恐るべき強敵

 それぞれ割り振られたトイレと風呂の掃除が済むと、コールはカトリシアを庭へと案内した。そこはこじんまりとした畑と高床式の小屋が建てられている。


「どうだ? お姫様にはトイレ掃除は辛かっただろ」

「それが、思った以上に綺麗で逆に驚いたわ……大きな換気扇と花瓶で消臭対策もされていたし、何より便器の底に魔法陣があったのよ!」


 汚れ仕事を覚悟していたカトリシアは興奮したようにトイレの様子を語る。コールはこの家の排水溝には魔法陣が敷かれてあるので、下水は全て別の場所に送られている事を説明する。


「別の場所って?」

「魔界の溶岩の上」

「はあ……超魔術の無駄遣いね」


 無論、それを描いたのも母である女将なのだろうと察して溜息が漏れる。他にも魔法陣は常連の住まいの近くや食材の入手先への移動用にも使われる。この地域では米などは育たないので、どうしても生産国から買い付けないといけない。そこで立ち寄る冒険者の中から出身の者に頼んで魔法陣を設置してもらうのだ。


「あとは、鼠捕りだな。あの小屋、食糧庫なんだけど高床式だろ? 鼠が侵入して食い荒らさないように工夫がされているんだ。お袋も言ってたけど、外食産業ってのは鼠との戦いだからな」

「鼠を捕まえるのに、どう魔法陣を利用するの?」


 カトリシアが興味を示したので、仕掛けの一つに案内してやる。小さな巣箱に見える屋根部分を取り外せば、底に描かれた魔法陣と吊るされた食べ物の欠片があった。恐る恐る覗き込んだカトリシアがホッと息を吐く。


「まだかかってないみたいね。だけどこの仕掛け、入り口が閉まらないから入ってもすぐ逃げられるんじゃない?」

「いや、餌がちょっと齧られてるから入った後だ。ここに魔法陣があるだろ? 餌を取ろうとして入った鼠は必ずこれを踏んで飛ばされるんだ」

「……どこへ?」

「排水溝と同じさ」


 小さくとも恐ろしい罠に、カトリシアは身震いする。しかしここまでしても、全ての鼠を排除できるわけでもないだろう。どの程度の知能かは知らないが、中には魔法陣を通らずに……下手すればこれが罠だという共通認識で避けるようになってもおかしくない。


「運よくかかるのを待つより、確実に鼠寄せで駆除できれば、罠一つで済むかもしれないわね」

「鼠を引き寄せる道具か……『ハーメルンの笛吹き』みたいだな」


 カトリシアの提案に、父から聞いた異世界のおとぎ話を思い出すコール。ハーメルンという町に鼠が大繁殖した時、不思議な笛の音で鼠を引き寄せ退治した男の話だ。


「鼠を引き寄せる音楽ね……出来るかも知れないわ」


 コールの話を聞いたカトリシアは、部屋に戻ってガラガラを持ってくる。これで鼠を集められるのだろうか。


「異世界のおとぎ話だぞ? 聞いた事ないのに奏でられるのか」

の音楽と聞いたから、どこの世界であっても存在するのなら可能だと思うけれど……言い伝えで一度でも現実に演奏された事はないのかしら?」

「そう言えば、史実を元にしたとか言ってたような……やってみるか」


 念のため、家が鼠だらけにならないよう外に鼠捕りを置き、魔法陣を剥き出しにする。そしてコールはその上でガラガラを振り始めた。

 しばらくして、聴いた事のないメロディーがガラガラから流れ始めた直後――


「ぎゃああああっ!!」

「うわっ!?」


 カトリシアが凄まじい悲鳴を上げ、コールの背中に飛び付いた。そこら中から鼠の大群が、二人めがけて押し寄せてきたのだ。思わずガラガラを魔法陣の中に落としそうになり、コールが慌ててキャッチする。鼠たちは引き寄せられるように魔法陣に吸い込まれていき……


「あ、壊れた」

「ひええっ」


 最後には何十匹分という鼠の尻尾が魔法陣の上を蠢いていたかと思うと、血溜まりと化してしまった。グロテスクな光景を目にしたカトリシアが気を失ったところで。


「あんたたち、何バカやってんだい!」


 怒り狂った母が大股でこっちまで歩いてきたと思えば、スパンスパーンと頭を叩かれたのだった。


 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


「まったく危なっかしい……よく分からない魔道具をいきなり発動させるんじゃないよ。近所の鼠が一斉に移動を始めて大騒ぎになったんだからね」

「ごめんなさい、ガラガラを持ち出したのもああいう使い方を試したのも私なんです」


 頭にタンコブをこさえて正座させられていたコールが口を開こうとすると、目を覚ましたカトリシアが庇い立てしてきた。まさか玩具にあんな効果があるなんて知らなかったのだろう。ガラガラそのものと言うよりは、おとぎ話に秘められた伝説と言うべきか。それが魔法によって世界を飛び越え再現されてしまった。


(これはもう、ただのガラクタなんかじゃない)


 恐々としていると、母はカトリシアにガラガラを出すように言った。鈴の付いた小鍋もと言われ、取り上げられるんじゃないかと身構える。


「ちょっと確かめるだけだよ。魔法教育が遅れている国で、どこまでの腕を見せてくれるのかをね……作ったの、隣国の王子なんだろ?」


 上から目線だがかつての魔族としては、人間が作った魔道具に興味を示すのはおかしな事ではない。持って来させたガラガラと小鍋を引っ繰り返しながら、効果についていくつか質問をして――終わった頃には、その表情は真剣なものになっていた。


「見縊っていたよ。まさか独学でここまでの代物を生み出せるなんて」

「え……ロジエル王子って世間知らずのお姫様に嫌がらせでマウント取るちっちぇえ男じゃねえの?」


 チラッとカトリシアの方を見遣ると、ついでに自分の事も揶揄されたと頬を膨らませている。それに構わず、小鍋を裏返しながら母は渋い顔をしている。


「そういう性格的な部分じゃなくて……いや違うね。ロジエル王子が、魔法はそれぞれの生物が持ち得る素質や才能だという考えだからこそ、周辺国は命拾いしていると言える。

その気になりゃ帝国なんて目じゃないくらいの軍事力をすぐにでも持てるだろうよ」


 いきなりとんでもなく物騒な話になった事に、二人は息を飲む。このガラガラや小鍋が、実は兵器になり得たりするのだろうか? しかしいくら眺めてみても、とてもそうは思えない。特にコールからすれば、くだらない玩具というロジエルの主張は同意できるのだ。


「だけど、ロジエル殿下はガラクタだって……」

「貧乏国からすれば腹の膨れない発明品はガラクタに違いないが、それでも作れちまう才能は本物だろ。今んとこ『ちっちぇえ男』で済んでるけど……コール、相手は強敵だよ」


 母からそう振られて「なんで俺!?」と返しつつも、ドキッとしたのは事実だ。玩具を見つめるカトリシアの表情に、コールは複雑な想いが沸き上がっていた。


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