第16話★美しき竜人はその力で人々を魅了し、彼女の心は推しに萌える

ヴァンフィーネル・ダヴィリーエSide


 リラの侍女のアリアを守るように言われたことに若干不満を覚える。いや、侍女が魔女を封印する一番鍵となる水晶を持っているのであれば、守ることは最優先事項ということは理解できるが、シュテルクスの方々と共に戦場に立ちたいという欲求は第3騎士団の者たちは持ち続けている。絶対にたどり着けることのない騎士としての高き座。その方々の剣技は騎士の者達の誰もを魅了する。


 爆発音に続き、王女メリアングレイスの姿をしたモノが姿を現した。


「すっごく、探したんだよ〜。結界なんて張っちゃってさぁ。結界壊したら誰もいないって酷くない?」


 誰だ?いや、これはもしかして、茶髪の少女が王女メリアングレイスの身体を乗っ取ったということか?違うな、茶髪の少女はあの戦場でも好き勝手に動いていたが、一応あれでも体裁を整えていたということだったのだろう。


「女王になる私を馬鹿にして、酷いよね。でも大丈夫。みんなみんな死ぬから。死は誰しも与えられる平等な祝福」


 きゃらきゃらと笑いながら笑みを浮かべる姿に先程見た禍々しい気配を背負った魔女とは違う恐怖を感じる。得体のしれないモノに遭遇したという感じだ。


 いざとなれば、侍女を抱えてこの場を去るつもりだったが、あまりにもの得体のしれない存在を前にして思わず腰に佩いている剣を抜いた。


 そして、その得体のしれないモノが言葉を口にする。


「私が誰かですって?私は女王王女イーラティーミアメリアングレイスですわ。その白髪を見ると私を殺した者を思い出すわね。今度は私が竜人を殺して····ふん!裏切り者のリラシエンシア!あんたの母親を殺したのはあんたの叔父だって教えてあげるわよ!」


 その時、紅色の髪の妖艶な女と茶髪の少女の姿が同時に俺の視界が捉えた。忌々しいという紅色の視線をシュテルクス侯爵とリラに向ける魔女イーラ。黒い瞳を親の敵のようにリラに向ける茶髪の少女。その茶髪の少女は不可解なことを口にした。第三夫人を殺したのがシュテルクス侯爵の弟君だと。

 リラが居ない時に幾度かデューク副官と共にシュテルクス侯爵邸に出入りしたことがあったが、あの時は第三夫人は普通に出迎えてくれていた。あの方は、未だに第一夫人ではなく第三夫人と名乗っている。どうも、シュテルクス侯爵への意趣返しがはいっているようだが、それは俺の心の中にとどめておこう。


「あんたの婚約者の王子を殺したのは国王の妹だから、あんたが剣を向ける相手は違うって指摘してあげる」


 婚約者だと!ギルバート顧問から婚約は解消されたと聞いていたが、違っていたのか!

 俺が、第二王子に視線を向けると、必死で首を横に振っていた。ではどういう事だ!目の前の存在はやはり不可解過ぎる。さっさと始末してしまった方がいいだろう。


 俺が一歩踏み出すのと、シュテルクス侯爵が駆け出して行くのが息を合わせたかのように同時だった。

 魔女は結界を張り、剣を防御しようとしたらしいが、そのような結界など団長の前では紙くずも同然。

 団長の剣は魔女の結界を布を切り裂くように破壊し、その隙間から俺は剣を振るい魔女の腕を切り飛ばす。と同時に団長も剣を突き出し、魔女の左の胸を突き刺した。

 心臓を穿けば、流石に魔女でも無事ではいられないと思っていたが、魔女は三日月の様な笑みを浮かべ俺と団長に向けて、高圧的な風の塊のぶつけてきた。

 魔女は心臓を刺しても動じないのか!




