映画鑑賞、お供にココア 05-2


 まったりとした時間を共有しながら、彼らは映画を見ていた。

 どきどきわくわく。

 時折、推測や純粋な感想を互いに投げ合いながら、鑑賞を続ける。



 そして、物語は終盤へ。



 もとより1時間30分の映画。特筆して長いわけではない。

 集中して見るようになれば、クライマックスが近づいていけば、時間はあっという間にとけていく。

 エンドロール。


「うむ……」

「今日結構な頻度で『うむ』って言ってますね」

「突発的な口調のブームってたまにあるだろう?」

「えぇ……? 特には……」

「なるほどね」


 応答をしつつ、「んー……」と真魚は伸びをする。

 ずっと似たような姿勢でいて、少し疲れたようだった。


「あんまり怖くなかったですね」

「明るい部屋で誰かと一緒に見てたらまぁ」

「ですねぇ……。これくらいならドキドキ具合がちょうどいいかもです」

「めちゃくちゃわかる」

「面白かったですね、これ」

「何か他にも見る?」


 現在時刻は16時を過ぎたころ。

 仮に1時間休憩しても、17時。そこから2を再生した場合は、18時半に終わる計算になる。


「私はどっちでもいいですけど……。映画見てたら、ご飯はだいぶ遅くなっちゃうかもですね」

「まぁ……桶内さんの帰りあんまり遅くしてもあれだしね」


 今日は夕食まで一緒にして、そのあと少女は帰宅する予定になっていた。

 だからあんまりスケジュールを後に後にと押していくのは、あまり少女としては、嬉しくないのだろう。

 少女は、ホッとしたように、小さく息をつく。

 そんな少女を彼が見ていると、はにかむように笑う。


「というか私、あんまり料理が得意とは言えないので、ちょっと時間がほしくて」

「普通に上手いと思うけどな」

「……いえ、まだまだです。がんばります。おいしく作ります」


 むん、と拳を握る少女を横目に、彼はなんだかなぁと思っていた。


 今日の夕食は、少女が作ることになっていた。彼と少女のぶん、二人前。

 だから少女は、そのための時間がちゃんとほしいと思っていて。彼は、なんだか悪い気がするなぁと思っていた。


 少女が、この家で家事をやりたがるようになったのは、いつからだろう。

 合鍵を渡した後から、ちょこちょこ、掃除をさせてほしいとか洗濯をさせてほしいとか料理をさせてほしいと、そんなことを言うようになった。

 ただ、代償行為としてしようと言うなら、別にしなくていいと、彼も言い切れたのだけれど。


「……料理、楽しい?」

「はいっ」

「それはよかった」


 目をここまでキラキラされると、止めるほうが間違っているように思える。

 いわく、家で料理をする機会がほとんどないから、楽しいのだとか。


「そういえば小池さんって、ふわとろオムライスのほうがいいですか? 固めのほうが好きとかあります?」

「……? オムライスを家庭で作るのに、ふわとろという選択肢が……?」

「ちょっとやってみたくて。上手くできるかわかんないですけど……」

「やってみたいならやるしかない。まぁ、ぼくはどっちでも好きだし。それに、家でふわとろ仕上げできたら楽しいし、いいと思う」

「やった。じゃあやります」

「うむ……」

「ネットで『失敗しない作り方』とか見てると、いける気がするんですよね」

「わかる。まぁがんばってくれ」

「がんばります」


 同じソファに腰かけて、体二つぶんほどの距離を空けて、談笑する。


「まぁ……とはいえ、まだ準備するにも早いだろうし、のんびりしていこう」

「はい。……ココアとかお代わりします?」

「んー、飲んでもいいけど、お腹たぷたぷになってしまうしな。夕飯が入らなくなってしまう」

「じゃあやめておきましょう」

「うむ……」

「とりあえずマグカップ洗っちゃいますね」

「あー、あとでやっとくよ。置いといてくれれば」

「洗っちゃいますね」

「……まぁいいけど」


 るんるん、と弾むような足取りで、少女は髪を揺らしてキッチンへ。

 間取りの関係上、ソファに座っていても、キッチンの様子を見ることができる。

 セーターの袖をまくって、蛇口をひねって、水と食器、それから手が触れる音が響いて……と、そんな様子がうかがえる。

 ここ最近よく見るようになった、他人が自分の家にいる光景。



「………………」



 幾ばくかして、洗い物を終えた少女が、居間のソファへと戻ってくる。

 ぽふん、とお尻を沈めて、クッションを抱えて、「ふふ」と笑う。


「ありがとう」

「どういたしまして。何かしてほしいことがあったら何でも言ってくださいね。可能な限り、がんばります」

「いま何でもするって──」

「言いました」

「じゃあ、今晩映画見ない? オンラインでさ」

「……オンライン?」

「ほら、画面共有とか。それこそアマプラならウォッチパーティとかできるし、オンラインで映画の同時視聴しつつチャットするみたいなの、そういうのもちょっと面白いかなーって、ふと思ったりした」

「……」


 少女は、目をぱちくりと瞬き、口もとに触れながら考える。

 なんでもすると言った手前、別に断るつもりはなかったが、お願いの内容が。

 そもそも本当に何かを言われるとは露にも思っていなかったため、少女は驚いていた。


「私は別に……はい。別にいいんですけど、いいんですか?」

「いや……ぼくのほうにダメな理由は別にないんだけど。そっちに私用のパソコンとかタブレットないなら、ちょっと厳しいかなと思って。スマホでもいいけど、チャットとかやるなら画面小さすぎるし」

「それは別に。お古のiPad持ってるので」

「おっけー完璧だ」


 少女はやや困惑しつつ、髪をくるくると弄ぶ。

 そう、困惑していた。

 その理由は明白で、何でも言うことを聞く──、と冗談交じりに言ったものの、本当に何かを言われるとは思ってなかったから。

 彼が少女に何かを要求するのは、珍しい。プライベートな時間に踏み込むのであれば尚更に。

 珍しいというより、初めてかもしれなかった。だから、驚いた。


「……いやほら、普通に、シリーズものなら、せっかくだし一緒に見たいし。でも毎日毎日うちに来てもらうのも難しいだろうし、そういうのもありかなーって」

「今日の奴の続きってことですよね? いつでも──、あっでも、うちで登録してあるのアマプラくらいなので、他のサブスクだと無理かもです」

「大丈夫大丈夫。世の中、Amazonプライムを信じてさえいれば強く生きていけるから」

「なら安心ですね」

「うむ……」

「いつにします? 別に今日でも私は全然いいですけど。明日休みですし」

「奇遇だね。ぼくも実は明日休みなんだよ」

「いいですね」

「じゃあ今日の──」



 そんな、約束をした。

 今日の深夜、0時に、今日見た映画の続編を一緒に見ようと。

 そういう予定を立てた。立てて。立てたから、そこで一息。

 呼吸をして、笑みを浮かべて。

 そんなぬくもりと共に、時間が動いていく。




 

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