからパソコンの前に座るのだろう。SATOさんのことだから、おしゃれにワインでも飲みながら、会話を入力しているかもしれない。
SATOさんは、いつもこのくらいの時間にやってきて、今日1日の仕事であった嫌なことを語るのが日課になっている。
俺も学校であった嫌なことを聞いてもらうからお互い様であるが。俺もSATOさんも学校や銀行名を出さず、プライバシーばれをしないように気を使ったやりとりをたまにしていた。
そこへ『炭酸』や『堕天使』が介入してくるのが常であった。
銀行員に高校生という社会のレールに乗って人生を歩んでいる俺とSATOさん。
自称作家を名乗る非正規の社会人『炭酸』。
中学生から学校に行ってない真性引きこもりニートの『堕天使』。
妙な組み合わせだが、ある意味、それぞれの世界からの代表だからこそ、話が合うのかもしれない。
「いますよ、SATOさん。聞いてくださいよ。今日、クラスメイトが事故に遭って大変だったんです」
「そう……」
「それで朝からとばっちりで、男子に絡まれて散々でしたよ」
「……」
「まあ、憧れの麻生さんが助けてくれたので事なきを得ましたけど」
「麻生さん?」
「クラスの女子。学校で一番可愛いって言われている女子です」
「……」
何か食い付きが悪いSATOさん。そういえば、俺が学校の女子のことを話すのは初めてである。
これまでも学校のことは話したことはあるが、クラスメイトのことは話したことはない。もちろん、学校名も話していない。
しかし今回はちょっと具体的に話し過ぎた。個人情報がバレてしまうと俺は後悔した。
(ちょっと、待て? もしかしたら、SATOさん、俺のことが好きで嫉妬をしていたりして……)
妄想である。男子高校生のよくあるファンタジーだ。
しかし俺は即座に頭を振った。
(って、そんなわけねえ! ああ、妄想はだめだ。SATOさんは年上、お姉さん。それに本当に女かどうかも分からない)
俺はSATOさんとは会ったこともない。もちろん、『炭酸』も『堕天使』もだ。会いましょうとか言わないから、この4人は今でもSNS仲間を続けられているとも言える。
「それにしても、今日は炭酸と堕天使、来ませんね。こんなこと今までなかったはずだけど」
「ゲーム……かな?」
俺の話題転換が流れを変えた。SATOさんも気になっていたようだ。
「昨日のゲームに参加したとか? あれって、4人一組じゃないとダメでしたよね」
「そう言ってたよね。まさか、私たちを待ってるとか?」
それは十分考えられたが、そうならそうでこの会話に入ってくるはずだ。まさか、戻ってゲームから戻って来られなくなるわけでもなかろう。
「あのゲーム不気味じゃありませんでした? 殺すとか、報酬とか、願いをひとつ叶えるとか。笑っちゃますよね」
俺は率直に思ったことをぶつけてみた。たぶん、SATOさんも同じことを思っているに違いない。だが、次の会話文は意外であった。
「ねえ、TR君。あなたはこのゲームに参加したことがあるんじゃない?」
俺は数秒固まった。そしてタイミングの合わない声を上げた。画面に変換された文字が浮かぶ。
「え?」
「あ、いえ、何となくそう思っただけ」
「……ないですよ。こんな不気味なゲームは初めてです」
俺はそう答えた。なぜSATOさんがそんなことを俺に聞いてきたのかは意味不明である。
「そ、そうよね……。でも、このゲームは何だか恐ろしいわ。参加した炭酸さんとか、堕天使さんとか気になるし。あの画面まで行けば何か分かるんじゃない?」
(ああ、そう考えたか……)
一瞬、SATOさんがあのゲームに興味があるのかと思ったがそうではないようだ。あくまでも2人のことを心配しての発言だ。
「SATOさんがそう言うなら、登録画面までいきます? 右上に数字もあったから、参加しているなら何か分かるかもです」
それにしても、このゲームを一番嫌っていたSATOさん。どういう風の吹き回しだろうか。
二人の行方が知りたいだけなのかもしれないが、それだったらしばらく待っていればいい。
4人一組のゲームに2人が参加できたかどうかは分からないけど、ずっとゲームばかりしているわけでもなし、そのうち、気がついて話しかけてくるはずだ。
でも、SATOさんに言われて俺もちょっと気になった。別に願いが叶うというフレーズが魅力的というわけでもなかったが、どんな願いでもいいのであろうか?
