第3話 ハグの提案
「入って」
仁美は自室のドアを開いて、広季に入るように促す。
「うん。ありがとう」
広季はぎこちない表情でお礼を述べ、仁美の部屋に入る。
仁美は広季が部屋に入ってから、自身も入室する。カチャッとドアの閉まる音が静かに生まれる。
「仁美の部屋なんて。久しぶりだな」
広季は部屋の中を見渡しながら呟く。
仁美の部屋には綺麗に手入れされたベッド、丸い絨毯、勉強机、本棚、ソファなどがあった。
勉強机には教材や置き鏡があり、本棚には少女漫画が主に並ぶ。
もちろん悪臭はなく、ほのかに芳香剤の香りが漂う。
男の部屋とは明らかに異なる女の子の部屋だった。
もちろん。広季が訪れたときと比べ、部屋の内装はがらりと変化している。
「どう?久しぶりに入ってみて何か感じた?」
仁美は近くのソファに座って、意味深な顔を作る。
「あぁ。中学時代とは明らかに変わってて少しびっくりした」
広季は正直な感想を吐露した。朝と変わらず、暗く沈んだ声で。
「それは。そうだよ。あれから何年か経ってるんだから…」
仁美は寂しそうな目を向ける。まるで取り残された女の子のように。
「ねぇ…。隣に座って」
仁美はソファの空いたスペースを軽く叩いた。
「あぁ。わかった」
広季は仁美に呼ばれて、隣に座った。仁美の体温がわずかに伝わる。
「広季。…辛いよね。それに、ひどく傷ついてるよね。声のトーンが物語ってるよ」
仁美は優しく広季の頭を撫でる。
柔らかい手触りが広季の頭をくすぐる。
「うん。正直きつい。しんどいよ」
広季は心地よさに目を細める。仁美の優しい手つきから自然と弱音が漏れる。
「うん。大丈夫。大丈夫だよ」
仁美は広季の頭を撫で続ける。まるで子供を安心させる母親のように。
「ありがとう。もういいよ」
広季は仁美に手を止めるように伝える。
これ以上撫でられ続ければ、自分がおかしくなると思ったからだ。
「わかった。もういいんだね」
仁美は要望通り、広季の頭から手を離す。
広季は頭に心地よい感触が消えたことですこし寂しい気持ちになる。自分からお願いしたのにも関わらず。
「もし、広季が望むなら、ハグ…してもいいよ。身体同士が触れ合ったら、さらに安心して気分の沈みも落ち着くかもしれないから」
「え?」
広季は仁美の斜め上の提案に驚きを隠せない。
(俺の聞き間違いじゃないよな)
広季は申し訳ない気持ちになる。
「仁美。そんなに気を使わなくていいよ。わざわざそこまでする必要はないよ」
広季は仁美からの提案をやんわりと拒否する。
さすがに仁美が過度に気を遣っているとしか思えなかった。
「ううん。私はそこまで気を遣ってない。それに嫌でもないよ。ほらっ」
仁美はほのかに頬を染めて、両手を広げる。
その結果、ハグを受け止める体勢が形成される。
広季は仁美の行動に動揺が隠せない。それに、今、目の前に起こっている出来事も信じられなかった。
「わかった。お言葉に甘えてもいいかな」
広季は自身の心に負け、仁美とハグすることを決意する。
まだ、気の沈みは完全に消えておらず、その解消を広季の心が求めている。
そのため、広季は心に従って、仁美の提案を受け入れた。
「いつでもいいよ。こっちはもう準備できてるから。ねっ」
仁美は母親を彷彿とさせるような優しい声色で伝わる。
その声が影響し、仁美の周りに優しく男をダメにするオーラが充満する。
そのオーラは広季を刺激して、彼の目に仁美が魅力的に映る。
「じゃあ。いいかな」
「うん。来て…」
広季は見つめ合い、仁美の返事を合図に、身を任せるように抱きついた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます