約束 09-3
「……真魚ちゃん?」
「うぇ……。お母さん……」
何してるの我が娘、という母親の目。
うわ~、という娘の苦し気な表情。
ついでにそんな親子を眺める赤の他人。
この三人が、海沿いの道で、出会った。
三人のうち、最初に口を開いたのは、真魚の母親だった。
「ええと、はじめまして。洋子と言います。そこの真魚の母です」
「あぁこれはどうもご丁寧に。……小池千夜と申します。真魚さんにはいつもお世話になってます」
「あらあら……」
洋子は、頬に手を当てにこやかな笑みを浮かべる。
おっとりしてるような、柔らかいような、そんな印象を受ける女性だった。
「……もしかして、真魚ちゃんの彼氏?」
「ち、ちがうから!」
「あらあら……」
相変わらず彼の背に身を隠しながら、真魚は母親の言葉を否定する。
「千──、この人は、ええと……」
真魚の言葉は、尻すぼみになっていた。
そして千夜へと、言葉をパスする。
「よくしてくれてる……知り合い? ですかね?」
「そこでぼくに振るのか。知り合い……まあ……。順当に分類するなら友達なんじゃない?」
「友達……?」
「あ、そこ疑問はさむ余地あるんだ……」
ううむ、と考え込む真魚を横目に収めつつ、千夜は対面の位置にいる真魚の母、──洋子を見やる。
「えー、と。お母さんは──」
「お義母さん?! 千夜さんいきなり何言ってるんですか?!」
「え、なに。……え?」
「ッスー……」
真魚は反射的に叫んで、その直後に天を仰ぐ。
冬の夜空は綺麗で、今日は空に月が浮かんでいた。
「仲良しさんなのねぇ」
「別に仲良しじゃないし……。ていうか、お母さん何してるの?」
「実は今日ステーキなんだけど。『さぁ焼くぞ』というところでにんにくがないことに気付いちゃったのよね。ほら、お肉ってにんにくを入れれば入れるほどおいしいみたいなところあるじゃない?」
「……? 納得しかけたけど、どう考えてもこの道通らなくない?」
「そこはほら、海が見たくて。少し遠回りだけど、こっちの道のほうが素敵だから、ね?」
うふふ、と頬に手を当てる
そんな洋子が口にした、海が見たい、という言葉。
それは奇しくも、真魚が数刻前に口にしたのと、同じような言葉だった。
家族のつながり。血のつながり。子は親に似るものなのだろう。
「ところで真魚ちゃん。今日、帰りが遅いとは聞いてたけど……」
ちらり、と千夜の姿を見やって、母は娘に問いかける。
「あーえー……。えと、もう帰る……」
真魚は口もごりながら、少し嫌そうに、言葉を吐き出す。
そももそも母親と道端でばったり、という状況が、好ましいとは言えない。
仮に
「ごめんなさい。私、今日はここで帰りますね」
「わかった。気を付けてね。……すいません、お母さん、娘さんをこんな遅くまでお借りして」
「あぁいえいえ。むしろこちらのほうがご迷惑をお掛けしてないか心配──」
「お母さんっ」
「あらあら」
千夜の陰から真魚は出て行って、母親のもとへ。
そして、またね、と言わんばかりに小さく手を振って。
早くいこ、と母親に声をかけて場を離れる真魚を、千夜は眺めていて。
ハッピー・バレンタイン・トゥー・ユー。
幸せなバレンタインをあなたに。
そんな想いのあった2/13は、最後、少し梯子を外されたように終わってしまって。
梯子外し。拍子抜け。……言い方はなんでもいいが、そのようなことを感じていた。
そして、
「ねぇ真魚ちゃん」
「うん?」
「あれで付き合ってないの?」
「付き合っては、ない、けど」
そうなんだ、と洋子はうなずいて。
「いつもあの人の家に行ってるの?」
「……うん」
「うーん……」
真魚は怒られた子どものようにシュンとして、洋子は困ったように眉をひそめる。
「別に文句が言いたいわけじゃないのよ。色々思うところがなくもないけど、いいことだと思うわ」
「……うん」
「あの人のこと、好きなの?」
「…………………………」
問いかけに対する返答は、無言。
答えたくない。
答えられない。
わからない。
理由は一つにしぼれないのかもしれないが、結論として、無回答。
「私は、真魚ちゃんが幸せでいてくれたらそれでいいから、あれこれ口出しする気はないんだけど。……そういうやるべきことをやらないと、いつまでたっても子どものままだよ」
「……子ども? やるべきこと? なにそれ」
「んー」
目を瞬く真魚に、洋子は曖昧に微笑み、思ったことを淡々と言う。
「好きとか、嫌いとか?」
まずは認めて、そのあと選んで、口にしよう。
認めず選ばず口にしないままでは、きっと何も前には進まないから。
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