さよならエンジェル

MOTO

第1話

「今日は今絶好調、大人気アイドルグループ、

エンジェルファンタジーの皆さんの新曲からスタートです。

ところで皆さんは休日は何をして......」


リビングの大型サイズのテレビでは

今アイドルグループでは一番人気のアイドルたちが

屈託ない笑顔をカメラに向けて見せている。


「あっ今お腹を蹴った気がする。

 生まれてくる女の子かな?」


「いや、おてんばな女の子かも知れないよ。

 君に似て。」


「ハルトってばひどい。」


若い二人はじゃれあっている。

彼女の大きく突き出したお腹は、

もうすぐ誕生を容易に暗示させている。


「それでは歌っていただきましょう!

 新曲はラブファンタジー。」


エンジェルファンタジーのリーダーの顔がアップになった。


「ヒマリ、いつでも帰っておいで」


リーダーがカメラの向こうにメッセージを送り

新曲の前奏が始まった。


幾つものガールズアイドルグループの中でも今や

群を抜いて人気のある清楚で明るい

18人編成アイドルグループ エンジェルファンタジー。


リーダー吉岡理香のその言葉は体調不良を理由に

長く休養をしている牧瀬ヒマリへのメッセージだった。


女の子たちは憧れてアイドルになった子がほとんどだが

アイドルをやり続ける事は相当な疲労とストレスで

様々なグループで休養宣言するメンバーがあとをたたない。


牧瀬ヒマリもそんな子の一人と思われていた。

休養は本人自身が体調を考えて休養を決断したが

その事情は他のそれとは違っていた。


「ヒマリ大丈夫なのかな。」

そう口を開いたのはメンバー内でも

童顔が魅力の松村ユイナだ。


控え室は若い女の子たちだけあって賑やかだ。


「でも、運営さんからは休んでいる具体的な

理由聞かされてないんだよね。」


吉岡理香は着替えをしながら無表情に答えた。


牧瀬ヒマリはグループがデビューしてから、

休業するまでの間に出された三曲を続けて、

センターとして選ばれ内外的にもエースとされ、

これから先の活躍を期待している。


それが半年以上前に体調不良を理由にメディアから

突然姿を消した。


当初世間では様々な憶測が飛びかったが

今はそれも沈静化している。


エンジェルファンタジーの所属する事務所の大人たちは

3年が経ちやっと人気が出て来たところでの

センターであり、グループのエースの離脱はかなりの痛手だった。


「もしもし、ヒマリ。」


声の主はエンジェルファンタジーのチーフマネージャー

秋山慶子だ。


「慶子さん、お久しぶりです。」

ヒマリは様子を伺うように答えた。


次にどんな言葉が自分に向けられるのかと思い

拳にした手に力を込めた。


「その後どう?体調は大丈夫なの?」

そう慶子に言われて素直に嬉しかった。


「はい、随分今は楽になっています。」


「まぁ、色々と大変だろうけれどね...元気がね、大切だね。」

ヒマリはそうした言葉を選んで声をかけてくれる、

慶子に親しみを感じた。


結局、特別な「何」かについての

話もなく慶子は電話を切った。


ヒマリは電話が切れた後に思った。

秋山さんも立場もあるし

色々聞きたいことがあると思うけど

今回は触れずにいてくれたんだろうな。


と思うと同時に状況が許せば

できるだけ早くには結論を出さないとな。

とヒマリは思った。


翌月になり、エースであるヒマリ抜きで

新センターに会田メグミが決まった。

するとそのメグミ本人からヒマリに連絡があった。


「ヒマリ、私はじめてセンター決まったよ。」


「めぐみ、おめでとう。

あなたならセンターで間違いなしだよ。」


「ごめんね、ヒマリ。」


「えっ?どうしたの?」


「ヒマリがいない時に私がセンターになっちゃって。」

メグミの申し訳なさそうな口調に


「何言っているのよ!メグミのセンターは実力とその可愛さで当然なことだよ!」

とつむぎはメグミにエールの言葉を送った。


「ねぇ、ヒマリ、体大丈夫?体調が今も、悪い?んだよね?」

メグミが確かめるように言う。


「う、うん。そうだね。まだ、ちょっとかかるかな。

 早く元気になって皆に会いたいな。」

とヒマリは殊更に明るく言った。


「待ってるからね。それじゃあ、またね。」


メグミの言葉に(ありがとう)と答えて

ヒマリは電話を切った。


ヒマリは申し訳ない気持になった。

ほんとに誰にも本当の理由は言っていない。

それは限られた人間しか知らないのだ。


エンジェルファンタジーは多くの

ユーチューバーが所属する事務所からデビューした。


と言うのも、

事務所に所属する大看板のユーチューバーマサルが、

プロデュース企画をしたアイドルグループだからだ。


マサルはアニメコスプレとアニメ曲歌ってみました、

の2本柱でチャンネル登録数300万人の人気を誇っている。


そんな彼が自分のチャンネルで

アイドルグループのメンバー募集をしたところ

なんと5万人の応募があったのだ。


企画物としては本格的に始動した。

ただ、アイドルビジネスを得意とする大手に比べて


中々簡単には良い結果が出なかったが、

デビュー3年目に入り、ようやく人気が出てきたのだ。


それには牧瀬ヒマリの力が大きい。

本人が応募したきた時点ですでに

美少女として他応募者の中でも光っていた。


それがデビュー後だんだんとその魅力の輝きが増していき、

あの美少女は誰だと言う声が巷に広がった。


ヒマリは見た目の美しさだけでなく、

内面からの繊細さがにじみ出て、

男女問わず守ってあげたいとファンに思わせた。


加えて他メンバーもバラエティー番組に、

臆せず体当たりでぶつかり、そのひたむきさが

関係者から高評価を得た。


また、女性ファッション雑誌の専属モデル決定や、

舞台への出演などすでに

それで成功しているアイドルグループと、

同様の路線を着実に手に入れて行った。


そんなグループとして更に飛躍するぞ、

と言う時にヒマリは休養を宣言したのだ。


ただ、その理由について一部の、

ほんとに限られた関係者しか知らない事からも、

どれだけ、ヒマリの休養の理由が

大事かが理解できるところだ。


雑誌、テレビ、ネットでは数か月の間、

根拠のないもの、無理無理根拠付けしたものなどの

原因解明が言われたが、それも時間が経ち沈静化している。

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