 聖堂の端まで飛ばされた俺は壁に叩きつけられることを防ぐために、体勢を整え、床に足をつけ滑りながら惰性を殺す。


 勢いを殺し、更に魔女に追い打ちをかけようと顔を上げると、その視界にはシュテルクス侯爵の姿が映し出された。


「ヴァンフィーネル。国王を連れて下がれ」


 それだけを言って聖堂の中央に戻っていく。その姿に内心悔しさを覚えたが、団長の、シュテルクス侯爵の言葉は絶対だ。


 俺は王族の方々を守るように移動しているデューク副官と合流するために足を動かすのだった。


 聖堂の王族の控室に当たる一室まで移動したが、それなりに距離があるはずだが、戦いの音はここまで聞こえてくる。


「さて、後はシュテルクスに任せておけば決着は着くだろうが、この後をどう始末をつけるか考えは持っているのか?」


 国王陛下が二人の王子に意見を聞いている。恐らく次代を担う王を見極めようとしているのだろう。本当であれば、側に置き王子の成長を見守りながら、王としての素質を見極めるところだろうが、国王陛下は王妃と王子達の身の安全を最優先にしたために、彼らの考えを聞いて見極めようとしているのだろう。


「考えていることがあります」


 そう発言したのは、第一王子だ。あの時はまだまだ少年という風防だったが、今では若き王としての佇まいをしている。恐らく、隣国で教育を受けてこられたのだろう。


「言ってみろ」

「恐らく先祖は王都の地下で魔女を監視下に置きつつ、何かあれば、シュテルクスに対処を願うつもりだったと考えられます」


 どうやら、あの魔女は元々王都の地下に居たらしい。それが、何かの拍子で出てきたということか。


「人を惑わし、憑依するのであれば、人が入り込まない遺跡に封じることを提案します。そこは祖先共々が隠れ住み、主神レイ神を祀る神殿がある遺跡になります。今度は神に魔女の監視をお願いするというのはどうでしょうか?」


 神頼みとの発言に俺は内心鼻で笑いそうになったが、そこはこらえる。結局解決を未来の者達に任せるということだ。今の世でこれほどの被害をもたらせた魔女が再び未来で復活することなれば、どうなることか。

 今回はあの禍々しい気配をまとった魔女だけだった。封印であの不可解な茶髪の少女も共に封印するとなれば、魔女と少女がその時代に解き放たれるということを意味する。それはなんておぞましいことだろう。未来の者達は二つの魂があることに気がつくだろうか。魔女の禍々しいしさに加え、少女のなんとも言えない得体のしれなさ、それが一つの依り代に共存して世界を我が物顔で歩き始めたとすれば?

 いや、俺が王族に意見することなど叶うはずもない。俺は王と王子の会話に耳を傾けつつ、魔女との戦いがどの様になっているかと気になった時にこちらに近づく気配がある。


 シュテルクス侯爵だ。戦いの決着はついたのだろうか。それにしては、未だに地響きのような音が響いてくる。


 シュテルクス侯爵が扉の前に立ったため、俺は部屋の外にでて、状況を確認すべく、シュテルクス侯爵の前に立った。


「団長···あ、シュテルクス侯爵。魔女との決着はついたのでしょうか?」


 未だに抜けない癖でシュテルクス侯爵を団長と呼んでしまう。それはきっと俺の中での団長は永遠にシュテルクス侯爵だからなのだろう。


 俺の質問は否定の言葉が返ってくる前提だ。だが、シュテルクス侯爵がこの場にいる理由が聞きたいのだった。


「いや、少々問題がおきた」


 問題!何があったのだ!リラを一人にしておいていいのか?俺の頭に疑問符が飛んでいる横で、いつの間にか部屋の外に出てきたリラの侍女がため息を吐きながら言った。


「はぁ、お嬢様が暴走されましたか?」


 リラが暴走?!直ぐに駆けつけようと足を動かす前に、侍女に止められてしまう。


「羽虫。話を聞かずに突っ込めば、死ぬのは羽虫の方です」


 どういう事だ?俺が侍女に説明を求める視線を投げかけると、答えが出てきたのはシュテルクス侯爵からだった。


「リラが竜人化している。原因は我を忘れることがあったからだが、まぁ、それはいい」


 我を忘れることが、どうでもいいはずないではないですか!団長!


