意外な再会

 さて、カトリシアがピグマリオン城で囚われの身となっている間、パガトリー家は何をしていたか。


 まずは【煉獄】がしばらく休業する事を、玄関の貼り紙だけでなく常連客に告げて回っていた。跡取り息子の嫁 (※予定)が何者かに攫われたので、捜索のためだと伝えると、幼い頃からコールを知っている者たちは皆同情し、力になると言ってくれた。


 次は情報収集だ。拠点は今のままだが魔法陣を利用し、主な活動場所を街に移している。冒険者ギルドに依頼を出し、ピグマリオン王国へ行く予定の冒険者がいれば連絡してもらう事になった。後で詳しい話を選定した信頼できる相手としていくつもりだ。



 その結果、意外な者たちと再会する事になる。ダンジョンからの注文客、ハンス一行だ。


「まさかあの時の嬢ちゃんがマジモンのお姫様だったとはなー……あんたらには恩もあるし、喜んで協力させてもらうよ」

「助かります。それで依頼というのは、オーガ……カトリシア皇女殿下のご無事を」

「仰々しくしなくていいよ、嫁さんなんだろ?」


 若き剣士アルスに茶化され、赤くなる。正確にはまだ婚約すら済んでいないのだが。


「要はオーガスティンちゃんの様子を探ってくればいいんでしょ? あたしなら通信魔法が使えるわよ」


 魔法使いマリが名乗りを上げると、神官ローリーも手を上げる。


「それならば、連絡係としてわたくしはこちらに残りますわね」

「皇帝の方にも動きがあるかもしれないな。カーラ、お前はそっち頼む」

「ええ、城には知り合いも多いから、伝手を借りるわ」


 とんとん拍子に話は進んでいく。戦闘時にはコールに一目置いていた彼らだが、やはり今まで積み上げてきた経験と連携は真似できるものではない。羨みながらも頼もしい助っ人に感じ入ったコールは、深く頭を下げて感謝する。


「皆さん、ありがとうございます。なんてお礼を言えばいいか……」

「そういうのは嬢ちゃんを取り戻すのに成功してからにしろ。最後に嫁を助け出す大役は、お前さんの役目なんだからな!」


 バンッと背中を強く叩かれ、咳き込みながらもコールは笑顔で頷いた。


(オーガスティン、今は辛いだろうが必ず助けに行くから……待っていてくれよ)


 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 そうしてカトリシアが攫われて半月後、コールは習慣と化した連絡のために冒険者ギルドを訪れていた。マリはピグマリオン城に潜り込んだものの、新人メイドが入手できる情報は限られていた。どうもカトリシアの存在は一部を除いて伏せられているようだ。焦りも出てくるが、ここは引き続き追加情報を待つしかない。


「え、俺に会いたいって? ハンスさんじゃなく?」

「いいえ、コール=パガトリー様にと……と言うより、【煉獄】の関係者を探されていたようです」


 そんな時、受付嬢から面会希望者について告げられた。店は休業中だが、父は街で小さな屋台を出していたため、上手くつかまえられれば直接話はできたはずだが……

 気にはなったが、とりあえずコールは名指ししてきた相手に会う事にしたのだった。


「初めまして。ドゥーリトル商会の娘、イライザと申します」


 面会希望者は、隣国最大の富豪ドゥーリトル商会の令嬢だった。帝国内にも支店を持ち、近々爵位も買うだろうとの噂も聞いた事がある。

 軽い挨拶を交わし終えた後、イライザは小細工なしで切り込んできた。


「コール=パガトリーさん、私が何故あなたを訪ねてきたのか、疑問に思われるでしょう。ですからまずは、現在私が置かれている状況からご説明いたします。

噂の通り、ドゥーリトル商会には貴族入りする予定があります。それは、私がロジエル殿下の婚約者候補筆頭だから」

「え……!?」


 思わず声を上げかけるが、気の強そうな長身美人から探るような視線を感じ、咳払いで誤魔化す。今は平民であっても国内一の財力があれば、貧しい王国側としては身分など些末な問題だろう。それでも追放されたカトリシアを捕らえ留め置いているのであれば、もしや愛人にでもするつもりか? 関係だけなら一足飛びで進んでしまっているのだし……

 拳をぎゅっと握りつつも、コールは負けじと相手と向き合う。


「その……王子の婚約者候補様が、俺に何の用でしょうか? カトリシア皇女殿下から、何かお聞きになったとか?」

「何か、と言えばあります。ただし私が探っていたのはあなた個人ではなく、【煉獄】の店長代理という形になります……突き止めたのはつい最近ですけど」


 コール本人ではなく、【煉獄】を探していた? どういうつもりか見えてこないコールに、紅茶を優雅に飲みながらイライザは微笑んだ。


「先ほど婚約者候補と言いましたが、殿下と皇女の婚姻が正式に結ばれれば当然婚約の話も白紙になるでしょう。ですがお役目御免になるわけでもなく、商会も側妃という形で私をこれまで通り捻じ込む算段です。ロジエル殿下が乗り気でなくてもね」

「……あんたは、それでいいのか?」

「平民が貴族になるというのは、そうしたしがらみも全て併せ呑む覚悟の上ですから」


 富と権力がドロドロに絡み合った王侯貴族の世界に、つい敬語が崩れてしまったが、相手は気にした様子もない。呆れてしまうのはコールが平民の感覚だからかもしれないが、皇女の生まれであってもカトリシアにも合わないかもしれない。

 ――籠の鳥。

 ふと、そんな言葉が頭を過った。


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