第8話 忍び込む罠


 学園への食料搬入のコンテナ達に、スラッシャーが密かに仕組んだ罠が入り込む。

 コンテナの中には、二メートル前後の様々な食料の原料が入ったカプセルのタンク達があり、そのカプセルのタンクの幾つかが壊れて、そこから蠢く黒い影がコンテナから出て行く。

 それは黒い装甲に包まれたマシンで、マシンはステルスに身を包んで移動していく。

 向かう先は、様々なマキナの素材がある素材格納庫だ。

 黒いマシンは、二メートル近い躯体をステルスに包んで隠して、素材格納庫へ到着すると、全身から様々な端子を伸ばして素材達を取り込む。

 この一連の出来事は、スラッシャーが侵入した時に隠して設置したネットワーク端末によって学園内のシステムから隠されていた。


 そして、スラッシャーは…とある人物にメールを送信した。

 それを受け取ったのは、学園内の生徒だった。

 生徒は、メールを受信した端末を握り締めて震えていた。


 スラッシャーは、メール送信の後に楽しげだった。

「さあ、どうする英雄の呪詛持ちさん…」

と、ティリオが映る画面を見つめた。


 ◇◇◇◇◇

 

 ティリオは、ルビシャルのデウスマキナの生徒のマキナ訓練を続けていた。

「そう、それが機神の最も有効な戦い方だ」


 ティリオがゼウスリオンのコクピットにいながら、用意したゴールドジェネシスのマキナの模擬機体を遠隔操作して、六人のデウスマキナの生徒が乗るマキナ達と訓練戦闘をしていた。


 デタラメな方向に動く関節に惑わされるデウスマキナの生徒だが、ティリオの指摘の通りに体の中心を見定めて大きく動きを読むと、縦横無尽で操り人形のように動く模擬機体の攻撃を避けられるようになる。


 ティリオは模擬機体を操作しながら訓練するデウスマキナの生徒達を見つめて

「なるほど、おべっかを使われたのか…」


 ティリオの両隣と前の操縦席に座るジュリアとナリルとアリル。

 前の席のジュリアが

「どういう事?」


 ティリオが厳しい顔で

「自分達の方へ引き込む為に、優秀な人物達を訓練に参加させて好印象を持たせた…そう見るべきだろう」


 アリルが

「本当に? 私にはそう思えないんだけど…」


 ティリオは

「でなければ…これ程に早く訓練の成果が出る訳がない」


 ジュリアとナリルとアリルの三人が顔を見合わせる。

 それってティリオの教え方が上手いからじゃあないの?と思うが…

 ナリルが

「なら、いいじゃない。無駄にならなかったし、受けてくれた人達も成長できて良かったじゃない」


 ティリオが

「う…ん、まあ、そうだな…」


 ◇◇◇◇◇


 訓練を終えたティリオ達は、昼食をデウスマキナの生徒のホームで取る事になった。

 そこにルビシャルもいて

「いやぁ…流石、戦闘のプロだね。ウチの生徒のレベルを上げてくれて、感謝、感謝」

と、ルビシャルは微笑む。


 大きな食堂のテーブルにティリオ達四人と、ルビシャルに訓練を受けた六人がいた。


 ティリオが食事が乗るパレットをつつきながら

「六人とも、それなりに戦いのセンスがある。今回、訓練した各々の特徴を伸ばすのをして欲しい」


 そこへ訓練を受けた六人の一人、男子生徒が

「あの…それだと欠点をそのままになって、良くないのでは?」


 ティリオに訓練を受けた全員の視線が集中する。

 六人とも長所を伸ばす訓練ばかりを受けていた。

 だからこそ、それで良いのか?と…。


 ティリオは冷静に

「それでいい」

と、返事をした後に

「もし、欠点を無くそうとして長所が消えたなら、それは意味が無いという事だ。欠点も長所もないという事は、つまり…平均的という事だ。それはつまり…簡単に攻略されるという事になる」