「問題はどうやって正気に戻すかなのだが」


 そう言って団長は俺に対処するようにと言わんばかりの視線を投げかけてきた。流石にシュテルクスの力の暴走は俺の手に余ると思いますが。


「恐らく、タイミングは一瞬だ。魔女にトドメを差そうとする時に声をかけろ。それで、リラの正気は戻るだろう」


 ん?声を掛けるだけでいい?


「今声を掛けても耳に入らないだろうから、相手にトドメを差そうと動きを止めた一瞬だぞ」


 念押しをするように言って、シュテルクス侯爵は王族の控室となっている部屋に入っていった。


「羽虫。行きますよ。タイミングを間違うと死ぬのはこちらですからね。私など、何度お嬢様に殺されかけたか」


 何気にこの侍女は恐ろしい事を告白してきた。確かにシュテルクスの方々に仕える者達は普通ではないと聞き及ぶが、殺されかけても主に仕える心境とはどういうものなのだろうか。

 いや、俺が団長に殺されかけたとしても、シュテルクスの力の一端を知ることができたと、内心喜びそうだ。そんな事が頭を過ぎっていると、王族の控室の扉が開きデューク副官が出てきた。


「団長、私はどうしましょうか?」


 ああ、王族に付いておくか、俺たちと行動をするかということか。いや、これで決着が着くとなれば、色々動かなければならないことだろう。一旦第3騎士団を帰還させることにしたほうがいい。


「デューク副官。連れてきた小隊とともに、第3騎士団の詰め所に戻り、王都の近くで待機している者達を帰還させよ」

「はっ!」


 そう言って、デューク副官はこの場を離れていった。俺は未だに地響きが響く中心点に向かって足を進めていく。その後ろからはリラの侍女が付いてくる。







「リア。もういい」


 俺は黒い剣を持つリラの腕を掴んで、何か得体のしれない蠢くものにトドメを差すのを止めた。全力で引き止めているが、流石にシュテルクスの····いや、竜人の血を受け継いだリラの腕の力に、俺の方が持っていかれそうだ。


 そのリラは俺を睨みつけるように視線を向けてきた。赤き瞳は炎を宿したかのように光を帯び、縦に伸びる瞳孔が人とは異なると示している。白い髪の隙間からは真っ白な雪原のような滑らかな、角が二本生えている。

 俺は正直その美しさに見惚れてしまった。


 人と共に歩むことを決めたシュテルクス。その姿な国中の誰もを魅了する姿だ。


「ヴァン様···」


 リラの正気が戻ったようだ。ふと、黒髪の彼女の姿を探すが見つからない。


「お嬢様。最早、魔女は虫の息です。封じ込めましょう」


 リラの侍女はいつの間にか膝丈ほどの青みがかった水晶を取り出して、リラに魔女を封じるように指示している。

 侍女から封じる様に言われたリラは戸惑ったかのように俺と侍女に視線向けている。

 ふと、その姿が、黒髪の女性と重なった。


「お嬢様。旦那様から我を忘れるなと言われておりましたでしょう」


 侍女から指摘されたリラは神妙に頷きながらも、顔を赤くしている。ん?これはもしかして?


「か···身体。新しい··うつわ」


 得体のしれない何かの塊から声が聞こえてきた。魔女というモノはこの様な姿になっても、意識があるのか。いや、魔女は依り代に取り憑いた魂。だから、魂を封じる物が必要だったのだ。


