落第聖女は二人の王子の偏愛に翻弄される 〜言葉通り婚約破棄したのに 二人の王子が手放してくれません!〜
あさぎかな@電子書籍/コミカライズ決定
第1話 聖女ユズ視点
「ユズ、聖女の力を失ったと言うのは本当か?」
「はい……」
見せしめと言わんばかりにヘルムート王子は社交パーティーの会場でそう尋ねた。
一瞬で和やかな空気は凍り付き、貴族たちの不躾な視線が私とヘルムート王子に向けられる。
私が頷くと彼は盛大な溜息を落とした。
「なぜ婚約者である私に相談しなかった?」
「それは……」
ヘルムート王子は鋭い視線を私に向けた。この国の第二王子であり王太子ヘルムート・フォン・フレーリッヒ・ヴォルケ殿下はさらさらの灰色の髪に、エメラルドグリーンの瞳、整った顔立ちは見る人を魅了させる。
彼の責める口調に、私は言葉を詰まらせる。そもそも聖女の力を失ったのは
不用意な発言は火に油を注ぐと思いグッと言葉を飲み込み、どう答えるべきか逡巡していた。謝罪が無かったことが気に入らなかったのか彼は「もういい」と吐き捨てる。
異世界に聖女と呼び出されるだけでなく、「伝統だから」と王妃の椅子が用意されていた。この三年、聖女の責務を果たしつつ王妃教育を急ピッチで仕込まれたものだ。それはもう地獄と言っても差し障りないだろう。
ヘルムート王子は厳しい方で、何をしてもできて当たり前という反応しかしない。素っ気なく、会話もどこか見下していることもしばしば。
それでも異世界に飛ばされて後ろ盾も何もない私には彼の期待に応えるしか無かった。いつか殿下も認めて下さる。微笑んで下さると──そう思ってようやくこの世界に馴染んできた頃、聖女の力を失ったのだ。
「聖女の力が失ったことを未来の夫に相談もない。これは私の婚約者としての自覚が欠けていると思わないか?」
「相談なら手紙を──」
「信頼関係が築けないのなら、これを機に婚約破棄をするのもいいだろう」
(婚約……を白紙に戻すってこと?)
唐突な宣言に周囲の貴族たちはどうよめいた。王妃候補だった私が居なくなれば自分たちの娘を嫁がせるチャンスが来るのだから。「得体が知れない娘」と何度誹謗中傷を言われたことか。治癒しても罵詈雑言を言い出す者も多かった。
そんな生活に嫌気がさしていたのも事実だ。それでもヘルムート殿下に喜んでもらいたいと思って頑張ってきた。
(私の努力は無駄だったのね……)
「ヘルムート殿下っ!」
颯爽と現れたのは真っ赤なドレスに身を包んだカロリーヌ公爵令嬢だった。気品のある令嬢は素早く殿下の傍に駆け寄った。
「……カロリーヌ」
「何を言い出しているのですか!」
次の瞬間、ヘルムート殿下は公爵令嬢にもたれかかるように肩に顔を埋めた。
その光景にざわめきが一層騒がしくなる。
『公爵家なら次の婚約者としてはなかなか』
『公爵令嬢とは、うちの娘にもチャンスがあると思っていたんだが』
『殿下と公爵令嬢は幼なじみですし、週に何度かお茶をするほどの中だとか』
(週に……そう。私とのお茶会は週に一度あるかないかって程度だったのに)
カロリーヌ公爵令嬢。お茶会でも私に気を遣って何かと話しかけてくれた一人だ。殿下とカロリーヌ令嬢の寄り添うその光景は物語の一幕のようで、最初から自分に入り込む隙などはなかったのだと知る。
お似合いな二人に対して私は不釣り合いな婚約者だっただろう。
「殿下、婚約破棄の申し出、謹んでお受けします」
「え、な」
なぜかヘルムート殿下が酷く困惑した顔で私を見返す。私がすんなり身を引くとは思っていなかったのだろうか。確かにこの世界に来たばかりだったら、今のような決断は出来なかったはずだ。
「今までお世話になりました」
ドレスの裾を摘まみ、深く腰を落として完璧な礼を取った。この三年、常に厳しい王妃教育で体に刻まれた技術。頭の角度から姿勢まで難しいことを自然に、黒髪が映えるように全身を使って自分を魅せる。
その場にいた貴族たちのざわめきが消え、誰もが私という存在に視線を向けてきた。先ほどの痛々しいものとは異なる。それが少しだけ誇らしい。
