第2話 世代サミット
そんな普通の俺だが、楽しみがないわけではない。
それは最近始めたSNSだ。『コネクター』という名前のこのアプリは、世界的に普及したアプリである。
自分から情報を発信して気の合った仲間同士がグループとなり、会話やゲームを一緒に楽しむことができる。
パソコンやタブレット等の情報端末に話しかければ、変換された声と一緒に文字でも表示される。
この機能は素晴らしく、ほとんどタイムラグがない。自分の正体を晒さずにリアルで会話が声と文字で交わされるという優れものだ。
俺はそこで偶然にもなぜか気があって今はメンバー4人からなる『世代サミット』という変な名前のグループに属している。
4人のメンバーはこうだ。
まずは一番の年長と思われる『炭酸』。名前の由来は、いつも炭酸飲料水を手離さないかららしい。
『炭酸』の姿は見たことはないが、太ったおじさんとしかイメージできない。自称、ライトノベル作家。おそらく兼業。メインの仕事はフリーターだろう。自分のことを『おっさん』と言っている。
実年齢は40歳代とのこと。年上だから、『炭酸さん』と敬称つけましょうかといったが、あっさりと断られた。
「自分は『さん』付けで呼ばれる人間ではない」
そう深そうで深くないセリフをおっしゃった。「あんた『たんさん』で『さん』あるじゃん」とツッコミは入れようと思ったが止めた。
この人、精神的には弱そうだからだ。そんな年下の高校生の突っ込みに心が折れそうな感じがする。
2人目は『堕天使』。ハンドルネームからして厨二病にどっぷりと感染している。こっちは中学生からの真性ニートだそう。ずっと部屋にこもっているらしい。
部屋を出るのはトイレと風呂のみ。食事は母親が持ってきてくれるという。ある意味、幸せな人だ。
年齢は推定32歳。いじめられて不登校になったのは、19年前とか話していたからおおよそ当たっているであろう。
3人目は『SATO』さん。女性だ。本当に女性かどうかは分からないが、この3ヶ月間の会話で少なくとも女性だろうと俺は判断している。
さりげない会話から自然な女性らしさがにじみ出ているからだ。年齢は自称24歳。銀行で働くOLらしい。
SATOさんはおそらく本名じゃないだろう。日本で2番目に多い名字らしいが、なんとなく適当に付けた感があるのだ。
そして俺は『TR』というハンドルネームで彼らと毎日のように会話を楽しんでいる。会話といってもパソコンを通じての疑似的な会話だが、実際に会っていないことで不思議と居心地の良い関係を築いている。
俺だけ高校生。あとは年上。変な年齢構成のグループだ。
炭酸は40代の自営業。SATOさんは20代のサラリーマン。堕天使は30代のニートで俺が10代の高校生。
それぞれの世代、立場を代表しているといってもいい。それで名付けたチーム名が『世代サミット』。(この名前を名乗っていいかはちょっと疑問である)
それぞれが全然違う立ち位置だけに妙に気が合った。あったというより、自分と関係がないから適当なことが言えたのであろう。お互いの会話が屈託なく受け入れられたのだ。
「ところでさ、みんな何かゲームやってる?」
昨晩のことだ。40代のおっさん『炭酸』がそう俺たちに聞いてきた。
「ああ、俺、マジック&ソードエンブレムとか、アルファズ・オンラインとか、怪獣狩りに行こうよだとか……」
ゲーム名を流れるように話すのは『堕天使』。さすがニートである。このあと、10個もタイトルが画面に文字として続いた。ゲーム三昧の日々だからなせる技。だが、うらやましいとはちっとも思えない。
「わたしはメイプルアースRPGぐらいかな」
サラリーマンのSATOさん、電車通勤中にやっているのだろうか?
「特にやってないけど……」
俺はそう面白くもない回答をした。実際、今までは勉強が忙しくてやる気にならなかった。
こんな答えをすると、会話が寒くなるかなと思ったが、口に出てしまったから仕方がない。画面には瞬時に文字化して履歴として残る。でも、炭酸は次の話題に振りたくて聞いてきただけであった。
「すげえ、面白いゲームがあるんだけど、知ってるか?」
「何それ?」
「わたしはちょっとだけ聞きたいかな?」
「……」
「ネットで密かに噂なんだけどね。ダンジョンを作って侵入者をぶっ殺すゲームらしい」
「なんだ、そんなのよくあるじゃん」
「私は人を殺すようなゲームはちょっと……」
「……」
(俺も残酷なのはちょっと苦手だ。いくらゲームでもいい気持ちになれない)
それにしてもいつもは会話の流れを上手に操る炭酸のおっさん。今日は会話の流し方にキレが悪い。
そんなありきたりのゲームに誰も食いつきはしない。それに人殺し系のゲームのようなので、女性のSATOさんが完全に引いている。
「それがな。4人一組で申し込まないと参加できないんだ」
「変なゲームだな。チームプレイ強制かよ」
「そんなのやらないわ。わたしは興味ない」
「……」
「それがな。侵入者を倒すとポイントが入ってなんと換金できるんだと。一晩で数万円は楽に稼げる」
「え、マジ?」
堕天使が食いついた。(ニートなのにお金が欲しいのか?)