(参加特典というのが、非常にチープなものを連想してしまうけど)
仮にもしそれが本当で、なんでも叶うなら、俺は何を望む。例えば……。
俺は頭を振った。(麻生さんを俺の彼女に……)実に痛い願いだ。
そんなことしたら、空気になれない。輝く人が隣に来たら、一気に俺まで輝いてしまう。
それに麻生さんの意思を無視してそんな願いをするのはクズのやることだ。
(クソ、ちょっとでも考えた俺は最低男だ。それにそんな願いを叶えてくれるのは神様か、悪魔しかいないだろう)
そして再び頭を振った。ゲームの特典だ。人の心を操つることなんか、そもそもできるはずがない。
望みとか言って、どうせ、ゲーム会社の既存のソフトとか、販促品をどれでも無料でひとつプレゼントとかというオチに違いない。
『炭酸』から送付してもらったURLを再びクリックする。
するとあの真っ黒な画面になった。
「参加しますか? YES NO」
右上を見る。参加人数2人となっている。
(昨日のうちに、『炭酸』と『堕天使』が参加したんだ)
俺はそう思った。『YES』を選択。そして、再び、あの画面になった。
****重要事項*****
あなたはダンジョンマスターとなります。役割は侵入してくる冒険者を殺すことです。
殺すたびに報酬が手に入ります。
参加特典で願いをひとつ叶えてあげます。
但し、参加すると7日間連続参加が義務付けられます。
7日間は強制参加となります。
参加しますか? YES NO
(何回見ても嫌な予感がする。それに7日連続の強制かよ!)
条件を見て参加したくない気持ちの方が強くなる。このゲーム、いろいろとダメなんじゃないかと思う。これだけ参加したくなくなる条件を付けるのはどうかと思う。
しかし、SATOさんが参加するなら仕方がない。俺は『YES』を選択する。再び、画面に浮かび上がる文字。
*****重要事項最終確認****
「ほんとに、ほんと。参加するんですね? 一度、参加すると7日間終わるまでゲームは続けてもらいます」
そして、『YES』、『NO』の文字。
(クドイ、いい加減にしろ!)
正直、もうやめたい。参加する意欲が失せる。よく、『炭酸』のおっさんと『堕天使』は登録したものだ。
(うっ……)
頭が痛くなってきた。そしてめまいが突然起こる。「YES」の文字が光る。
(し、しまった……勝手に指が)
どうやら俺は頭に痛みが走ったときに指が硬直してYESボタンをクリックしてしまったらしい。
どうしようかと俺は思った。そもそも、一度参加したら7日間ゲームをやめられないという設定がありきたりだが不気味だ。
パソコン画面はしばらく固まっている。なにやらプログラムが勝手にダウンロードされているようだ。
(まさか、ラノベや漫画でよくあるデスゲームかよ。『YES』を選択すると異次元に飛ばされるってことはないよな?)
10秒ほどであろうか。俺は画面を見つめる。俺が参加したことはSATOさんは分かるであろう。俺まで参加したとなると人の好いSATOさんも参加するだろうと思った。
ダウンロードが終わったようだ。画面に文字が浮かぶ。
『4人が揃いました。スタートします』
やはりSATOさんも参加したようだ。俺のせいで彼女まで巻き込んでしまったようだ。
(ごめんなさい……SATOさん。そして炭酸と堕天使は俺たちの謝れ!)
そう思った瞬間に俺は体が無重力になったかのような今度は不思議な感覚にとらわれる。
「な、なんだこりゃ!」
一瞬だが目の前の光景が捻じ曲がる感覚がする。思わず、目を閉じた。めまいがするなんておかしい。俺は焦る自分を抑えて、ゆっくりと目を開けた。
そこは異世界……。(なわけねえ!)
広がるのは自分の部屋だ。床に積んである漫画も先ほど通り。机に置いてあるポテチと水のペットボトルも同じだ。
違うのはパソコンの画面に不思議な迷路の図が浮かび上がっていること。そして、パソコンの画面下に監視カメラで映したみたいな映像があること。
そして先ほどまで感じなかった人の気配。
「ようこそ、嘘と偽りのダンジョンへ、ケケッ!」
不意に声をかけられ、俺は思わず体をビクッとさせて、声の下方向を振り返る。
「だ、誰だよ、お前!」
そこには小悪魔って姿の小さな女の子がいた。
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