「それでは失礼します」
「な――」
ヘルムート殿下が何か言い出す前に、私は
殿下のことは嫌いになれなかった。一国の王子として自身が常に厳しく育てられた以上、夫婦となる伴侶にも同じことを望んでしまっただけ。そして私には王妃などと言う責務には不釣り合いだった。女子高生だった私が王妃なんてどだい無理な話なのだ。
聖女としての力を失った以上、このまま次期王妃の座に留まっていたら貴族たちに何を言われるか分かったものではない。
ヘルムート殿下が盾になってくれるかも不明だ。元々口数が少ない方だったので、何を訴えても右から左に流すだろう。
(そう考えると婚約破棄はちょうどよかったのかも)
聖女でもなく王妃でもない。
自由を手に入れられたものの、この国は身分制度がはっきりしている。聖女でも未来の王妃でもない私は平民扱いに近いだろう。肩身の狭い思いをして生きていくのだけは嫌だ。
「ユズ様!」
「!」
私に声をかけてきたのは第一王子ハインツ様だった。
金色の長い髪に、サファイアのような瞳、白い肌に華奢な印象の第一王子。ヘルムート殿下の義兄君に当たる。常に笑顔で紳士的な態度は親しみやすい。
王城専用図書室で出会った方だ。ヘルムート殿下とは腹違いであり彼の母親の身分が低いのもあり、王位継承権を自ら放棄したという。
本人的には「好きなだけ本を読めるからいいんだけどね」と笑っていた。彼は現在魔法研究所と国立図書館の室長を務めている。
私も本が好きだったのでよく時間を見つけて
「これはハインツ様、お久しぶりです」
「ええ、お久しぶりです。……愚弟が無礼を致しました。王家として本当に申し訳ありません」
深々と頭を下げるハインツ様に、私はギョッとしてしまった。王族に頭を下げさせてしまい慌ててそれを止めようとするが、彼は頑なに頭を下げたままだ。
「は、ハインツ様、頭を上げて下さい」
「しかし……あのような場で浅慮な言動をとるなど次期国王としてはあるまじきことです」
「私としてはこのタイミングでよかったと思っています。結婚した後で聖女の力を失ったのであれば離縁はかなり面倒だったと思いますし、カロリーヌ公爵令嬢とヘルムート殿下のお姿を見て踏ん切りもつきました」
顔を上げたハインツ様の笑みには陰りがあった。
「……ユズ様、貴女はどこまでも清らかで、強く、そして心が広いのですね」
「そんなことはありません」
「しかし婚約破棄後はどうなさるつもりなのですか? 何かやりたいことでもあるとか?」
やりたいこと。
できるのなら本に関わる仕事をしたいのだが、この国で図書館職員に就職できるのは貴族のみだ。本屋なら平民でも可能だろうが、基本的に取引先は貴族が多くなる。
罵詈雑言あるいは嘲笑を受ける未来しかない。
そう考え、ふとハインツ様が以前教えて下さった
「聖王国フォルリーで再就職をしようかと思っています」
「そうですか」
ハインツ様はどこか納得したのか朗らかに微笑んだ。
その姿に大抵の女性は落ちるだろう。
「国を出る準備もありますので、これにして失礼します」
「それなら私も同行しましょう」
「…………え」
唐突な申し出に私は思考回路が停止した。
ハインツ様は私の手を取り、手の甲にキスを落とす。
あまりにも自然な動作に見惚れていたが、すぐに自分がされたことに気付いて頬に熱が集中する。
「な、え」
「貴女に出会い、会話を交わす度に惹かれていきました。しかし思い募ってもこの国の伝統を覆すことも、王位継承権を自ら降りた私には貴女を奪い取るだけの力はありませんでした。それが今、聖女でも次期王妃でもない――貴女の弱みにつけ込んだとしても、この機会を失いたくないのです」
「ハインツ様……」
その場で答えが出ず言葉に詰まらせていると、会場からこちらに近づく足音が近づいてきた。しかもかなり慌てているのか走り出しそうな勢いだ。
「ユズ!」
(ん?
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