 リラは黒刀を鞘に収め、青き水晶を持ち上げ頭上に掲げる。


「『混沌の古より存在する邪神イーラティーミアよ。その依代をたましいの器とし、オストゥーニの永久の牢獄に囚われ時の流れから切り離されよ』」


 眩しい程の青い光を放つ水晶。その水晶の光を浴びた魔女らしき人形をしたモノは徐々に青い水晶に変化していった。


「次は··次こそは····わらわが王となり····そなたを····」


 次か。それはどれぐらい先の未来のことだろうか。この魔女と少女が世界に解き放たれたとき、俺たちの子孫は戦い抜く事ができるだろうか。


 背後から近づい気配がある。第一王子だ。このまま魔女を封印の地に運ぶのだろう。


「この魔女は私が貰い受けてもよいか?」

「お嬢様に全てを任せて、功績だけ己の物にしようというのですか!」


 リラの侍女が憤っているが、この件は先程国王陛下と第一王子との間で決められたことなので、俺たちが口出すことではない。

 だが、侍女としては仕える主が使い勝手いいように扱われていることに怒っているのだろう。


「ええ、良いですよ」


 リラはそういうだろうな。リラは魔女の封じる地を気にしており、第一王子に尋ねている。第一王子の言葉に納得したのかリラは一つ頷き、魔女の身柄を第一王子に任せると言った。


 その後、リラは何かを決意したかのような表情をして王族に対して行う礼の姿を取った。黒いドレスの裾を少し上げ、腰をかがめて頭を下げる。竜人が人の王族に向かってこうべを下げる姿は、恐らくこの場にいなければ見ることがなかったであろう姿だ。


「我らシュテルクスは建国からの盟約により、その責務を果たしました。この封じられた魔女の依代にて、完了したことを報告いたします」


 その横にはシュテルクス侯爵も並び立ち、同じ様に頭を下げている。きっと、500年前も見られたであろう姿だ。


「面をあげよ」


 第一王子の隣に並び立った国王陛下の言葉で二人のシュテルクスが頭を上げた。


「この度のシュテルクスの働きに感謝の意を述べる。はぁ···その姿を見るのは2度目だが、やはり実際に見てみると人ならざる者の戦いには、人ならざる者の力が必要なのだろう」


 国王陛下に姿のことを指摘されたリラは首を傾げて何を言っているのか理解できないという顔をしている。

 そのリラに侍女が声を掛けた。


「お嬢様。ツノが出ておりますので、引っ込めてくださいませ」


 慌てて自分の頭に手を当てて角の存在を確認したリラは耳まで真っ赤になって、シュテルクス侯爵を睨みつけている。しかし、シュテルクス侯爵はリラの視線に気がついているものの、無視を決め込んでいるようだ。

 だが、これで俺は確信した。いや、元々わかっていた事だ。だが、今回何かをきっかけにして、リラの魂とリラの心の彼女は一つになったのだろうと。きっと、竜人化したことに起因するのだろうか。いつも冷静を装っているリラと表情が豊かな彼女を怒らせる何かがあったのだろう。


 国王陛下は普通では有り得ない個人的にリラに対して感謝の言葉を述べた。もし、リラが動いていなければ、この国の被害は甚大なものになっていただろう。


 そして、王族の方々は水晶化した魔女の依り代と共にこの場を去っていった。

 その姿を見送ったリラは水晶を元あった場所に戻している。よくあんな適当に投げて落ちてこないものだな。

 リラが水晶を元の位置に戻そうとしている時にシュテルクス侯爵が俺のところに足を向けてきた。


「次のシュテルクスはリラに決めている。頼んだぞ」


 と、それだけを言って俺の側を離れ、侍女に一言声を掛けて、姿がかき消えたかと錯覚を覚える速さで、この場を去っていった。団長。やる気があれば、魔女なんて瞬殺だったのでは?


