第112話 次なる作戦会議

 ――下野・小次郎軍の陣営

 

 逃げた良兼軍を追って、小次郎軍が辿り着いた先は、下野国庁近くにある貴族の屋敷だった。

 ここは、現下野守しもつけのかみが住まう屋敷で、良兼は上総介としての役職を利用して、下野守に助けを求めたのだ。

 小次郎軍は、そんな良兼軍の潜む館を取り囲み、じっと攻撃の機会を伺っていた。

 お互い硬直状態のまま、睨み合いの攻防が続き、気付けば日付けも変わろうかと言う夜半刻――


「おいおいおい、将門さんよぉ。いつまでここで、じっとしているつもりだ? 早くしねぇと朝になっちまうぞ」


 なかなか襲撃に踏み込まない小次郎に、玄明は痺れをきらしたように不機嫌な声と態度で抗議する。

 眉間にくっきりと浮かんだ皺が、彼の苛立ちを物語っているようだ。


「仕方ないだろ。この館には下手に手を出せない」


 玄明の抗議に、小次郎を庇うよう四郎が答えた。


「何でだよっ!」

「何でって、さっきも説明しただろ。良兼の伯父貴が逃げ込んだこの館の主は、現下野守(しもつけのかみ)様だ。他国のしかも役人に下手に手を出したら、後々面倒な事になるんだよ」

「面倒な事ってなんだよ。どう面倒になるってんだ」

「だ~か~ら~、役人に手を出すって事は、俺たち朝廷への反逆者にされかねないんだって!」

「だから何でだ! 俺様達はその役人には用がねぇ。用があるのは役人を楯に ここへ隠れ込んだ、臆病者の良兼と良正だけだ!」

「だとしても、焦って屋敷を襲撃するような真似をしたら、反逆者扱いされかねないんだよ。たとえそこに反逆の意志がなくてもね。ここは慎重にいかないと」

「そう言って、さっきからどれだけの時間を無駄に過ごしていやがる。屋敷は襲えねぇ、でも敵は倒したいってんなら、何とかして敵を屋敷の外へ誘き出すしかないだろう!」

「誘きだすってどうやって。何か良い手はあるの?」


 四郎と玄明の結論の見いだせない言い争い。

 小次郎軍は、さっきからずっとこの調子で、意見の食い違いによる衝突を繰り返していた。

 それほどに良兼軍の逃げ込んだ場所が悪く、小次郎軍は戦いを仕掛けるにも仕掛けられず、もう長い間ただこうして手をこまねいて待つ事しかできなかった。


「もうよせ。言い争った所で何も変わらない。言い争うくらいなら、何とか伯父上達を館から誘きだす為の策を考えよう」


 玄明と四郎、二人の言い争う姿に痺れを切らした小次郎が止めに入る。

 ――と、その時、玄明が急に何か閃いたように声を上げる。


「そうだ! 良い事を思い付いた!」


 玄明の発言に、多くの兵達が期待と好奇の目を向けた。


「本当か玄明? お前の策を聞かせてくれ」

「そう焦るな将門。だが聞いて驚け。俺様の考えた作戦はこうだ! まず、屋敷に向かって火矢を放つ。その火がに引火して館中に蔓延する。そうなると敵軍は自ずと外へ逃げざるおえなくなる。もし逃げずに屋敷に残ったとしても、それはそれで屋敷と一緒に丸焦げになるだけだ。な? これならどう転んでも敵が逃れる道はなくなる。俺様達の勝ちは決まったも同然!」


 己の策を自信満々に語った玄明。

 だが、玄明とはうって変わって、周囲から向けられる視線はとても冷ややかなものだった。


「おっさん、やっぱりあんた馬鹿だろ。ついさっき俺言ったよな。屋敷を襲撃するような事は出来ないって。ほんのついさっき言ったばっかだよな。屋敷に火を放つなんて、そんな作戦脚下に決まってんだろ!」

「何故だ!? これ以上ない策だろう」

「だ~か~ら~! それじゃあ兄貴が反逆者にされちまうんだって」

「そんな事、まだ分からんだろう! 後で上に事情を話して説得すれば、見逃してもらえるかもしれないじゃないか。先の事はその時考えりゃいいんだよ。先の不安にばかり囚われてたら、前になんて進めやしない。違うか?」


 確かに、玄明の言う事も一理ある。……のかもしれない。四郎がグッと言葉に詰まった。


「いやいや、待て待て待て。おっさんの勢いに押されてんじゃないぞ俺。そんな危険、犯せるわけがないだろ。兄貴を謀反人にしてたまるか!」


 ぶつぶつ独り言を呟きながら、四郎は両手で己の頬をパチパチと叩く。


「反対だ! 反対反対!絶対に反対だ! おっさんは短絡的過ぎる。もっと慎重に行かないと」

「何だと、この糞ガキが! じゃあお前は他に何か良い案があるってのか? 皆をあっと言わせるような妙案が!」

「それは…………」


 暫く黙ったまま、ギュッと目を閉じ考えを巡らせる四郎。


「ほらみろ。無いんだろう。ないなら仕方ない。俺様の策を――」


 ――採用するほかない。

 そう続けようとした玄明の言葉を遮って、四郎が叫んだ。


「閃いた!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る