 六人は驚きを向ける。


 ティリオは冷静にかつ的確に

「逆に言えば、自分の欠点が分かっているという事は、それに陥らないように戦えば良いという理解でもある。デュエロタクトは、互いにぶつかる戦術でもあるが、その全体的な動きは戦略でもある。戦術で上手くいかないなら、戦略を使えばいい。その逆もしかりだ」


 ルビシャルが

「要するに、ゴールドジェネシスのマキナの戦いは戦略に近いのよ。そして、アタシ達、デウスマキナの戦いは戦術なのよ。アンタ達六人は戦術は得意でも戦略は下手って訳なのよ。そういう事」


 六人は納得して一人の女子生徒が

「分かりました。ティリオ様、今回の訓練、ありがとうございました」


 ティリオは首を横に振り

「これもサポートマネージャーの仕事ですから、気になさらずに」


 ◇◇◇◇◇


 ティリオは、サポートマネージャーとしての仕事である訓練の手伝いを終えて、夜の時間帯である学園を散歩していた。

 そこへ「よう…」と呼びかけるファクド。


 ティリオが立ち止まり

「次は、そっちの訓練の手伝いかい?」


 ファクドが微笑みながら

「それもお願いしたいんだけど。少し話さないか?」


 ティリオが頷き

「構わないが…」


 ファクドが

「なんなら、オレのホームに来ないか?」


 ティリオが考えて端末を取り出すと自分のホームにいる嫁達に連絡する。

「連絡したから、問題ない」


 ファクドが呆れ気味に

「別に学園内なら連絡なんて問題ないだろう」


 ティリオが

「色々とあるんだよ」


 ティリオは、ファクドと共にファクドのホーム、ゴールドジェネシスのホームへ向かった。




 ◇◇◇◇◇


 ティリオがファクドのホームに来ると、玄関に数名のここの女子生徒が待っていた。


 ファクドがホームの女子生徒に

「お客さんを連れてきたよ」


 女子生徒達がティリオを見つめる。五人と視線が交わるティリオ。

 そして、直ぐにティリオが

「もしかして、ここは君以外…全員が女性なのか?」


 ファクドが頷き

「そうだよ。そして…」


 ティリオが

「その全員が君の傍人か…」

 

 傍人、ゴールドジェネシスの民の連れ添いという意味だ。

 

 ファクドが驚きを向けて

「へぇ…理解があるのかい?」


 ティリオが鼻息を荒く吐く。ゴールドジェネシス、ファーストエクソダス民の事についてはアヌビスから色々と聞いている。

 ゴールドジェネシスの民は、男女比が1対100の圧倒的な女性世界だ。

 そうなれば、おのずと…結ばれる男女が1対1という事ではなくなる。

 

