第92話 賑やかな宴
貞盛が二人の伯父の元へ向かっていたのと同じ頃――
豊田では賑やかな宴が開かれていた。
「どうした秋成、そんな不機嫌な顔をして?」
「兄上。戦になるかもしれないこんな時に、何故宴など興じておられるのですか? こちらに来てから祭だ宴だと騒いでばかり。流石にこんな時くらいは控えるべきでは?」
「こんな時だからこそだよ。秋成お前こそ、こんな雨の日にまで、外で番犬に徹する必要はないんだぞ。ほら、お前も皆と一緒に宴を楽しめ」
賑やかな宴の中、今日も一人庭に立ち、番犬に徹する秋成。彼を気に掛けて、小次郎は義弟を宴の席へと誘っていた。
「いいえ。俺みたいな身分の者が、千紗姫様と同じ部屋に上がる事など許されません」
「……お前も頑固だな。ここでは身分なんて気にする必要はないと言っているのに」
だが、頑なにいう事を訊こうとしない秋成に、小次郎は呆れ顔。
「そうはいきません。一度姫の護衛になると決めたからには身分はわきまえなくては。そう忠平様とも約束いたしましたから」
「……はぁ、やれやれ。よっと――」
「あ、兄上! 何を?!」
「口で言って分からない奴には強引に行くしかないだろ」
秋成の頑固さに、小次郎はやれやれとため息を吐きながら、最終的には彼の胸ぐらを捕まえて強引に庭から屋敷へと引き上げたのだった。
「これは命令だ。千紗の護衛だと言うのなら、今日はあいつの側にいてやってくれ」
そっと秋成の耳元で囁きながら、チラリと空を見上げた小次郎。
その仕草にやっと秋成は納得する。今日の宴が何故開かれたのかを。
これはきっと、千紗の為の宴だ。雷が苦手な千紗の気を、さりげなくまぎらわせる為に小次郎は、宴と称して態と騒がしくさせていたのだと。
一歩も二歩も先を見ている義兄の偉大さを感じて、適わないなと項垂れながら秋成は、義兄の想いに静かに頷いた。
「……分かりました。ご命令とあらば」
「よしよし、良い子だ。秋成に言う事を聞かせるにはやはり千紗を利用するのが一番だな」
「兄上……子供扱いはやめて下さい」
――前言撤回。やはり小次郎は、ただ単に騒ぎたかっただけなのかもしれない。
ぐりぐりと、まるで幼子にするかのように秋成の頭をなで回す義兄の姿に、秋成は考えを改めた。
そして、これ以上義兄にからかわれてはたまらないと、逃げるように秋成は千紗の元へと向かった。
そんな秋成の後ろ姿を見送りながら、小次郎は満足顔で部屋中を見渡し、今度は皆に向けて高らかかに無礼講を宣言する。
「よし、これで全員揃ったか。さぁ皆、これから秋の収穫期に向け益々忙しくなる。皆には沢山働いてもらわないとならないからな、今日は労いの意味も込めて細やかな宴を用意した。飲んで食って騒いで、今のうちにはめをはずしておいてくれよ」
小次郎から贈られた労いの言葉に、既に出来上がっていた酔っぱらい連中は、飲めや唄えやのどんちゃん騒ぎ。
わいわい賑やかな酔っぱらいの間を掻き分けて千紗の元へと辿り着いた秋成は、顔を真っ赤に染めながら千紗に絡む四郎を押しのけ、千紗の隣へと腰を下ろした。
「ぅおい、あっきー! 何してくれるんだこのヤロー。俺は今から姫さんに酒をつごうとしてた所だぞ。おかげで酒が零れちまったじゃねえか!」
秋成によって席から追い出された四郎は、虚ろな瞳で睨み付けながら、強引に秋成と千紗の間に割って入った。
「狭い。邪魔だこの酔っ払いが」
「邪魔はあっきーの方だろ。ここは俺の席! さぁさ姫さん、遠慮せずにぐいっと一杯いってくれ。俺のついだ酒は旨いぞ~」
秋成に絡みながらも千紗に向けおちょこに注いだ酒を差し出す四郎。
秋成は慌てた様子で千紗に差し出さた酒を奪うと、奪った勢いでぐいっと一気に飲み干した。
「おい、あっき~! 何勝手に飲んでんだよ。それは姫さんについだ酒だぞ。俺と姫さんの仲に嫉妬したからって勝手に飲むなよ!」