 次のシュテルクスはリラに決めているか。俺も決めなければならない。その前に一つリラに確認しておきたい。

 俺がリラにとって信用に足る人物なのかどうか。


「リラシエンシア嬢。先程の質問に答えてもらってはないのだが?」


 だが、俺の言葉に返された言葉は違うものだった。


「ヴァン様。リラはこの状況の説明はしましたわ。ヴァン様の言う質問がどの質問のことなのかわからないのです。それから、先程のようにリラと呼んで欲しいですわ」


 俺だけが、こだわっているということか?いや、リラのリラ呼びのこだわりも強いようだが。

 思わず、ちらりと黒い髪の彼女の姿を探すが、リラの心である彼女の姿は見ることができない。恐らく、この分だとリラは本当に俺の言っている意味がわからないのだろう。

 俺はリラに信用されているのか、されていないのか。


「虫けら。貴様がウジウジ悩んでいることなど、お嬢様からすれば、その辺の石ころ同然の事だと理解できないのですか」


 侍女の言葉が俺の胸に突き刺さる。シュテルクスの方々にとってみれば、俺など羽虫同然なのだと。

 わかっている。俺とシュテルクスの方々は違うと。


「わかっている」

「わかっていても理解していないから、どうでも良いことで立ち止まることになるのです。お嬢様はシュテルクスなのです。それ以外の者共は地に伏してひれ伏すべきなのです!」


 思わず侍女の言葉に笑いがこみ上げる。確かにそうだと。同じ戦場に立って増々実感できる英雄シュテルクス。俺の中でシュテルクス侯爵が永遠に団長であるように、共に立ち並ぶことの出来ない存在。


「お嬢様を見れば理解できますよね。これ程のことを成しても、王族に手柄を全て横取りされても、道端の石ころを蹴飛ばしてしまったら、当たってしまったわという感じだから別にいいという欲の無さ。そのような感じのお嬢様の前では、虫けらの悩みなど些細なこと。そして、いつまでもお嬢様の言葉の意味に気づかない愚か者はさっさと言うべきことを言いなさい!」


 今日はいつにも増して侍女の言葉が突き刺さってくる。

 俺も一歩を踏み出さなければならない。理解はしている。彼女はリラであり、リラは彼女である。


 俺はリラの前で跪き、リラの右手をとる。


「リラシエンシア嬢。赫赫かつかくたる武才を誇る貴女の隣に立つには未熟な弱輩者ではありますが、私に貴女の伴侶と成る許しをいただけますでしょうか?」

「····」


 リラから言葉が返されず不安になり、リラの姿をうかがい見る。


「リラシエンシア嬢?」

「え?なんだかパニックなのですが?もしかして、私ヴァン様に告白されています?ここはどう答えるべきなのですか?いいえ、答えは一択なのですが、このように畏まった「お嬢様、心の声が出ていますよ」はっ!」


 クククッ。やはり、リラは彼女であり、彼女はリラだ。やっと、彼女の言葉を聞くことができた。

 俺の心はこんな些細なことで、歓喜に打ち震えている。


 すると、リラは床に膝をついてかがんで、俺の手を包み込みように両手で握ってきた。


「ヴァン様、リラはずっと言っておりましたよ。ヴァン様のお嫁さん・・・・にしてくださいと。身分もシュテルクスも関係なく。私は貴方を望んだのです。許すのでは無く望んだのです」


 あの言葉はそういう意味だったのか。普通であれば、婚約だとか、婚姻という言葉が出てくるはずだが、リラはいつも『お嫁さん』という言葉を言っていた。

 これは、リラの···彼女の優しさだった。身分というものを気にする必要はないと。

 まいったなぁ。本当に俺が馬鹿だっただけじゃないか。


「貴女には昔から予想外の行動をされて驚かされてばかりだ。アリアの言うとおり、愚かなのは俺の方だったということだな」

「ヴァン様は悪くないですよ?」


 リラはそう言うのであれば、遠慮することはもうない。

 首を傾げるリラを抱き寄せ、もう一度確認する。


「リラは俺の妻になるということでいいのだな」


 耳まで真っ赤になったリラは、コクコクと首を縦に振って答える。


「リラはヴァン様の奥さんになりますわ」


 ならば、ここは聖堂だ。丁度いい。

 俺はリラを抱えて立ち上がり、一番奥にある主神レイ神を祀る祭壇の前でリラを下ろす。

 そして、神に誓いの言葉を述べる。


「ヴァンフィーネル・ダヴィリーエはレイ神の御前おんまえにて、リラシエンシア・シュテルクスの血にひれ伏し従い、共に立つことを誓う」


 恐らく、シュテルクス侯爵はこの事を言っていたのだろう。王族の血とシュテルクスの血は特別だ。初代の二人は神の祝福を得たと伝わっている。だからなのだろう。代々、その初代の色を受け継いでいるのだ。


