第1話 別に旅立ちたくなかった朝② ~力は欲し~

 街に出る。今日もエルサットの街は平々凡々で穏やかだ。さすが特徴がないのが特徴の街、人通りだってまばらだ。


 平凡な街。学園に通っていた三年間を除いて過ごしたこの場所は、そう呼ぶにふさわしい。石造りの道も建物も、この世界じゃありふれたものだった。豪華絢爛な劇場があるわけでもない、何でも揃う商会直営の百貨店が軒を連ねるわけでもない、剣闘士が己の誇りをかけて戦うわけでもない普通の街。


「で、心当たりは?」


 まあそんなことよりも、大事なのはこれからの事。


「ありませんが、旅の途中に立ち寄ったなら露店あたりに用があるかと。それか宿屋に聞いて回るのも良いですね」

「どっちも面倒臭そう」


 セツナの出した案を、頭の中の地図と照らし合わせてみる。結構歩くな、うん。ここ中央の噴水公園から東に歩いて露天街に顔を出して、こう知り合いでもそうでない人にも挨拶されれば大体昼になって、そのまま北に向かう途中で食事をとって宿屋を二軒回ってから南の三軒を聞き込みする、と。


 これ帰れるの夕方だね。


「他に良い案があるんですか?」

「そうだな」


 頭を掻いてあたりを見回す。こういう時、学園で同級生だったシンシアあたりなら山程いる使用人にやらせるのだろうが、うちの使用人はそんなにいない。人海戦術が使えないとなると少し痛いが、世の中には別の手法があるわけで。


「専門家に任せよう」


 占い有りマス。そんな紙をぶら下げている旅の占い師が、都合よく真っ黒なフードなんてかぶって真っ黒な水晶玉を覗いている。たまに旅芸人が小銭を稼ぐようなこの場所じゃ、そんなに珍しいものでもなかった。


「旅の占い師ですか? 当たるんですかねこういうの」

「絶対当たる! ……って書いてる」


 まぁ当たらぬも当たらぬもなんとやらだ。料金はせいぜい18クレ、コーヒー6杯分ぐらいなら試してみてもいいだろう。


「自分の小遣いから出して下さいね」


 ちなみに月の小遣いは300クレである。貴族としてどうかと思うが、案外これでどうにかなってるから恐ろしい。


「あの……探し人とか占ってもらえる?」


 ともかくこのまま手をこまねいているのも嫌だったので、占い師に声をかける。長く伸びた白い髪に、褐色の肌といった出で立ちはなんだろう異国の匂いがした。占いも当たりそうだ。


「明日の天気以外ならなんでも占う」


 まぁそれは別の人に聞くとして。


「じゃあさ、探して欲しい人いるんだけど……」

「誰? あなたとの関係は?」

「勇者を探してるんだ。関係は……」


 関係と言われると少し困る。被害者と加害者と言われればそうなのかも知れないが、おおっぴらに言いふらしても良いようなものでも無いような気がする。


「ファン?」

「いいやまさか、ちょっと貸してるものを返して欲しくて」

「そう」


 そっけない返事だったが、何かに納得したのか彼女は水晶玉に手をかざし始めた。


「なら、無料にしてあげる。どのみちわたしが占う予定だったから」


 お、小遣い浮いたぞこれは嬉しい。


「ふーん、関係者?」

「……間接的には」

「そういうのもあるんだ」


 それで会話が途切れる。勇者ってのはつくづく訳のわからない職業だなと思う。人のパンツを盗んだり占い師に狙われたりとどうやって生計立てているんだろうな。


「でた。この街の北の出入り口の近く……チッ、もう次の街に行く気か」

 

 聞こえて来る舌打ち。どうやらこいつも碌でもない理由で勇者に用があるらしい。普通舌打ちするか人類の英雄に……って俺も人のこと言えないか。


「その場所なら……走る感じか」


 北の出入り口、なるほどここから全力疾走して間に合うのかな。いや間に合わないんじゃない? そうだなうん間に合わない諦めようそれがいい。


「ところであなた……力は欲し」

「急ぎますよキール様」


 うちのメイドは間に合う方に賭けたらしい。強引に俺の腕を引っ張り粗末な椅子から引き剥がす。いやまだ占い師さんなんか喋ってるけどさ。もういいよね、お金いらないって言ったし。


「あ、ちょっとセツナ……悪い、占い師さん! 助かったよ!」

「いっちゃった」


 というわけで俺は走る。これは明日全身筋肉痛だろうなと確信しながら走り続ける。明日は一日休みにしよう。そうでも思わないとやってられないよね、こんな日ぐらいはさ。




「……あれですかね」

「さすが我がクワイエット臣民、なかなかミーハーだ」


 北の出入り口、賭けに勝ったのはセツナだったらしい。出立前の勇者様らしき男は、住民達にどこで売ってるのか色紙やら、無地のシャツに何か書くものを突き出されて笑っている。


 勇者。なるほど想像通りの出で立ちをしているから、街の人もすぐに気づいたのだろう。軽装の鎧に豪華な剣、青いマントに茶色の髪。それから爽やかな笑顔は、その肩書にふさわしいように思えた。


「あ、領主様」

「領主様、勇者様の激励にいらしたんですか?」

「いやいやキール様もサインほしいんでしょ多分」


 俺に気づいてほんの少しだけ騒ぐ臣民達だったが、俺はそれを片手で静止して領主らしく毅然とした態度で挑む事にした。


「あー……まぁなんだ、静まりたまえ臣民諸君」

「下手くそですねそういうの」


 一応ね、静かになったんだからそういう茶々を入れないでくれるかね身内一号。


「うるさいな……えーっと、あなたが勇者様ですか?」


 騒ぎの中心人物に向かって、まっすぐと手を伸ばす。年は俺より下だろうか、まだ少年の面影が残る青年は笑顔を向けてくれる。人はそんなに悪くないのだろう、なんて思っていたら。


「ちょっと、何よ私達の勇者に貴族様が何か用!?」

「貴族、信用できない……だいたい悪いやつ」

「剣のサビにされたくなければ……わかるな」


 突如湧いて出てきた勇者の取り巻き三人にファーストコンタクトが遮られる。気の強そうな女武道家っぽいのと、人付き合いが苦手そうな尼さんと、真面目そうな女剣士の三人だ。全員美人である、世の中は不公平だ。


「いやいやちょっと落ち着こうよ三人とも!」


 勇者がそういえば、渋々各々の武器をしまう女性陣。こういう男が政治家になったらみんなすんなり言うこと聞くんだろうなと思わなくもない。顔のいい男はいつだって得なのだ。


「えーっと、勇者やらしてもらっている……ラシックといいます」

「俺はその、ここら辺の領主やらせてもらってるキール=B=クワイエットです」


 ようやく握手する俺達。互いに浮かべる表情は苦笑いだが上出来だろう。ちなみに女子陣は互いに睨み合っている。三体一でも柄の悪さは負けてないぞセツナ、そこは負けて良いんだぞ別に。


「あー、その、せっかく家の近くを通ってもらって大したおもてなしも出来ず」


 いえいえこちらこそ、なんて何でも無い社交辞令を互いに交わす。そしてすぐ無言になるのは、当然お連れの女性の前で君メイドのパンツ盗んだでしょなんて聞けるはずもないので。


「少し……向こうで話せません?」


 とりあえず人混み離れたところを指差す。それぐらいの権力は俺にあったって良いだろうさ。

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