何を差し出しても
「カトリシア、君は私が贈った貴重な薔薇もナイチンゲールも、要らないと突っぱねた。だから私は、物の価値が分からない事の愚かさを身をもって知ってもらいたかったんだ」
「ロジエル殿下……」
「そうして君は理解し、悔い改めてくれたんじゃないか。今度こそ、二人手を取り合って価値観を共有していこうと」
人を騙す時は真実に嘘を織り交ぜるのが効果的だと言う。カトリシアが王子の贈り物よりも豚飼いの作った玩具を選んだのは本当だが、価値観は今なおロジエルとは相容れない。けれど人々はロジエルの論調によって【豚飼い王子】の舞台に飲み込まれかけていた。
と、ここでカトリシアがロジエルからコールに向き直る。
「ラーメン屋さん。一応こういう事ですので結婚は難しいかと。第一あなた、指輪をお持ちではないでしょう?」
「指輪なら、ここにある」
そう言ってまたもやおかもちの中に手を入れる。先ほどから何でも出てくる銀の箱に、新聞記者などは興味津々のようだった。そうして取り出された小箱を開けると、中の指輪には不思議な輝きを放つ蒼い石が嵌め込まれていた。
「それ、は……」
「俺が紙やすりで磨いた石だ」
得意げに掲げてみせるコールに、ロジエルはバカにしたように噴き出す。
「ふっ、紙やすりで磨いただって? カトリシア、このようなみずぼらしいガラクタなどダイヤモンドとは比べようもない。愚かな茶番は……」
「素敵……」
ロジエルの脇をすり抜けると、カトリシアはコールのもとへふらふらと歩み寄り、手を差し出す。その瞳は蒼石に負けないほどキラキラ輝いていた。
「その指輪が欲しいわ。何を差し出しても、何を捨ててでも……私にとってはかけがえのない宝になるでしょう」
「おい、カトリシア!?」
「それは、俺のプロポーズを受けるという事でいいな?」
「キス百万でも二百万でも……あなたの望むままに」
顔を赤らめるカトリシアの指に、蒼石の指輪が嵌められる。ロジエルは歯噛みした。この不届き者を即座に捕らえさせてやりたいが、家臣たちはさっきから残らず夢の中だ。ナイチンゲールは何故この男の味方をしているのか。
こうなればと自らコールを排除にかかるが、その前に立ちはだかったのは皇帝だった。
「カトリシア……そなたがここまで救いようのないバカだとは思わなかった。これはそなたに残された、やり直せる最後のチャンスだったのだぞ」
「お父様、それは違います。愚かな振る舞いを咎められ、ドラコニア城を追い出されたカトリシアは、その時点でもう死んでいたのです。ここにいるのはただのオーガスティン……
その名の言い慣れた響きに、皇帝の眉がピクリと上がる。メイドとして雇い入れたとは聞いていたが、食事の件といい双方の言い分に齟齬がある。何より、娘は本当に王子の子を身籠っているのか?
「ロジエル王子は、そなたをピグマリオン王国に迎えたのではないのか」
「私を保護したのは――」
「カトリシア、君は言ったよな!? 最初から王子の求婚を受け入れていればよかったと! 忘れたとは言わさない、君は私のものだ!!」
真実を話そうとするカトリシアの腕を掴みながら、ロジエルが怒鳴りつけたその時。
ゴゴゴゴ……と地鳴りがした。
「な、何だあれは!?」
「この神聖な礼拝堂に……」
空中で黒い渦が発生し、周囲がどよめく。ここでようやく目を覚ました衛兵たちが突入してきたが、視線はコールよりも新たな侵入者に向けられていた。
【何やら騒がしいと思い、目覚めてみれば……なかなか面白い催しを開いているようだな、人間よ】
渦から出現したのは、うねる黒髪に血のように真っ赤な瞳の、蝙蝠のような羽と角を生やした妙齢の美女だった。カトリシアがそっとコールを覗き見れば、想定外だったのか彼もまたポカーンとしている。
【ちょうどよい。王子とそこの平民、どちらが姫君に相応しいのか妾がジャッジしてやろうではないか】
「ま、まさか……五十年前、勇者一行を苦しめたという魔王の娘。魔空姫マクル……!?」
「五十年前?」
青褪める記者の言葉に、もう一度宙に浮いている美女を見遣るコール。優雅に扇を開き、クスクスと妖艶に笑う姿に見覚えはないが……
(おい、自称四十のオバハン。五十年前って何だよ?)
(女の年齢にガタガタ言うんじゃないよ。小遣い減らされたいのかい?)
アイコンタクトを取る様子から、カトリシアも彼女が女将である事に気付いた。そう言えば魔法を使い過ぎた時、小さくはあるが角と牙が生えていた。これが彼女の本当の姿なのか。
「魔王の娘だと!? とうの昔に勇者に倒された亡霊が、何の用だ! ここには貴様が求めるようなものは何もない。今すぐ消え失せろ!」
【うふふ、威勢のいい坊やねぇ……欲しいものならあるわ。退屈凌ぎにちょうどいい】
マクルの視線がカトリシアを貫き、ハッとしたロジエルは衛兵に命じ、彼女を攻撃させる。が、扇をパシンと叩きひと睨みしただけで、その場の誰もが動けなくなってしまう。元魔王の娘の力は伊達ではなかった。
【さて……美しき姫君、カトリシア=フォン=ドラコニア。妾のものになる前に、経緯を聞かせてもらおうじゃない。どうしてこのロジエル=ピグマリオンと婚姻するに至ったのかを】
促されるままに、カトリシアの口は真実を紡ぎ出す。母を亡くした孤独感から生き物を苦手とし、玩具ばかりを欲しがって一度は王子の求婚を断った事。豚飼いに扮した王子が作った玩具のために、唇を許した事。父と彼に捨てられた事を……
それを最後まで満足そうに頷きながら聞いていたマクルは、皇帝に向き直る。
【だそうだ。お主ら、この娘とは縁を切っていたのだろう? ならば、妾のものにしても問題はあるまい?】
「……それは、だが」
「違う! 確かに色々あったが、今は愛しているんだ! 今度こそ彼女を幸せにと」
言い訳をする二人を見て、チラリとカトリシアに目線を送る。首を横に振るのを確認し、大袈裟に溜息を吐くと、マクルは扇を大きく広げた。
【ならば、対価を払え。国民の命全てとカトリシアの命、どちらか好きな方を選ぶがよい】
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