 隣のリラはというと、誓いの文言の内容に戸惑っているようだ。そこに侍女が助け船を出す。


「お嬢様。旦那様はお嬢様の事をお認めになっております」


 いや、逃げ道はないとトドメを差した。相変わらず仕える主に対しても容赦をしない侍女だ。

 ため息を一つ漏らしたリラは、俺に視線を向けて、誓いの言葉を口にする。


「リラシエンシア・シュテルクスはこの血を持って国に準じ、ヴァンフィーネル・ダヴィリーエと共に生きることを望む事をレイ神の御前おんまえにて宣言する」


 するとどうだろう。普段人がいない聖堂の鐘の音が鳴り響いた。いや、複数の重なった鐘の音が聞こえるため、この王都にある5つの教会の鐘も鳴っている。これには口元が緩んだ。神が認めたのであれば、うるさく言ってくる者達をねじ伏せる事ができる。


「神もお認めなったのであれば、誰も文句は言わないだろう」


 ふと、視線を感じ祭壇の上部を見上げると、明かり取りの色ガラスの光を背にしたこの世ならざる存在がいた。その存在はイタズラが見つかってしまったかのように口元に人差し指を持ってきて黙っているように示唆してきた。

 光を背負っているため、その容姿は伺いしれないが、神々しいと表現するしか出来ない存在だった。

 俺がレイ神と思える存在に気を取られていると、リラが俺に抱きついてくる。


「ヴァン様!リラはお腹が空きましたわ。リラとデートしてくださいませ。断ることは駄目ですわよ!」

「こんな時でもリラはリラのままなのだな」


 相変わらずだと笑いが込み上げてくる。そして、再び視線を上に向けたが、もう神の姿を見ることはできなかった。


「それがお嬢様なのです」


 侍女の言葉に頷きながら返す。


「確かに、それがリラだ。その前に誓いを」


 そう言って、俺は抱きつているリラを更に抱き寄せ、口づけをする。ふるふるしながら、顔を真っ赤にしているリラ。


 ふと、イタズラ心が顔をだした。今なら答えてくれるだろうか。


「一つ聞きたいのだが」

「何でしょう」


 リラは何を聞かれるのかと困惑気味の表情をしている。だから、リラの耳元で囁いた。


「黒髪の貴女の名前を教えてもらえますか?」


 すると、リラは大きく目を開いて、声を出さずに『なぜ?』と言っている。その姿は彼女そのものだ。声を聞くことも叶わず、触れることも叶わず、言葉を交わすことも叶わない。黒髪の彼女の姿。


「実は黒髪の貴女が俺の初恋なのです。貴女の名前を教えてもらえますか?」


 すると、彼女は顔を真っ赤にして小声で『リサ』と答えた。ああ、だから彼女はリラと呼んだ時に喜んだのか。彼女の名の響きとよく似たリラという名に。

 だったら、もっと早くリラと呼んであげれば良かった。


「リサ。貴女に永遠の愛を捧げる」


 神が居なくなった祭壇の前で俺は再び誓いの言葉を言った。これは報われないと思っていた恋が叶った瞬間だった。



______________



これは別のサイトでリクエストをいただいた、悩める男視点です。


ぶっちゃけ、手が進まなかったのです。


本当はリクエストされなければ、書く気はありませんでした。あまり、下手に書くと変人扱いされかねないですから、幼女に恋心を抱くのかという問題ですね。


ですから、ヴァンには日本人の彼女の姿を見ることができる設定は元からありました。だから、ところどころで、おかしな言動をしているのです。

この事はヴァン視点でなければ気が付きませんが、ウジウジしている男のケツを蹴り、しゃきっとしろ!と言いたかった。

ですが、『うささん』の二人だけのシーンを書けてよかったです。ヴァン陥落シーン。

リラの恋も一筋でしたが、ヴァンの恋も一筋でした。めでたしめでたし。



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