 ファクドが

「よく女性が、こんな差別的な扱いで大丈夫なのか?って聞かれる事があるんだよ」


 そう、ゴールドジェネシスの婚姻は男性一人に対して100人の女性が結ばれるハーレムなのだ。


 ティリオが

「自分なりの理解として、男女の恋愛より、家族というチームのような方式を採用している…と」


 ファクドが普段は隠している光輪を表して

「ぼく達、ゴールドジェネシスは万年の寿命と、その権能によって万能に近い事が出来るからね。だから、こういう男女の形でも問題ないのさ」

 ゴールドジェネシスの特徴である光輪、それは様々な空間を操作する力を生成する。

 まさに神族のような者達なのだ。


 ティリオが冷静に

「様々な選ぶ自由はある。それを選択するのは個人の自由だ」


 ファクドが

「じゃあ、ぼく達の側へ来るかい?」


 ティリオが

「それを強制する自由はない」


 鋭い返しにファクドは苦笑いして

「そうかい。じゃあ、中でお茶でもしながら話そうじゃないか…」


 ◇◇◇◇◇


 ファクドとお茶会をするティリオ。

 ティリオとは右にあるソファーに座るファクド。

 金髪で褐色の好青年なファクドだが、どこか浮世離れしている感じは、アヌビスや自分の故郷で宇宙規模のコングロマリットをしているヴィクターと通じている。


 ファクドがティリオの視線に気付いて

「何か顔についているのかい?」


 ティリオがお茶を飲みながら

「別に、何となくアヌビスおじさんと同族だから、雰囲気が似ているなぁ…って」


 ファクドが微笑みながら

「ぼくの父は、アヌビス様の甥っ子オシリス様なんだよ。だから、近い関係だね」


 ティリオは「ああ…」と頷き

「なるほど…」 


 ファクドは少し悲しい笑みで

「それでも…アヌビス様とは違う」


 ティリオが

「それは…ハイパーグレード超越存在として…」


 ファクドは頷き

「その通りさ。同じゴールドジェネシス、ファーストエクソダス民であっても存在している領域、その越境する力の深度。それが根本的に違う」


 ティリオは

「ゴールドジェネシスは、万能に近い力を持っているはずだ。それでも…違いを感じるのか?」


 ファクドは

「ああ…まるで違う」


 ティリオは黙る。

 ある程度のゴールドジェネシスの民に関しての話はアヌビスから聞いている。

 神族のように万能な力を振るい、様々な星系を開拓して管理する神の如き所業。

 他の宇宙民や時空民からは羨望を向けられる程だが、それでも超越存在には届かないらしい。

 それが今一、ティリオにはピントこない。


 ファクドが

「君は生まれながらにしての超越存在だ。見えるよ…君の回りには存在力神格達が数多に寄り添っている。超越存在は無意識に運命や宿命を変える力を行使する。どんなに悲惨な運命や宿命があっても、それを乗り越えて変えてしまう力を持っている」


 ティリオが渋い顔で

「買いかぶりすぎだ」


 ファクドが背を伸ばして

「その運命や宿命さえも変える力…万能とされる空間を操るぼくらにはない。いくら、物量や環境を変えても、自ら背負う運命や宿命から、因果から逃れる事はできない」

と、呟く目には鋭さが籠もっている。


 ティリオは、それを察して

 なにか、事情でも抱えているのか?

