第91話 その提案、とっても素敵ですわ!
どのような場所にも夜はやってくる。
闇に包まれた
その中のひとつ、自室で机に向かっていた
『まるで先生ですわね』
「わ、オルタマリアさん! まだ起きてたんですか」
騒動ののち、療養のため誰も彼もいなくなったニチェ邸にジャクシモドキ姿のオルタマリアひとりで戻るわけにもいかず、エイルジークたちが落ち着くまで万化亭で保護することになっていた。
初めは
――これにより蒼蓉は柚良と一緒に眠る日課を一時封印することになったが、蒼蓉には蒼蓉でこの三日の間にくべきことが多いこともあり、不服な気持ちを顔に出すことはなかった。
小振りのクッションの上にのったオルタマリアはジャクシモドキの尻尾をぺちぺち動かす。
『不思議なものですわ、この体になっても神経が昂ると眠れないだなんて』
「ホットミルクでも持ってきましょうか?」
『……顔から突っ込みそうなのでやめておきましょう。それより作業を続けてくださいな』
邪魔してごめんなさいね、と言ったオルタマリアはクッションにうずまり直す。
しかし思わず話しかけたのも眠れぬ夜と不慣れな体に不安を抱いたからだろう。そう察した柚良はイスをオルタマリアと向き合うように動かして微笑んだ。
「丁度休憩しようと思っていたんでお喋りしましょう、オルタマリアさん!」
『いいんですの?』
「もちろん。部屋も両隣と距離があるんで、夜に話してても平気ですよ」
一室一室が広い上、柚良の部屋は蒼蓉の一族が住む区域のため使用人が寝起きしていないのである。よって警備は居るものの夜は静かだった。
柚良は文字がびっしりと書かれた紙を摘まみ上げる。
「これはヘルさんの特訓メニューとそれに必要なものを書き出したメモです。それに加えて本当に学校で先生をしているので、オルタマリアさんの感想は当たりですね」
『まあ、学校で? 家庭教師や師匠的な意味で言ったのですけど……』
「あれ? あっ、そうか、もしかして外出を禁じられるようになってから作ったのかな」
柚良は蒼蓉が設立した万化魔法専門学校についてオルタマリアに説明した。
学びの場は腐れた世界にも必要だ。そして魔法は暗渠街で生きていくのに大いに役立つ。もちろん武術など肉体的な事柄も役立つが、技術を教えることだけを見ると魔法の方が専門性が高いのである。
そうして蒼蓉は学校で資金を稼ぎながら、傘下や友好的な組織、もしくは今後有用な組織の次世代を強化することで新たな地盤を固め始めたのだ。
それを聞いてオルタマリアは『さすが蒼蓉様ですわね! とっても素敵ですわ!』と感激した様子だった。そしてはっと柚良を見る。
『話の流れから察してはいましたけれど――そこで先生をしているということは、柚良さんも魔導師なんですの?』
「はい、特技を活かして生徒たちに色々と教えてます! 暗渠街に落ち延びた私を拾ってくれた蒼蓉くんのおかげですね」
『……その、今ここで訊ねるべきではないかもしれませんけれど……』
オルタマリアにしては遠慮した雰囲気でちらちらと柚良を見上げ、しかし訊ねないという選択肢を取ることはもう出来ないのか、オルタマリアは柚良にある質問をした。
『柚良さんと蒼蓉様、面会した時と随分と雰囲気が違うんですのね?』
イチャイチャを見せつけてお断りしよう作戦の時のことである。
オルタマリアがジャクシモドキの姿になって助けを求めに来てからは演技をしていなかった。つまりあの時ほど距離感は近くはない。
それでも随分とと言われるほどかな、と柚良は思ったが、オルタマリアにとっては大きな差なのだろう。
今に至るまで訊ねられる雰囲気ではなかったが、蒼蓉の名が出たことで訊かずにはおれなかったのだ。
柚良は頬を掻いて返答に迷ったが、蒼蓉が敢えて演技をしなかったのはそんなことをしながら進めてなどいられない事態だったからだろう。それは今も続いている。
もしくはジャクシモドキの姿になったオルタマリアでは婚約者だと主張するにはさすがに無理があると判断したか。
何にせよ今は二の次にしていることは間違いない。
しかし素直にすべて明かせばオルタマリアが暴走し、課題がひとつ増える可能性もある。
蒼蓉とは表の世界での同級生であり、暗渠街に堕ちてから拾ってもらい職を紹介され、一緒に寝起きしプロポーズに近いこともされたが『自分の気持ちが未解明なので』という理由で保留にしつつ婚約者として生きている――などという話はオルタマリアにとっては受け入れがたいだろう。
柚良は腕組みをして唸るとカッと目を見開いて答えた。
「私たちにも色々とありまして、これには海よりも深く山よりも高い理由があるんです!」
『まあ!』
「でも全部落ち着いたら話しますね。本当は伏せておいた方がいいこともあるんですけど、……私、オルタマリアさんのことも色々と知りたくなったので」
『わたくしのことを?』
柚良はこくりと頷く。
「知りたい相手に自分のことを知ってもらうのって大切じゃないですか。オルタマリアさんのことを知りたい、そう思ったからには……あまり隠し事をしたくないなと感じたんです」
私だけのことじゃないので自分勝手な約束ではあるんですが、と柚良は苦笑した。
目をぱちくりさせていたオルタマリアは尻尾をぱたぱたと揺らす。
『わたくしもあなたのことを知りたくなってきましたわ。年の近い同性にこんなこと思ったの久しぶりですわよ』
「ふふ、それじゃあ……オルタマリアさん、もしよかったら私とお友達になりませんか?」
柚良の誘いにオルタマリアはきょとんとした。
オルタマリアには生来の性格が災いし、今まで友人と呼べる相手がいなかった。ビジネスライクな付き合いはあったが、それは柚良の言う『お友達』ではない。決してない。
柚良という存在は今なおオルタマリアにとって複雑なものだったが――しかし、それはこの誘いを断る理由にはならなかった。
オルタマリアはふわっと浮いて柚良の両手の上に着地する。
そして飛び跳ねながら嬉しそうな声を出した。
『その提案、とっても素敵ですわ! ええ、本当に――とっても!』
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