第74話 自称大悪党、藤原玄明見参!
――それから数日後。
五月も半ばに入る頃、四郎や桔梗の話通り、ついに小次郎が豊田屋敷へと帰って来た。
「小次郎様!お帰りなさいませ!」
「お帰り、兄貴!」
四郎を始めとした屋敷の者達が待ちきれなかったとばかりに、屋敷の門まで出て小次郎を出迎える。
周辺の村々からもたくさんの人々が豊田屋敷へ集まり、小次郎の帰郷を喜んでいた。
「あぁ。今戻った。長い間、留守にしてしまってすまなかったな。俺が留守の間、豊田は何もなかったか?」
「あぁ、兄貴の働きのおかげで何の問題もなく、こっちは平和に過ごしていたさ。そっちはどうだった?」
「いや、こちらも大した問題はなかった。が……」
何やら言いよどむ小次郎の態度に、四郎は彼の手に縄が握られている事に気付く。
その縄の先を視線で辿ると、小次郎の後ろに、縄でぐるぐに縛り上げられた一人の見知らぬ男の姿を見つけた。
「ん?兄貴、兄貴の後ろにいるそのおっさんは何?」
「実は、一匹賊を捕まえたんだ」
小次郎が“賊”と呼んだその男は、こんがりと日焼けした肌に、延び放題の無精髭を蓄え、酷く不潔感を漂わせていた。ゴツゴツと骨ばった厳つい顔は、見るからに悪人と言わんばかりの風貌だ。
「へぇ、兄貴が賊を捕らえて連れてくるなんて珍しいな。いつも小者は逃がしてやるくせに」
「おい、お前。誰が小者だと。訊いて驚け、俺様の名前はなぁ、泣く子も黙る大悪党、
四郎の小者発言が気に触ったのか、賊の男は囚われの身でありながらも、臆する事無く誇らしげに高々と名乗りを上げた。
「……うん、ごめん、知らないや。ちょっと悪いけどあんたは黙っててくれる」
「な……」
だが、彼の名乗りに呆れ顔を浮かべた四郎は、バッサリと自称大悪党の発言を切り捨てる。周囲からはクスクスと笑いが溢れていた。
赤っ恥をかいたとばかりに顔を真っ赤に染めながら、屈辱に震える賊の男に哀れみの視線を向けながら、小次郎は四郎との会話を続けた。
「俺だって何度かこいつの事は見逃してやったさ。だがこいつは、懲りもせず何度も盗みを働いてな、俺が行く先々で騒ぎを起こしては小領主や役人達を困らせていた。こいつの手癖の悪さと諦めの悪さには、ほとほと手を焼いてな、仕方なくこうして捕まえたんだ」
「いやいや、捕まえたからって豊田に連れて来られてもさ、こっちだって困るんだけど。正直邪魔なだけでしょ、こんなおっさん。どっか遠くに捨てて来てよ」
「おい、誰がおっさんだ! 俺様はまだ二十代――」
再び四郎の発言に待ったをかける自称大悪党、藤原玄明。今度はおっさんと呼ばれた事が気に触ったらしい。が、二回目の割り込みは、完全なる無視に終わる。
「悪さをすると分かっている人間を、野放しには出来ないだろ四郎。たとえ小者とは言え、人様に迷惑をかける人間を捨て置くわけにはいかない」
「兄貴のその変な正義感、面倒くさいなぁ。仕方ない。じゃあ殺しちゃおうよ」
「は? 殺す?! 待て待て待て、殺すのはちょっと待ってくれ! 俺様はまだ死にたくないぞ」
「四郎……お前はすぐにそうやって物騒な事を言う。人を殺す事で、物事を解決させようとするな」
「え~、だってさ、この人、迷惑な盗賊なんだろ?生かしておく価値もないでしょ」
「盗賊だからと言って、無暗に人の命を奪うものじゃない。何かやむにやまれぬ理由があったのかもしれないだろ」
「え~? 見るからにこんな悪人面したおっさんに? 理由なんて別にないでしょ。盗みたいから盗んでるだけだって」
「こらこらこら、人を顔で判断するな! 俺様だって好きでこの顔に生まれたわけじゃないんだぞ」
