第24話 攻撃

 海は広季と自室へ入室する。すぐにドアのカギを施錠する。カチャッと耳に心地よい金属音が生まれる。健を入れないようにするためだろう。


「大丈夫ですか?」


 海が心配そうに駆け寄る。広季の感情の変化を敏感に察したのだろう。広季は部屋の真ん中で佇む。


「ちょっと嫌な記憶がフラッシュバックしたかな」


 広季は正直に気持ちを吐露する。顔は微妙に引きつる。健と遭遇してから光にフラれ、奪われた最悪な記憶を思い出してしまった。もちろん意識的でなく無意識に。


「本当にすいません!わたくしの兄が見苦しい真似を!」


 海は即座に頭を下げる。その速さは異常だった。顔には申し訳なさそうな顔が浮かぶ。


「か、顔を上げてくれ!なんで東雲が謝るんだよ!」


 広季は明らかに動揺する。急いで海の頭を上げさせようと試みる。その間、広季から嫌な思い出は消える。


「いえ、親族がご迷惑をお掛けしましたから謝罪は当然のことだと思います」


 海は中々頭を挙げようとしない。神妙な面持ちをキープしながら。もちろんそこに笑顔はない。


「それは違うと思うよ!東雲は何も悪くないと思うよ」


 広季は即座に諭すように軽くたしなめる。広季にとって海が自身を責めているように思えた。彼にとってそれはとても受け入れられなかった。


「本当ですか?わたくしのこと嫌いになりませんか?彼女を奪った男の妹だとしても」


 海は泣きそうな目で尋ねる。表情は不安に支配される。瞳は透明な水分で満たされ、わずかに揺れる。


「ああ。嫌いにならないよ」


 広季は勇気づけるように優しく答える。その言葉に嘘偽りは少しも存在しない。その証拠に両目は真正面に海だけを見つめる。


「…それはよかったです。…もし嫌われたらどうしようかと…」


 海は心底安心したように両目を瞑りながら大きな息を吐く。


(舞さんもそうだけど。なんで2人共そんなに心配するんだろう)


 広季は同じような反応をした海と舞に疑問を覚える。


「お詫びとしてはなんですが。前のように膝まくらしましょうか?少しでもお力になれると思いますので」


 海はベッドに座り、以前と同様に太ももをポンポンと叩く。純白でキラキラ光る太ももにまたも広季は吸い寄せられる。またもや太ももを堪能したい欲望に駆られる。その欲望はどうにも抑えられない。


「じゃ、じゃあお願いしようかな」


 広季は特に迷わなかった。完全に欲望に負けてしまった。海の太ももの気持ちよさを十分熟知するために断る理由もなかった。


「ど、どうぞ」


 海は緊張した面持ちでスタンバイする。さすがにまだ慣れないようだ。


 広季も2回目にも関わらず、多大な緊張感を覚える。心臓はドクンドクン強く脈打つ。


「では失礼します」


 広季はベッドに上がり、寝転がって海の太ももにゆっくり頭を置く。頭にむにゅっと柔らかい弾力のある太ももからの感触を知覚する。


(はぁ~。最高~~)


 広季は幸せな気分に包まれる。ずっとこの状態をキープしたいとも願う。嫌な記憶は徐々に陰りを見せる。


「ちょっと失礼しますね」


 海は近くにあるスマートフォンで太ももと幸せそうな広季を写真に撮る。シャッター音が控えめに広季の鼓膜をくすぐる。


 写真には海のシミ1つない純白な太ももとだらしない顔を披露する広季も映る。


「ふふっ。かわいいですね」


 海はスマートフォンの画面を眺めながら、自然と頬を綻ばせる。先ほどのような怒りのオーラは完全に抹消される。


「なんで写真なんか撮ったの?」


 広季は不思議そうに下から海の顔を覗き込む。下からでも海の顔は美しかった。海の透き通る青い瞳にも魅了される。その顔に広季は見惚れてしまう。


「内緒ですよ!」


 海は意味深な笑みを形成しながら、唇の前で人差し指を立てる。


「教えてくれよ。気になるじゃないか」


 広季はしつこく追求するが、海は口を割らなかった。


 一方、健は意気消沈な顔でベッドに寝転ぶ。彼は何もする気が起きずにぐったりする。それほど海の言葉が心に響いたのだろう。そんな最中、ぴろんっと健のスマートフォンが鳴る。


「ったく。誰だよ」


 健はだるそうにスマートフォンを手に取る。画面には海からチャインの通知が表示される。


「まじか!海ちゃんからか!もしかして許してくれのかも!」


 健は海からの通知に大いに喜ぶ。先ほどの憂鬱な顔はどこにやら。今は生き生きしている。喜びからベッドから身体を起こすほどだ。


「さ~って。どんな内容なのかな~」


 健は流行りの鼻歌を歌いながら、チャインを起動させる。


「おっ写真だ。海ちゃんはどんな写真を送ってくれたのかな。もしかしてかわいい自撮り写真かな」


 健はルンルンしながら海のトーク欄をタップする。


「なっ!?」


 健は驚嘆の声を漏らす。あまりの驚きからベッドから転げ落ちる。ドンッと健の背中と床がぶつかる鈍い音が生まれる。その際、スマートフォンも手から離れ、床に落下する。


 スマートフォンは床にガタンッと大袈裟な音を作る。その画面には、海のシミ1つない純白な太ももとだらしない顔を曝け出す広季が映る。


「うぅ。バカな。なぜ俺がこんな目に」


 健は痛みに耐えるように呻き声を漏らす。右手はぶつけた背中をさする。


「はっ!?こうしてはおれん」


 健は痛みを忘れたように勢いよく立ち上がり、海の部屋へ一目散にダッシュする。


「海!海!!開けてよ!!そんな奴とイチャイチャするなんて許さないぞ!!」


 健はドアを何度か力強く叩く。だが、中からは全く反応がない。


「くっ。ううっ~!!」


 健は力づくでドアを開け放とうとする。しかし鍵が施錠されているためビクともしない。結局、無駄な時間と労力を浪費する。


「外で東雲を呼んでるけど大丈夫?」


 広季は膝まくらを堪能しながら気になって尋ねる。相変わらず海の太ももは最高だった。


「ほっといとてください。あんな人知りませんから!」


 海は相手をするつもりは1ミリもないらしい。ベッドから立ち上がって、部屋の外に出ようとする気配はない。


「うお~。海~~開けてくれ~」


 健は無謀にも岩のように硬いドアを引っ張り、高々と叫ぶ。そこに爽やかさは皆無で惨めさだけが存在する。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る