と…推察するも、踏み込む事はしない。

 無作為に無闇に聞くのは、人を傷つける。

 それを…知っているから…。


 ファクドが黙るティリオに

「どうして、そう考えるんだい?って聞かないのかい」

とイタズラに笑む


 ティリオは鼻息を荒げて

「別に話したくないなら、構わない。そこまで土足で踏み込む事はしない」


 ふふふ…とファクドは笑み

「ここの理事長の娘様に見習わせたいくらいだ」

 エアリナの事を言う。


 ティリオは呆れ気味に溜息をした後

「まあ、確かに彼女なら、ハッキリというから…そうするだろう」


 ファクドが

「気が合うね。じゃあ、同じ考えを持つ者同士、意見を交換しようじゃないかい? 君は…聖帝ディオスが学園に提供した超越存在へ覚醒させる理論を使えるのかい?」


 ティリオはファクドを見つめる。

 ファクドは穏やかな笑みでティリオを見つめる。

 ウソか、事実を…。

 どうするか?の判断をティリオは考え

「ああ…その理論、使えるといえば使える」


 ファクドが笑み

「そうかい。どういう感じなんだい?」


 ティリオが息を吐き

「ジェネレーターとして使えるけど、父さんのように超越存在への覚醒は出来ない」

 ジェネレーターとして使えるは真実だ。そして、超越存在への覚醒は、ウソだ。


 ファクドが紅茶のカップを持ち

「そうか、動力炉として使えるしか、ないのか…」


 ティリオが「フン」と鼻で笑う。

 おそらく、当たりを付けている。

 真実を交えて反転させたウソを混ぜているのを分かっている。

 ティリオは、超越存在としての入口まで持ってくる力を持っている。

 その方法も一つではない。ある程度は、父ディオス以上に持って行ける。

 あえて、それをティリオは父ディオスに言ってはないが、父ディオスは感づいている。

 だが、尋ねない。

 それが分かっているからこそ、このシュルメルム宇宙工業学園へ父ディオスが構築した超越存在への覚醒の理論を提供した。

 全ては息子ティリオの為に…。


 ファクドが

「もっと君と友人になりたいな」


 ティリオが

「そうだね。時間を掛けて…ね」


 ファクドが笑み

「ああ…たっぷりと時間を掛けてね」


 ◇◇◇◇◇


 お茶会が終わった後、ディリオはファクドのホームを去る最中

「今日はファクドにつき合ってくれて感謝する」

と、一人のゴールドジェネシスのホームの女子生徒が声を掛けた。


 ティリオが手を振り

「ああ…またな」


 女子生徒が

「何時でも気軽に来てくれ」


 ◇◇◇◇◇


 ファクドはお茶会をした部屋で天井を見上げる。

 そこへファクドの傍人であり、ティリオを見送った女子生徒のアルドが隣に座る。

 百八十近いファクドと近い身長の二人が並び合って座り、アルドが

「収穫はあった?」


 ファクドが顔を押さえて笑み

「ああ…あったさ。十分すぎる程だ」


 アルドが

「そう、じゃあ…二年前にここへ私達が来た甲斐もあったわね」


 ファクドが

「二年前、突如として…ここだけに聖帝ディオスが構築した超越存在への覚醒の理論が提供された。その真意が読めなかったが…。それが分かったよ」


 アルドが

「私達も動く?」


 ファクドが

「いや、こればかりは…おれの誠意でぶつかるしかない。そうでなければ…応えない。ティリオ・グレンテルはそういう男だ」


 アルドが笑み

「分かったわ。私達は、アナタの…ファクドのサポートに徹するわ。それが…ファクドの傍人である意義だから」


 ファクドが

「すまんな。みんなには迷惑を掛ける」


 その頭を優しくアルドが抱き締めて

「良いのよ」


 その優しさにファクドは甘える事にした。



 ◇◇◇◇◇


 ティリオは帰る最中、色々と考える。

 ファクドとルビシャルは、相当な覚悟と考えがあってこの学園に来ている。

 それはグランナも同じだ。

 他の生徒達も…。

 この学園に来ている生徒達の事情を知り考え込むティリオの前に、小型モービルで通りかかるエアリナ

「アンタ、こんな時間まで何やっているのよ?」


 ティリオが淡々と

「散歩だ」


 エアリナが一人乗りようのバイクのような小型モービルから降りて

「そう、じゃあ…ちょうど良かった。話したい事があるの」


 ティリオが微妙に嫌そうな顔で

「明日にしてくれないか?」


「直ぐに済むわ」

と、エアリナが胸を張って腰に手を置き

「アタシの嫁さんになりなさい」


 ガクンっとティリオは体勢を崩した。

「いや、オレ…既婚者なんだけど…」


 エアリナがティリオを指さしながら

「知っているわよ。アンタには嫁さんが三人いる。でも、問題ないわ。

 アタシが婿で、アンタが嫁になれば、アンタはアタシの嫁になるの。だから重婚じゃあない」


 ティリオは頭を抱えてしまう。

 ファクドとの高度な読み合いの後に、このようなアホ理屈をかざされて頭痛がしてきた。



 ◇◇◇◇◇


 スラッシャーからメールを受け取った生徒は、自分達が使うマキナの部品がある格納庫へ向かうと、そこには…その部品達を喰らって何かを創造するマシンがあった。


 その生徒は、メールを再度読み返す。

 全てはスラッシャーの連絡通りになっている。


 生徒である彼女は、必死だった。

 このままでは…自分は選ばれない。何かの成果を残さないと…。

 すがったのが…これだ。

「これしかないんだ」

と、彼女は自分に言い聞かせた。

 それが利用される罠だと気付かずに…。

  

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