「うるさい。千紗姫様に酒を飲ませるな」
「はぁ? 何で!」
「この方は酒が弱いんだ。呑んだ後、大変な事になるからやめておけ」
「でも姫さんが呑んでみたいって言ったんだぞ」
「知らないからなこの人は。自分の酒癖の悪さを」
「悪いのか? 姫さんは酒癖が悪いのか? ならばますます見てみたい!」
「あ、よせ止めろ! 悪のりするな」
「え~だって気になるじゃん。あっきーが必死になって隠したがる、姫さんの酔っぱらった姿」
千紗に酒を飲ませたい四郎と、飲ませたくない秋成の攻防戦。
その賑やかな様子に、珍しく宴へ参加した秋成の存在に気付いたらしい清太が、後ろからひょっこり顔を覗かせた。
「あれ~秋成の兄貴だ。いつの間にそこにいたの? って言うか、秋成の兄貴が宴会に混ざるなんて珍しいね。こりゃ雨が降るんじゃない?」
「清太、外はもう大雨だよ」
「おっと、そうだったそうだった。こりゃ春太郎に一本取られたぜ」
清太に続いて春太郎もその横から顔を覗かせる。更にその横からヒナの姿も。
後から後から人が割り込み、賑やかになっていく場の空気に、秋成はもう面倒だとばかりに声を荒らげた。
「あぁもう、どいつもこいつも煩いな! 今日だけは特別だ。兄上から命令されたら断れなかったんだ」
「何?! お主、私が宴に参加するよう言ったときには訊かなかったくせに、小次郎の命令ならば聞くと申すのか?」
だが、その結果として一番厄介な人間、千紗の介入を招く事態に。
「お主の主はこの私ぞ。私が普段どんなに説得しても屋敷に上がることをしなかったくせに、何故小次郎の命令は素直に聞き入れる。何故だ秋成!!」
「……また厄介な事に……」
またいつもの駄々っ子が始まったと、ただただ面倒くさげに聞き流す秋成。流しながら秋成は、四郎から酒を奪い取り、グイグイと呷り飲んだ。
「こら! 私を無視するでない! 今は大事な話をしておるのだぞ!」
「………」
「むむむ。そんなに流し飲む程酒というものは旨いのか? ならば私にもそれをよこせ」
「嫌です。どうせ姫様には飲めませんよ」
「そんな事はない。勝手に決めるな」
「飲めませんって」
「いいからよこせ~!」
秋成からお酒を奪おうと一生懸命に手を伸ばすも、秋成に頭を掴まれ押しのけられる千紗。
じゃれ合う二人の姿に、いつの間にか機嫌を直していた四郎がケラケラ声を上げて笑った。
「ははは。ホ~ント仲良いよな、あっきーと姫さんは」
「「良くない!」」
「ほら、息もぴったりだ」
四郎以外にも、周りにいた多くの者から笑いが零れる中、突然"ゴロゴロ"と、賑やかだった宴の席に雷の怒号が鳴り響いた。
「うわぁ! 今のは大きかったな。こりゃますます外は荒れるよ。秋成の兄貴が珍しい事するから、嵐まで呼んじゃったんだぜ、きっと」
"ゴン"
「痛っ!? ひでぇよ秋成の兄貴、殴る事ないじゃんか」
雷ならぬ、秋成から拳骨を落とされた清太は、涙目になりながら秋成を睨んだ。
「ふん」
清太からのからかいに、不貞腐れたように秋成はそっぽを向いて酒を啜った。
「千紗様、次のお料理をお持ちしました。こちらをどうぞ。さぁ皆様も」
「おぉ、すまないな桔梗、ありがとう。ところで、チビ助の姿が見えぬようだが、あやつは今日も一人で部屋に綴じ籠もっておるのか?」
秋成が清太の頭に拳骨を落としていた頃、千紗
は千紗達の元に料理を運んで来た桔梗にそっと朱雀帝の様子を訊ねた。
「はい。一応お声掛けはしたのですが」
「……そうか」
桔梗からの返答に、千紗はそっと立ち上がる。
と、一人賑やかな大広間を後にした。
「姫様?」
千紗の退出に気づいて、散々言い争った後だと言うのに秋成も急ぎ千紗の後を追いかけた。
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