最弱メンバーでゾンビパンデミックを生き残る話
フカワトイ
第1話 暗闇で目を覚ます話
小学6年生の時に風邪を引いた。
40度を超える高温が三日続く間、ずっと俺は一人だった。
医者に行くなんて考えは頭に浮かばず、金もなかった俺は家にあった水と菓子だけでなんとか生きながらえた。今思えばあれはインフルエンザだったのだろう。
甲斐甲斐しく看病してくれる親。見舞いに来てくれる友人。
そんなものはドラマの中の話で、俺の現実には存在しなかった。
*****
「……ちゃん」
遠くの方から声が聞こえる。何を言っているのか聞き取れない。
声のする方向に意識を向けようとするが、どうにも思考が定まらない。
「……善ちゃん!……」
ああ、この声は
ちゃん付けするなと何度言っても聞かないのでそのうち諦めた。
彼女の呼びかけによって散漫になっていた意識の粒が集合して形を成す。
皮膚に触れるもの、周囲の音、におい、そして全身の痛みとだるさ。
肉体と神経がリンクし感覚が意味を持ち始める。
同時に思考が再開する。
――ここはどこで、今はいつだ?
「……ぶう……ご……」呼びかけに応じようとするが声が出ない。
「善ちゃん! 私、わかる?」
高堂風子の顔が視界いっぱいに現れる。仰向けに寝ている俺に限界ギリギリまで顔を近づけて、彼女はこれまで聞いたことがないような切羽詰まった様子で俺の名前を繰り返し呼んでいる。
――そんなに大きな声で呼ばなくても聞こえてるって。
「た、高堂さん、声が大きいです!」
少し離れたところからボソボソと少女らしき声が聞こえる。俺の知らない声だ。
「……ごごはどご……ゴフッゴフッ」話そうとするがまともに喉が開かずにせき込んでしまった。
「喉乾いてるよね。今お水を持ってくるから」
部屋にはうっすらと明かりが灯っており、立ち上がった風子の姿がぼんやりと分かる。見慣れた白いシャツとチェックのスカートの制服姿だ。俺は地面に寝かされており、身長189cmの風子のスカートから伸びる白い足がいつも以上に細長く見えた。
あたりからは物音ひとつせず、パタパタと離れていく風子の足音だけが響く。
(ここはどこだ?)
暗くて何も見えない。すこし離れたところにある大きな窓から外の明かりが入り込んでいるが、場所を特定できるようなものは見えない。
あたりを見回すために立ち上がろうとするが、全身の節々が痛み、思うように体を動かすことができない。
(腕と、胸のあたりと、あとは首が痛い。外傷は……ないみたいだ)
ゆっくりと全身を手でなぞって体の様子を確認するが、怪我をした理由を思い出せない。
戻ってきた風子は再び俺の横にしゃがみ、了承も取らずに寝ている俺の頭を赤ん坊のように抱えると、ペットボトルの口(だと思われるもの)を俺の口に当ててくる。
ゆっくり口内に水が流れ込む。そして、タオルで俺の口を拭う。まるで介護だ。
「どう? もうちょっとお水いる?」とこれまた聞いたことのないような優しい口調で風子が訊いてくる。
「……いや、ゴホ。大丈夫。ありがとう」俺は首を横に振ってそう答える。
「ハァ~よかった~。善ちゃん、40度も熱があって二日も目を覚まさなかったんよ」
そういいながら、風子は僕の頭を撫でてくる。いつもなら手をハタくところだが、そんな気力もない。
(40度? 二日? だからこんなに脱力しているのか)
確かに体はだるいが、全身から汗が吹き出しており、治りかけの兆候が感じられる。
「風子。ここは……ゴホ……どこだ? この怪我は……何が起こった?」
*****
「黒岩さん。黒岩善さん」
先ほど風子を注意した声の主が少し離れたところから話しかけてくる。そういえばここには風子と俺以外にも人がいるのだった。
「あ、その前に。リリー。ちょっと明かりを強くして」
その指示によって部屋を照らす明かりが徐々に強くなり、暗闇に二人の少女が姿を浮かぶ。
二人の少女は同じ紺色の吊りスカートの制服を着ており、奥に立つ一人がキャンプで使うようなランプ型のライトを手に持っている。
「リリー、明るさはそれくらいで」
リリーと呼ばれたライトを持っている少女は、金髪のショートカットで丸いメガネをかけたおとなしそうな印象の白人の少女だ。そして、もう一人は黒髪の長いポニーテールの目鼻立ちがくっきりした浅黒い肌をした少女。二人とも日本人には見えない。
「黒岩 善さん。はじめまして、私は水瀬サラと言います」
前に立つ黒い肌の少女は、キビキビとした口調で俺に向かってお辞儀する。
「後ろの彼女はリリー。リリー・スペンサー。二人とも中学二年です」
リリーと呼ばれた少女は同じく軽く頭を下げる。
「私達二人のこと、黒岩さんは覚えていますか?」
「……悪いけど全く覚えてない」俺は痛みを我慢しながら無理やり上半身を起こし、二人の顔を眺めたあとそう答える。
「やっぱり……いえ、そうじゃないかとは思っていたんです。黒岩さんの様子はずっとおかしくて、ここに付いてすぐに気を失ってしまったので」
水瀬サラは目線を下に落とし、何かを考えている。
「善ちゃんは飛行機が落ちた爆発でケガしたんだけど、サラちゃんとリリーちゃんを助けてここに逃げてきたんよ」グイッと体を乗り出し風子が口をはさむ。
「…………???」
風子は昔から物事を整理して説明するのが苦手なのだ。
「風子、まずは時系列順にあった目にした事実だけを……」
水瀬サラを見ると、困った表情で自分自身を指さしながら口をパクパクと「私が説明します」という様なジェスチャーをしている。おそらく二日間一緒にいて風子がどういう特性の人間なのかを理解したのだろう。
「サラさん。何が起こったのか教えてくれ。風子は……あとで聞くから」
風子はチェッと近くにあったオフィスチェアに腰を掛ける。
「黒岩さん。体調のすぐれないところ申し訳ないですが、たぶん緊急で聞いておいてもらった方がよいかと思います。何が起こっているのか、なぜこんな状態になっているのかご説明します。ですが、その前に一個だけ約束をお願いします」
水瀬サラは腰をかがめて、指を立てて自分の口に当てる。
「絶対に大きな声を上げないと約束してください」
一瞬の間があり、空気がゆっくりと流れる感じる。汗をかいた肌で感じる4月の頭の空気はまだ心持ち肌寒い。
「今から私はとても信じられないような驚くべき話をします。私が冗談を言っているのだろうと怒りたくなるかもしれません。ですが、どんな感情であっても、大きな声を出すのだけは絶対にやめてください。もし、大声を出すようなことがあれば、私とリリーは黒岩さんを見殺しにして逃げることになるでしょう」
――見殺し――、ずいぶんと物騒な単語が飛び出してきた。
「なんだかよく分からないが、俺はヒステリックに大声を出すタイプの人間じゃないから、たぶん約束できると思う」
うん、とうなずくサラ。
「あともう一つ、これも先に言わせてください。リリー」
呼ばれたリリーがサラの横に並ぶと、二人は深々と頭を下げた。
「助けていただいてありがとうございました。黒岩さんと高堂さんが助けてくれなかったら、二人とも死んでいました」
覚えのないことで感謝されることほど気持ちの悪いことはない。
「……風子は二人を助けたことを覚えてるんだよな?」
「うん」
「じゃあ、俺の分のお礼も受け取っておいてくれ。にしても、死んでいましたって部分の方がきになるな」
「じゃあ……」
「サラちゃん。まずは見てもらった方が早いと思う」
説明を始めようとしたサラに、リリーと呼ばれる少女が印象通りのか細い声でそう言って止める。
「黒岩さん、これを見てください」
そういうとリリーはしゃがみ、俺にノートPCの画面を向けて、イヤホンを差し出してきた。
PCの画面には三本の動画ファイルが表示されている。
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