第56話 悪魔的挑戦状!その名は海の理薄【おれは天才だ】

 

「ぜぇ…ぜぇ、はぁ……はぁ……」

「何をちんたら走っているかッ新入り!」


 あ~あ、ちょっと走っただけで地に膝をつけちゃった。

 マーリスのヤツ全然ダメじゃん。

『筋肉こそついていますが、彼のは大半が速筋で構成されていますから』


 持久力の足りない白い筋肉ヤツか。

『しょせんマーリスは見た目だけですね』



「どうした! もう走れんのかッ!」

「くッ! 魔法さえ使えれば……」

「貴様ッ! なぜ筋肉に頼ろうとしないんだ!」


 ビシッ!!!


 あッ! マリクにビンタくらった。


「な、殴ったね……」

「殴ってなぜ悪いかッ! 訓練を満足にこなせない軟弱なウジ虫に人権はないッ!!!」

「お、俺はそんなに軟弱な人間かッ!?」


 ビシッ!!!


『また殴られましたね。貴女の教育の賜物です』

 えッ!? 私のせい?


「2度もぶった! 親父にもぶたれたことないのに」

「それが甘ったれなんだ。まともな筋肉もつけずに一人前になったヤツがどこにいるものかッ!」

「もうやらないからなッ! 誰が2度とケイデンスなんか歌ってやるもんかよ!!」


 ビシッ!!!


 あ、3度目……

『殴るのは2度がお約束ではないのですね』


「貴様ッ! 生意気なことを言うな!! 今のままだったら貴様は虫けらだ! 肥溜めに涌くウジ虫だ! この学園で最下層の存在だ!」

「なにぃ!」

「今の貴様らは便器に流されるクソピーの価値もない!」


 まったく……マリクはなんて下劣な言葉をはくのかしら。

 やっぱり元不良ヤンキーね。品性を疑うわ。

『あれ、貴女が言ったセリフですよ……』


 あ、マーリスがもの凄い形相でマリクを睨んでいるわ。

 ばかねぇ。また殴られるわよ。

『まあ、これだけ罵倒されれば普通でしょう』


「か、価値は……人の価値はそんなものではないッ! 我らの救世主様が仰った……確固たる意思と挫けぬ信念、人を思いやる優しさ、それらなくしては力はただの暴力でしかないと!」


 もう辛抱堪らん!

『教育はマリクに任せたのではなかったのですか……』



ビシッ!!!


「お、おまえ……」

「それでも男ですか!? 軟弱者!!」

「な、なんだってんだよ」


 ビシッ!!!


「ぐはッ! また殴ったなカレリン!!」

「あんたみたいな弱いヤツに価値などない! あんたは騎士を目指しているのでしょう。それなのに思いやり? 優しさ?」


 まったくチャンチャラおかしいのよ。


「思いやりがあれば敵が攻めてこないの? 優しくすれば誰も攻撃してこないの? 騎士目指すならば国を、主君を、国民を守れる力を身に付けてから語りなさい!」


 こいつは自分がガルム様の側近で、騎士としてその身を守る自覚があるのかしら?

『まあ、お花畑ではありますね』


「に、人間性なくしては力はただの暴力だ……」


 まだ言うか貧弱者めッ!


「途中ですぐ挫折するような軟弱者に素晴らしい人間性などあるものか!」

「ぐッ!」


 言い返せまい。

『まあ、この訓練は常人ならほとんどが途中で挫折するとは思いますが』


「まったく軍曹のおっしゃる通りだぜぇ!」

「訓練を放棄した人間は人間にあらず!」

「鍛えねばその身体に筋肉はつかぬ!」

「魔法だの人間性だのくだらねぇ! 上腕三頭筋まで見事に肥大した俺の筋肉を見ろぉぉぉ!」

「ひゃっは~筋力こそが正義、いい時代になったものだ」

「マッチョは心おきなく好きなものを自分のものにできる」

「ヒャッホ~~~!!」

「筋肉だ~~~!!」


 なにこの世紀末ザコ集団は?

 鬱陶うっとうしいザコキャラね。

『貴女が手塩にかけて育てたんでしょうに』

 そうだったかしら?


「俺が一番、筋肉をうまくつけているんだぁ!」


 マーリスのヤツ、なおも立てついているわね。


「この軟弱者めッ!」


 あ、マリクのヤツがマーリスの胸倉掴んで持ち上げているわ。

 なかなかの筋力ね――ナイスバルクッ!



「てめえの筋肉は何色だーーっ!!」



『どこかで聞いたようなセリフです』

 マリクに持ち上げられてマーリスがジタバタしているけどびくともしないわ。

 清掃隊員達は私の教えを守って全員桃色筋肉を手にしたようね!

『……頭の中まで桃色になっていないでしょうね』



「い、色だと?」

「貴様の筋肉それは白色のみで形成された実戦で使えぬ筋肉だッ! これから貴様は使えぬ筋肉、微笑みマッチョと呼ぶッ!!」


 あ、地面に投げ出されたマーリスがしょげているわ。

『まあ、筋肉自慢が簡単に持ち上げられて抵抗できなかったのですから』


「ぐッ! く、くそぉ……」

「この程度かッ! やはり貴様の筋肉はなよなよした生白なまっちろい貧弱な豆腐のようだな!」

「うおぉぉぉぉぉぉぉぉ! 俺の筋肉は豆腐でも貧弱でもなぁぁぁい!!!」



 泣きながら走り出したわ。最初から走れば痛い目みなかったのに。

 それにしても、この世界には豆腐があるのね。

『日本産の乙女ゲーム世界ですから』



 むッ! 殺気ッ!!


 びゅっ!

 (ザクッ!!)



 急に矢が飛んできたわね。

『紙が括りつけてあるみたいですよ』


 矢文とはまた古風な。

『なんと書いてあるのですか?』


 えーと……

《おれは天才だ! フッフフ…カレリンめ、あのふたりを倒すとは少しは成長したらしいな……だが、おれは天才だ! わっはは!! ばかめ、凡人がおれに勝てるかーっ!! かかってこい!! 戦ってみればわかることだ!! もう一度いう おれは天才だ!!》

『何ですか? その意味不明な内容は』


 え~と……果たし状なのかしら?

『誰からですか?』


 海の理薄――って誰かしら?

『なんとなく誰かが分かりました……』

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