第103話 出陣の朝②
「では、行って参ります」
「あぁ……くれぐれも気をつけて。小次郎から目を離さないでおいてくれ」
「はい、分かっております。千紗姫様」
「もし……もし小次郎が少しでも躊躇いを見せたその時は……」
「はい。それも承知致しております」
それだけ言って、千紗に向け一礼する秋成。
その後で、視線を春太郎とヒナに向けて言った。
「春太郎、ヒナ、姫様の事を頼んだぞ」
「はい! 秋成の兄貴も、気を付けて……」
秋成の言葉に、力強く頷く春太郎とヒナ。二人の頼もしい姿に一瞬微かな笑みを浮かべながら、秋成もまた小次郎の後を追うべく馬を進めた。
「え、ちょっと、待ってよ秋成の兄貴。おいらを置いていかないでよ。ねぇ~てば~!!」
土煙を立てながら、遠く離れて行く小次郎や秋成、そして清太達の後ろ姿を見送りながら、千紗は見えなくなるその時まで、ずっとその場から、見送り続けていた。
見送りながら、昨夜の秋成との会話を思い返しす。
◇◇◇
『姫様、何をなされているのですか!』
『戦の準備じゃ! 私も小次郎に付いて行く!』
『何を馬鹿な事をっ!』
『馬鹿な事ではない。約束したのじゃ小次郎と! もし小次郎がこの戦に少しでも迷いを見せたら私が小次郎を止めると。あやつの心はまだ迷っている。伯父に刃を向ける事を迷っている。正直私にも何が正しいのかもう分からない。だが先の戦で伯父を殺した事をあやつは今も苦しんでいる。それだけは確かなのだ。小次郎にもう二度と同じ後悔はさせたくない。後悔の残る選択だけはさせたくない!』
『……姫様……だからと言って、あなたが兄上に付いて行った所で、戦場では足手まといにしかなりません』
『分かっておる!お主に言われずとも、私には何の力もない事などもう十分分かっておるわ!! いつもそうじゃ。口でいくら偉そうな事を言ってみたところで、結局は何も出来ぬ。坂東の争いを止めると言って京を飛び出してみたものの、私はいったい何した? 何もしてはおらぬ。貴族と言えど、太政大臣の娘と言えど、所詮私には何の力もない。そんな事……もう嫌と言う程に理解しておる!』
『……姫様』
『それでもっ』
『諦められないのですね』
悔しそうに拳を握りしめる千紗の姿に、秋成は静かに言った。
『分かりました』
『……え?』
『俺が……俺が兄上に付いて行きます。兄上の側で俺が兄上を見張ります』
『……秋成……』
『もし兄上に迷いがあったその時は、俺が兄上を止めます。姫様に代わって』
『…………』
『姫様、今一度、貴方様の側を離れる無礼をお許し下さい』―――
◇◇◇
千紗に代わって小次郎へ付いて行くと申し出た秋成の秋成の瞳は、引き込まれそうな程に真っ直ぐで頼もしいものだった。秋成ならばきっと――
千紗は不意に何かを思い出したように、懐からあるものを取り出した。
布で包まれたそれを大事そうに一度胸に抱きながら、千紗はそっと布を開く。と、中から一枚の葉が顔を出した。
――『梛の葉は昔から゛苦難をなぎ倒してくれる゛と、そう信じられていてるのです。きっとこの葉が姫様の厄を、不安を、なぎ倒してくれる事でしょう。俺の姫様への忠義を断ち切る事は、何ものにも敵わない。何があろうと、俺は姫様のお側を離れはしません。その梛の葉のように、俺が姫様の身に降りかかる厄をなぎはらってみせます』――
その葉は半年前、坂東を目指す旅の道中に秋成りが、千紗への忠義の証しとして送ったあの椰の葉。
千紗にとって大切なお守りだ。
(お主を信じておる。信じているからな秋成……。小次郎の事、頼んだぞ。――あぁ神様お願いします。どうか……どうかあの二人を、何者からもお守り下さい。お願いします――)
二人の姿がすっかり見えなくなって暫く後も、千紗は梛の葉をギュッと握り締めながら何度も何度も、二人の無事を天に願い続けていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます