第4話◆殺伐とした親子喧嘩に不確定要素を入れなかったのは私の落ち度ですわ

 翌月、兄クロードにヴァン様が時間が空いている日を確認して、第3騎士団の建物に突撃をしに行ったのです。


「愚兄。これはどういうことですか?」


 私は目の前で苦笑いを浮かべている兄デュークに質問をします。


「あ、いや。あの日殴ったのが、お前だと誰も信じてくれなくてな」


 私は、訓練場と思われる広い広場に連れてこられ、兄と同じぐらいの少年たちに囲まれているのです。

 信じてくれなくていいですわ。私はヴァン様に会いに来たといいますのに!

 しかし、この状況は私にもう一度兄を殴れということでしょうか?


 ヴァン様に会わせる約束を破った兄にはお仕置きが必要ですわ。私はうつむいて息を大きく吸い込みます。そして、思いっきり声を張り上げます。


「うわ〜ん!!お父様!お兄様が私に従騎士たちの相手をしろって言うのです〜!!」

「なっ!そんなこと言っていないだろ!」


 兄デュークは慌てて、私の肩を揺さぶり私の言葉を止めようとしますが、それぐらいでは、私を止められませんわ。


「お兄様は意地悪です〜!5歳の私を集団リンチするつもりなんですわ〜モゴモゴ」

「だから!そんなこと一言も言ってないだろ!」


 私の叫び声に、何だ何だと人が集まってきました。従騎士の少年たちは居心地悪そうに身を寄せ合って私を兄の姿を見ています。兄は必死に私の口を塞ごうとしていますので、自分がどのような状況に置かれているかわかってはいません。


 ドーナツ状に人垣が出来たところで、その人垣が割れ、そこから不機嫌そうな顔をした父が現れました。しかし、兄は私の口を押さえることに必死で気がついておりません。その父が突然腰に佩いている剣を抜き、私と兄デュークに向かって振り下ろして来ます。その状況に周りはどよめきや引き攣る声などのざわめきに満たされました。ここまで来てようやく兄デュークも気がついたのですが、既にときは遅し、剣の切っ先は兄の目先まで迫って来ています。

 私は体を回転させ、兄デュークを後方に投げ飛ばします。そして、父の剣の切っ先は地面に振り下ろされておりました。


「誰が、お前を集団リンチするだと?そんなことをするヤツがいると思っているのか?」


 機嫌が悪そうな父の言葉です。それは幼子に暴力を振るう騎士なんて居ないという意味にも捉えられますが、剣を私に素手で受け止められた父からすれば、私に暴力で敵う騎士がいるのかと問われているようにも聞こえます。


「あ!お父様、丁度良かったですわ。執事クロードから渡されたものがあるのです」


 父の質問には答えず、父のサインが欲しい書類があるのだといいますと、私から逃げるように剣を収めながら踵を返す父。


「アリア!こっちに来てお父様にお渡ししてもらえるかしら?」


 父の背中を追いながら、離れたところに控えていた侍女のアリアを手招きします。


 アリアは抱える程の荷物を持って、私の後に付いて来てくれています。その後方で騎士たちが、流石団長の娘だとか、英雄の色を持っていることはあるだとか言っていることは、私は知る由もなかったのです。その言葉に兄が歯を食いしばっていることも。



「それで、お前は何をしに来たんだ?」


 父の仕事場である団長室に通された私に言われた第一声でした。


「それは勿論お兄様との間に交わした約束を果たしてもらうためですわ」


 私はニコニコと笑顔を浮かべながら、数枚の用紙を父に差し出します。とにかくサインをしろと高い机に齧りつくように差し出します。


 しかし、私の言葉に呆れるような表情をするだけで、一向に手を動かしてくれそうにありません。私は書類のサインする場所を指で指し示します。ここにサインをして欲しいと。


「リラ、お前がサインすればいい」


 何を言っているのですか!私にその様な権限はありません!


「領地の嘆願書ではないですか!貯水池が崩れて崩壊してしまったために、補修をしたいという嘆願書です!これは緊急的対処が必要ですわ!あとこれは先代のシュテルクス侯爵であるお祖父様が進めていたワイン用のブドウの収穫高が見込めるようになったので、醸造施設を増やしたいというものです。ワイン用のブドウは食用には向きませんから、醸造する施設を増やすことを否定する意味はありません。それに生ものは時期を過ぎると腐った廃棄物になるだけです」

「プッ!アハハハハ!もう我慢出来ないです。団長がご息女に言い返せない姿を見ることができるなんて!」


 私と父の攻防がおかしいと笑っている人物は一度父の副官と紹介されたギルバートという人物です。副団長とは違い団長である父の補佐官のような役割があるようです。茶髪に鳶色の瞳を持った人懐っこそうな男性です。確か、10歳と4歳のお子様がいると言っていらっしゃいました。


「それに生ものを時期を過ぎると腐った廃棄物って!廃棄物····くっははははっ」


 何かツボにはまってしまったのか、お腹を抱えて笑い始めてしまいました。


「ギルバート副官。気が散るからどこかに行って笑いを止めてこい」


 父が平常運転ですので、このような方なのでしょう。楽しい方のようです。副官の方はヒーヒー笑いながら部屋を出ていきました。

 ですので、ここには父と私と侍女アリアしか居なくなりました。


「お父様。お屋敷の改革は手つかずですが、いつになったら手を出してくださるのでしょうか?」


 父がのらりくらりと躱し、この一ヶ月間のお屋敷の状態は相変わらず変わっておりません。第一夫人のマーガレット様が頂点に君臨しているため、母は肩身の狭い思いをしながら過ごしています。

 私が父の避けていることを切り出すと、ペンすら持っていなかった手にペンを持ち、私が差し出していた書類の中身など確認せずに、サインをしてしまいました。

 確かに父のサインが絶対に必要な緊急案件を持って来ましたが、せめて中身の文章を読んで欲しいものです。


 父はその書類をアリアに差し出し、アリアは黙って受け取ります。そして、私は父に子猫の様に首根っこを掴まれ、宙に浮きました。最近、父の私に対する扱いが雑になってきていませんか?


 父が扉を開けるとそこには扉をノックしようと右手を上げたヴァン様がいらっしゃいました。

 ヴァン様が左手で抱えている書類の束を取り上げるように抜き取った父は、私を宙に放り投げました。


「追い出しておけ」


 やはり、私の扱いが雑になっていると思います。扉を閉める父の姿にため息が溢れてしまいます。父は母に謝ったから済んだと思っているようですが、物事はそう簡単ではないのです。結局侯爵である父に動いてもらわないと駄目なのです。


 そして、いつかのようにヴァン様の腕の中に収まっている私。もう、雑な扱いでいいのかもしれません。


「申し訳ありませんわ。ヴァンフィーネル様」

「団長と何か話がこじれたのですか?」


 ヴァン様は私の謝罪の言葉に、何故か父との話の内容を気にしてきました。話がこじれることなんてありません。ただ、父が逃げ腰なので、話し合いという土俵を作り上げるまでが大変なのです。


「こじれる程の話し合いができたわけではないのです。表向きの用件をさっさと処理をされて追い出されてしまったのですわ」

「団長がですか?珍しいですね」


 珍しい?いいえ、きっと職場では父は素晴らしい人なのでしょう。


「ヴァンフィーネル様、下ろしていただけますか?リラは歩けましてよ?」


 ヴァン様が私を抱えたまま歩き出しましたので、慌てて下ろすようにお願いします。ヴァン様ロリコン説が流れるのは阻止しなければなりません。


「訓練場の方で騒ぎがあったようですが、従騎士たちと何か揉め事でもあったのですか?」


 また、私の言葉に対する返答ではなく、兄に連れていかれた訓練場であったことの質問をされました。これは何気なく尋問をされているのでしょうか?

 あまり問題を起こすと出入り禁止すると言われそうです。それはいけません!ヴァン様に会えなくなるのは嫌ですわ!


「まぁ、お父様にも用事があったのですが、お兄様にも会いに来たのです。すると室内ではなく、広い場所に連れていかれ、お兄様と同じ様な方々30人ほどに囲まれたのです」


 皆様、見た目はいい少年たちでしたが、私のことを嘲笑ったような見下したような、そんな目で見てきたのが気に入らなかったですわ。私をからかって遊んでやろうという気配が漏れ出ていましたもの。


「ヴァンフィーネル様もご存知のとおり、お父様に対する腹いせも含めてお兄様を殴ったのですが、彼らはそれが信じられないと言うのです。それで、私は考えましたこれから私は何をさせられるのでしょうと。この状況下でヴァンフィーネル様はどうお考えになりますか?」

「リラシエンシア嬢にその再現をして欲しいということですかね?」


 言葉からすれば、それが一般的な考えでしょう。1つ目の問題は場所。2つ目の問題は私が侯爵令嬢であること。3つ目の問題は集団で幼女を囲ったことですわ。


「それなら室内でも可能ですわ。私はこのように貴族の令嬢として可笑しくない格好をしており、侍女を連れているのです。室内では不都合になるようなことを求められていると感じました」

「ほぅ。例えば?」


 ヴァン様から低い声が聞こえてきました。私が何を問題視しているのか気がつきましたか?


「そうですわね。一番簡単な答えはお兄様を殴ってみせろなのですが、恐らくそれはお兄様自身が嫌がるでしょうから、腕に自信のある方々の相手をしろと求められることですね。英雄の力を見せてみろという感じでしょうか?」

「ドレスを着て剣も持っていないリラシエンシア嬢を剣の相手として求められていると感じられたということですか?」

「どちらかというと、私をバカにした感じですね。ちょっといたぶって泣かせてやろうという自己欺瞞を満たす行為に近いと思います。しかし、私は彼らではありませんから、どのような考えを持って私をあの場に連れて行ったのかはわかりませんわ」


 これは私が勝手に感じたことだと付け加えておきます。そう感じるように追いやった彼らがいるという現実です。


「ですから、彼らの望みの一部を叶えて差し上げましたわ」

「え?」

「大声で泣きながらお父様を呼びつけたのです。お父様から喧嘩両成敗という結果を受け取りましたが、現状としては、私は広いところに連れていかれ、泣いてお父様を呼びつけて、機嫌の悪いお父様から剣を向けられてしまったということですわ」


 丁度この建物の出口の扉に着きましたわ。


「馬車を待たせているので、お見送りはここまででいいですわ」


 そう言って、ヴァン様に向かってニコリと微笑みます。しかし、ヴァン様は怖い顔をされて何か考えていらっしゃいます。


「ヴァンフィーネル様?」


 ヴァン様を現実に呼び戻す為に私を抱えている腕をトントンと叩きます。すると、ハッと我に返ったようで、私を床の上に立たせてくれました。そして、私はヴァン様の背後に付き従うように付いてきていたアリアに視線を向け、アリアは私の背後に移動してきました。


「ヴァンフィーネル様。もしよろしければ、これを皆様で分けて食べていただけませんか」


 私がそう言うと、アリアは今までずっと抱えていたバスケットをヴァン様に差し出します。


「本当はお兄様に渡すはずでしたが、このようなことになってしまったので、渡しそびれてしまったのです」

「これは?」


 バスケットを受け取りながらヴァン様が聞いてきました。


「ミートパイですわ。お兄様の大好物なので作ってもらったのです。因みにお父様は嫌いなので、書類にサインをいただけなければ、脅し道具に使おうと思っておりました。しかし、残念なことにお兄様のお腹を満たすこともなく、お父様の脅しに使われることもなかったので、もらっていただけませんか?」

「クスッ。ありがたく頂戴いたします」


 先程から怖そうな顔をしていたヴァン様が笑ってくださいましたわ。素敵です!好きです!大好きです!

 心の中にシャッタ音が鳴り響きます。


 兄を建物の影に呼び出して問い詰めようかと思っていましたが、今日はとてもいい日になりましたわ。




 それから、更に一ヶ月が過ぎました。事態は急を要して私に選択肢を迫ってきました。何度か執事クロード経由で父に戻って来るように連絡をとってもらっているのですが、この一週間全く父が屋敷に戻って来ないのです。


 急を要する事態。それは、私の目の前にあるのです。


 ダルそうにベッドに横たわる母。その横には水に満たされたガラスの水差しとコップが置いてあり、床には桶が常備されています。


「お母様。さっぱりとした果実水ですわ。水分だけでもとってくださいませ」


 しかし、母は首を横に振り、何も口に入れたくないという表情をしております。そう、つわりです。あのおっさん···失礼。父は状況改善をしないばかりか、母の立場を危うくしやがったのです。

 今はまだいいでしょう。風邪を引いて寝込んでいると周りに思わせておけば。しかし、月日が経つに連れお腹が目立ってくれば、マーガレット様やカトリーヌ様がどのように動くかわかりません。

 今のうちにお祖父様と連絡をとって母を隠した方が良いのでしょう。しかし、父にとって母は生きる糧のような存在。居なくなった知れば烈火の如く怒りを周りにまき散らすことは想像に難くありません。


 仕方がありません。ぶん殴ってでも父を連れ戻して、どうされるのか選択を迫らなければならないでしょう。


「アリア。お父様のところに乗り込みに行きますから、準備をしてくれないかしら?」

「失礼ながらお嬢様」

「何かしら?」

「旦那様をお訪ねするというのに、笑顔で金属の棒を磨いていらっしゃるのはなぜですか?」


 金属の棒。これはただの鉄パイプです。中が空洞になっていますので、攻撃力は剣と比べれば些細なもの。


「あら?敵陣に乗り込むには身を守る防具は必要ではないのかしら?」

「防具ですか?普通防具というものはブンブン振り回して、残像を作り出すものではないと思います。それ、絶対に私に向けないでくださいね」


 父と正面を切って向かうべきなのですから、これぐらいは必要でしょう。それに今回は父に対する最後通告でもあるのですから。仏の顔も三度までだったかしら?



 そして、職場の偉そうな机を挟んで、不機嫌そうな顔をありありと浮かべている父と向き合います。


「お父様。何度もクロードからの手紙が届いていると思いますが?」

「来ているが、どうせ書類にサインをしろというものだろう?」

「違います!」


 そんなことは一言も書いていません!これは手紙を開けずにそのまま放置したということでしょう。


「今日は無理矢理にでもお父様に帰ってきてもらうために、お迎えに来たのです!」

「はぁ。リラ、私はお前のお遊びに付き合っているほど暇ではない」

「では、お母様を連れて屋敷を出ても文句を言わないでくださいね」

「ああ゛?!俺がそれを許すとでも?」


 父はゆらりと立ち上がりました。そして、私を射殺すような目で見てきます。


「許す許さないの問題ではなくなって来ているから、私がここに来ているのです!私の家族はお母様だけです。そのお母様を守るためならお父様に喧嘩を売ります!」

「俺に喧嘩を売るとは威勢のいいことだな」


 売り言葉に買い言葉。父は立てかけていた剣を手に取り、その剣を鞘から抜きました。


「おい!ランドルフ!ここで暴れるな!暴れるなら外にいけ!」


 父の副官のギルバートさんが親子喧嘩を止めるのではなく、助長するように外で喧嘩をしろと言ってきました。流石父と長年の付き合いがあるギルバートさんです。一度頭に血が上った父は落ち着くまで時間がかかることをよくご存知のようです。


 その言葉に父は私に目配りをし、近くの窓を開け、そこから外に飛び降りていきました。ここ3階ですが?


「アリア。行ってまいりますわ。屍は忘れずに拾ってくださいね」


 私は扉の近くに控えているアリアに声をかけました。


「はい、お嬢様。旦那様の屍は忘れずに拾って帰ります」

「ぶっ!ランドルフが負けるのが決定されているのか!見る気なかったが、断然興味が出てきた!」


 真面目な顔で答えるアリアの言葉に吹き出す副官。興味を持たなくても良いですわ。副官はニヤニヤと笑いながら、団長室を出ていきました。

 そして、私は窓枠に飛び乗り、眼下を見下ろします。飾り気のない庭といえばいいのでしょうか。土がむき出しになっており、施設と施設を区切る為に木が植えてあるだけの敷地です。その地面の上には不機嫌そうな顔で3階にいる私を見上げる父がいました。

 私は宙に飛び込む様に頭から前のめりで窓枠を蹴ります。足から降りると色々不都合が生じますからね。

 地面が近づいて来たところで、更に頭をかがめ身体を回転させ、地面に着地をします。

 と、左の耳が空気を切る音を聞き取り、右手を左側に構えます。勿論その手には鉄パイプを持っておりますわ。


 ガキンッ!と高音と手に重い衝撃が走ります。父は本気で私に剣を振るって来たようです。一旦距離を取り体制を整えるために、後方に飛びますが、私を追いかけるよに剣の突きが向かってきます。その突きを弾き返します。

 後方に下がりつつ父の剣を受け止め弾き返し、また下がる。傍から見れば私は父の剣に押されているように見えることでしょう。私からは何一つ攻撃を加えていないのですから。


 そして、私は上空に視線を上げます。正確には3階から見下ろしているアリアに視線を向けます。するとアリアは私の視線を感じ頷き返してくれました。


 私は大きく父から距離を取り、鉄パイプを空に掲げます。


「『雷光の狂撃』」


 私に向けて天から落ちてくるイカズチ。雷が落ちる瞬間、全ての音を食らうように静寂が訪れる。次いで、響き渡る轟音。


 私が持つ鉄パイプは雷電を帯び、バチバチと光を放っています。そして、私と父の周りには天から降り注ぐ雷の檻が出来上がっていました。

 私はただ父の剣に押されていたわけではありません。円状になるように下がっていき、雷の道筋を作っていたのです。まぁ、創作魔術ですわ。


「さぁ、お父様。大人しく屋敷に帰ってもらえますか?」


 逃げ場を無くして、父に帰るように迫ります。しかし、父は呆れたように鼻で笑い、私を見下ろします。


「リラ。ここまですることか?」


 その言葉に私はイライラが募っていきました。ここまですることなのです!


 父は剣を横に振り、雷電の檻に剣を接触させました。父の剣も私の鉄パイプと同じくバチバチと雷電をまとったのです。条件は同じだと言いたいのでしょう。しかし、分が悪いのは私の方です。いくらチート級の私でも経験というものの差は埋められないと思っております。

 騎士団長としての父とただの5歳児である私。差は歴然です。


 ここで父が折れてくれると良かったのですが仕方がありません。母と幼い命がかかっているのであれば、私も覚悟というものを見せなければなりません。


 身を低くし突きの構えを取ります。剣術の型など知らない私ができることは、父の懐に飛び込んで突く、それだけです。


 父の剣が私に向けて振り下ろされる中、私は地面を蹴り、そのまま前に足を進めます。迫りくる剣に対して私は防御をせずに父に突進します。そして、何かに背を押されるように速度が上がり父に私の鉄パイプが触れるかと思ったところで身体を捻って避けられてしまいました。

 また同じ突きの体制になり、父に向かっていきますが、先程よりも早い速度で突きを放ちます。しかし、また避けられました。


『雷光の狂撃』


 それは私自身に雷をまとい、最終的には光の速度まで上げることができるというものですが、練習では流石にそこまではいきませんでした。私の身体の方が持たなかったのです。所詮、これは自爆攻撃ですわ。


 宙を蹴りながら繰り出す突き、少しづつ父にかするようになってきました。視界は赤く染まり、口の中は血の味がしますけれど、まだいけます。


 更に次の一手を繰り出そうと、口を開きかけたとき、突然後方に身体が引っ張られてしまいました。


 え?アリアが止めに入るにはまだ早いです。3段階に分けて父を追い詰める計画でしたもの。


「何をしているのですか!」


 これはヴァン様の声です。普通は雷の結界があるため出入り不可能なはずですのに。そのための『雷光の狂撃』でもありましたのに、そこから強引に引っ張り出されるなんて想定外です。

 私の赤く染まった視界の先には術者の私が居なくなったことで、雷の結界が解けていっています。これでは計画が台無しです。


「お嬢様。申し訳ございません」


 アリアの声の方に視線だけ向けますと、剣を突きつけられたアリアがおりました。ああ、そう言うこと。アリアは雷の結界の隙間を縫って入り込むすべを知っています。それを聞いて、強引に私を引きずり出したのでしょう。


 失敗です。不確定要素を入れ込まなかった私の落ち度です。


 うつむく私の視界に赤い水滴がポツポツと地面に落ちているのが見えます。


「リラ。お前はそこまでして何がしたいんだ?」


 何がしたいですって!私は赤く染まった視界に父の姿を捉えます。


「お父様は大っ嫌いです!我儘ばっかり!」

「それはお前もだろ?」

「私は···私は···私ではお母様の心は守れないのです!今まで沢山の傷を癒やしてきました!魔術の勉強をしてムチに打たれても痛くないように肌に沿うような結界も張っていますし、毒も呪いも排除してきました!ですが、毎日毎日嫌味を言われ続けるお母様の心は守れないのです!だから、お母様が壊れる前にお母様をお祖父様の元に帰したいと言っているのに、全然理解してくれないお父様は大っ嫌いです!!もう時間がないというのにお父様はのらりくらりと避けるばかり!だから····」


 あのおっさんどこに行きやがった!失礼しましたわ。

 いつの間にか父の姿が私の目の前から消えていました。


「人が話しているというのにどこに消えたのですか!!」

「お嬢様、恐らくミランダ様の元にかと」


 アリアが予想を口にしますが、一番避けなければならない事態になっていました。


「なんですって!今すぐ戻ってお父様を止めますわよ。お母様の今の状態がマーガレット様やカトリーヌ様にバレると殺されますわ」

「お嬢様。このようなこともあろうかと、事前にミランダ様はお嬢様のお部屋で過ごしてもらうようにしております」


 流石、アリアですわ。これで、少しは時間稼ぎができますわね。


「ヴァンフィーネル様、申し訳ございませんが早急に戻らなければなりませんので下ろしていただけませんか?お咎めを受けなければならないでしたら、それは後日にしてくださいませ」


 またしてもヴァン様の腕の中に抱えられている私は、ヴァン様を仰ぎ見ます。しかし、申し訳ないことにヴァン様の隊服を私の血で汚してしまいましたわ。後で弁償するようにいたしましょう。


「ただの親子喧嘩に何も咎めることなんてないよ。でも帰るよりも先に治療したほうがいいね」


 そう声をかけてきたのは副官のギルバートさんでした。治療ですか。


「『自動治癒オートヒール』をかけていますので、そのうち治ります。ですから、お気遣いは不要ですわ」

「流石、英雄シュテルクスの血族だね。ランドルフも暴走気味だから、早く戻ったほうが良いかもね。ダヴィリーエ副団長。そのままシュテルクス侯爵令嬢をお屋敷まで送って差し上げなさい」

「はっ!」


 副官ギルバートさんに言われ、ヴァン様は了承の返答をされましたが、私は馬車で来ておりますので、屋敷まで送っていただく必要はないのです。


 馬車停めにたどり着くまで、送っていただく必要はないとヴァン様に言い続けましたが、命令を受けましたのでの一点張りで、私を抱えたまま馬車に乗ってしまわれました。はい、何故かヴァン様の膝の上に座る私の構図ができあがってしまったのです。


 王都の中は広いのですが、第3騎士団の建物とシュテルクス邸はそこまで離れてはいないため、馬車でもすぐについてしまう距離にあるのです。元々は第3騎士団は英雄シュテルクスの領兵だったと言われているますから、屋敷の近くに騎士団の建物を置いたのでしょう。


 直ぐに着くというのにも関わらず、馬車の振動が心地よく、私はそのまま眠りの海に沈んでいきました。






「貴女の仕える主は貴女から見ればどのような人ですか」


 黒髪の体格のいい男が幼い白髪の少女を抱えたまま、向かい側に座る赤髪の16歳ぐらいの少女に尋ねる。赤髪の少女の主は目の前の男の膝の上で眠っている幼い少女のことである。


「お嬢様がどのような方かですか?嫌なことは旦那様と同じくのらりくらりと躱す方です」


 親子は所詮似るものだと言いたいのだろう。


「それもですが、私は姿かたちが器に収まっていないそんな違和感を感じるのですが、貴女はどうですか?」


 男はおかしな表現をした。姿かたちが身体に収まっていない。どちらも器である身体を示す言葉だ。しかし、男は敢えてその様な表現をした。


「リラシエンシア様は御自分の立場をよく理解しております。何れ、剣を手にしなければならない日が来ることも理解しておられます。私はリラシエンシア様を信じ付き従うのみです。そこが戦場でも荒れ果てた荒野でも世界の果てでもリラシエンシア様のお側に立つ、それが私の使命です」


 そう言って、少女は朗らかに笑みを浮かべ笑った。男の質問には一切答えていない言葉にどんな意味が込められているのか、その笑みには何が含まれているのか、男は少女の言葉の意味を計り知れないでいた。


 そう、少女の中にある、目の前の男に対する嫉妬心から出た言葉だったとしても、男は知る由もない。

 主の限界直前に助け出すのは少女の役目だった。しかし、それを目の前の男に奪われてしまったのだ。主に仕えている己ではなく、主に気に入られているだけ男に奪われてしまったのだ。


“貴方が例えどれだけ、お嬢様に想われていようが、最後までお嬢様の側にいることが許されるのはこのアリアだけだ”と



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