「そんなの詐欺に決まっているよ。世の中、そういうだましサイトはたくさんあるのよ」
SATOさんが至極まともなことを言う。この人、自称銀行員だから、そういう金に関わるトラブルには詳しそうだ。
「騙しじゃないさ。複数のネットから裏は取ってある、それに金だけじゃないぜ。参加者には望みが一つ叶うって特典付き! おじさんはこの特典に惹かれているのだよ」
「ほう……というか、それはないだろ(笑)」
堕天使の(笑)というのが気になる。ただの文字だが、どうも心境の変化があったように感じる。(それを文字化するAIはよい仕事をする)
「まずます、怪しいよ。カルト宗教のサイトという可能性もあるわ」
SATOさんはブレない。この4人の中では最も大人な人だ。
「望みが叶うというのは、ちょっと現実離れしていません?」
俺もやっとここで会話に参加。(あまりにつまらない話題なので、思わず空気になりかけていたじゃないか!)
「まあ、そう言わずにちょっとだけやってみないか? 入口だけでも行ってみよう」
今日は珍しく話題に粘着する『炭酸』のおっさん。いつもは空気を読んで、すぐに話題を変えるのに今日は妙に粘着する。居心地のよかったグループだったのになんかストレスである。
https://www.JM7HFGBNDW5trbgBA//eltawa.online.1999666next/go.hell.
URLが送られてきた。このまま、貼り付けコピーすれば、そのゲームのサイトにいけるらしい。
(どうするか……)
俺は迷った。今日は正直、付いて行きたくない感じがするが、いつもは嫌なことをぶちまけてストレス解消できる仲間だ。こんな些細なことくらいでこの関係を壊したくない。何しろ、俺が空気から人間になれるのは、この時間だけなのだ。
(仕方ない……。ちょっと共有していつもの通りの関係になればいい)
俺は妥協することにした。でも、俺よりも拒否反応が強そうだったSATOさんのことが気になった。
(SATOさんはどうするかな? 4人1組で参加だとSATOさんもやることになるけど……)
「……入口までだよ。グロかったら参加しないから……」
(SATOさん、優しすぎる。40過ぎのおじさんなんか無視すればいいのに)
ストッパーのSATOさんが陥落した。この人、押しに弱そうだ。普段の生活は大丈夫だろうか。
SATOさんもサイトに行くというから、俺も覚悟を決めた。マウスを動かして左クリック。コピーを選択する。それをネットのアドレスに貼り付け。そしてマウスをクリックする。
「おっ!」
俺は驚いた。あまりにドキッとしたので、思わず椅子からお尻が浮いた。なぜなら、画面が急に真っ暗になったのだ。
そして浮かび上がる血文字のタイトル。
『嘘と偽りのダンジョン』
(よりによって、血文字かよ!)
(そして変なタイトル。インパクトに欠ける。これじゃあ、売れないだろう……)
「参加しますか? YES NO」
「なんだ、これ?」
俺は正直、怖くなった。ゲームのタイトルも説明もない。真っ暗な画面に浮かぶ血文字。血の垂れ具合が気持ち悪い。よく見ると右上に『参加0人』とある。まだ、『炭酸』のおっさんも『堕天使』もSATOさんも参加していないらしい。
(どうする?)
ポチっと右上の参加者が1人になった。そして、間髪入れずもう1人増える。
「2人が参加しようと重要説明事項を確認しています。あなたも確認しますか?」
そんな表示が浮かぶ。
「畜生、これは押せということかよ」
俺は思い切って『YES』を選択する。すると、説明画面が浮かび上がった。
*****重要説明******
あなたはダンジョンマスターとなります。役割は侵入してくる冒険者を殺すことです。
一人殺すたびに『報酬』が手に入ります。
『参加特典』として願いをひとつ叶えます。
その後にゲームの参加にあたって、いろんな説明が小さな表示されている。こういうところは、どんなゲームでも同じだ。俺はうんざりした。
こういう課金を前提にしたゲームはやり飽きている。無料でできなくはないが、所詮は課金した者が得をする仕様だ。そして一度課金すれば、ずるずると引き込まれてしまうことは分かっている。
ただ、このゲームは今までやったものとは違う臭いがする。そして昔これにはまっていたような不思議な感覚もある。こんなゲームは初めてのはずであるが。
(それにしても……)
「はあ? 今ならってなんだよ、バーゲンセールか!」
(怪しい。怪し過ぎる。今ならって、コテコテのセールス文句じゃないか!)
SATOさんの言うような金絡みの詐欺というより、オカルト的なヤバさも臭うが、ちょっと抜けている感がないともいえない。
「参加しますか? YES NO」
(おいおい、まだ聞くのかよ。というより、聞いてくれてありがとうだ。こんなゲーム参加するかよ!)
おそらく、『炭酸』と『堕天使』は「YES」を選択したのだろうが、俺は思いとどまった。なんだか嫌な気がしたのだ。
炭酸はゲームで得られる報酬は、お金に換金できるとか言ったが、別にお金は欲しくない。また、叶えて欲しい願いも特にない。俺はどう考えても、クソゲーだろうゲームに参加する気は失せた。
(これ演出だろうけど、これで客が集められるなんて思えないぞ)
そもそも、ゲームの名前もついていない。それじゃ、インターネットの検索もかけられないし、宣伝にもならない。『炭酸』はどうやってあのURLをゲットしたのだろう。
俺は迷わず、『NO』を選択した。そのまま、SNSから落ちる。
SNSの会話に戻る気にもならないし、『炭酸』のおっさんや『堕天使』が参加したかどうかも確かめようともしなかった。それでも年上のメンバーに失礼だと思ったので一言入力した。
「すみません。寝落ちします……」
パソコンの電源も切る。真っ黒になったモニターを見て俺はため息をついた。
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