「兄貴は甘過ぎだって。じゃあ聞くけどさ、捨てられない殺せない。じゃあ、このおっさんどうするの?」
「だ~から、俺様はおっさんではない! と言うかお前ら、さっきから訊いてりゃ人の見てくれを言いたい放題散々侮辱してくれやがって、俺様の存在を無視するな!」
四郎の度重なる失礼な発言に、その後も何度か会話に割って入った自称大悪党、藤原玄明だったが、割って入れば入る程、無視され続ける現状に、ついに怒りを露にした。
だが、その怒りは逆に四郎を逆なでする行為であり、玄明以上の怒りを爆発させた四郎が、腰に下げた刀に手をかけながら、玄明へと脅し、迫った。
「…………あぁ~もう! さっきからうるさいおっさんだな。殺されたくなければ反省しろよ。二度と悪さはしないって今この場で誓え。そしたらあんたは解放だ。所詮は小者なんだから」
「ふん、それは出来ない約束だな。俺様は泣く子も黙る大悪党、藤原玄明様だ。盗みこそが俺様の人生。盗賊稼業こそが俺様の生き様!」
「ほらやっぱり、見た目通りの悪人じゃねえか。本人だって堂々と悪人を名乗ってんだから、遠慮してやる必要もない。今この場で殺したって何の問題もないわけだ。それで全ての問題も解決。さぁ兄貴、さっさと殺しちまおうぜ」
「待て待て待て、だから殺すのだけはちょっと待てくれ~~!!」
四郎から放たれる本気の殺意に、本気の待ったをかける玄明。
二人の堂々巡りの会話。終わりの見えない不毛な言い争いに、周囲が飽きを感じ始めていた頃、四郎の背後からにゅっと、二人の喧嘩に割って入る人物が現れた。
「……お主達、さっきから何をくだらない言い争いをしておるのだ?皆が呆れているぞ」
「うわ、姫さん?!」
突然の千紗の登場に、驚きの声を上げる四郎。
せっかく小次郎の帰郷を訊いて駆けつけたというのに、いつまでもくだらない言い争いを続けて小次郎を独り占めし続ける四郎に嫉妬でもしているのか、千紗は酷く不機嫌な顔で、四郎を睨み付けていた。
場の空気も読まず、己の感情のまま四郎達の会話に割って入った千紗。彼女の無礼を止めようと、今度は秋成が千紗を止めに入った。
「恐れながら姫様。今は貴方様が口を挟むべきではないかと」
「だがな秋成、同じ事の言い争いで、さっきから全く話が進んでおらぬのだ。皆だってこの場をどうして良いか困っておる。ならば、誰かが止めてやらねばならぬだろう」
「だからってわざわざ、その“誰か”を部外者である貴方が、かって出なくても良いのではないかと申しているのですよ」
「部外者とは失礼な。私はもう立派なこの屋敷の一員じゃ」
「だから、そう言う意味ではなくて……」
千紗達の介入により、ますます賑やく、またややこしくなった状況に、小次郎は一人頭を抱えた。
抱えながら、彼の額にはくっきりと青筋を刻み付けられて行く。
そしてその筋がプチンと音を立ててキレた瞬間、小次郎の怒声が辺りに響き渡った。
「あぁもう……これでは全然話が先に進まないじゃないか!玄明の処分は後で俺が考える! それまで馬小屋にでもぶちこんでおけ! そんなことより四郎、お前は俺に大事な話があって豊田へ呼び戻したのだろう。賊の処分だ何だと騒ぐ前に、俺をわざわざ呼び戻した理由をさっさと皆に話せ!!」
小次郎の怒りに、場内は一瞬にしてシーンと静まり返った。
「あ、あぁ……そうだったな。取り敢えず、俺はまず太郎さんを呼んで来るから、兄貴はみんなを大広間に集めておいてくれよ」
そう言って四郎は一人、小次郎を怒らせた張本人でありながらも、そそくさと小次郎の雷から逃げるように去って行った。
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