マヌケ探偵 東一家・後半

2

「ねぇ、廊下すごい寒かったんだけど。穴でも空いてるんじゃないの?」


「そんな訳ないでしょう。壁はセキュリティ万全、本家が建てさせた匠の結晶、まさに完璧の家。テロリストの爆撃だって何のそのよ」

夏は涼しく、冬は暖かい、確かに夢のような家なのだけれど、裏にテロリストとか言われると済んでる身としては怖いのだけれど。


爆撃ってマジであるのか、この家に?


「外側からの問題は良いのだけれど、そろそろ内側の問題に取り掛かった方が、良くない?」

例えばあれとか、と僕は部屋の中央に堂々あるそれを指さす。


クリスマスツリーである。

それもモミの木をわざわざ外国から取り寄せて、作った特注のもので、オーナメントも集めれば数百万するであろう金銀財宝で出来上がるクリスマスツリー。


オーナメントを重さを考慮せず、用意したのが、母のマヌケっぷりというか。

モミの木の枝が下がってしまい、閉じた傘みたいになってしまっている。


「もうちょっと片付けなくてよくない?綺麗だし」


「そうよねー、京香。ほら、そう言ってることだし、まだ良いじゃない。正月までさ〜」

と言って、去年もこのツリーと年越しをし、加えて、門松とのツーショットを見たのだけれど。


今年は仕舞いますよ。

絶対仕舞います。


「仕舞わないと言うのなら、寒空の中にでも放り出してあげますよ」

この言葉の意味をわからない。母と妹ではない。

クリスマスツリーの片付けは過酷である、オーナメントの取り外し、電気配線の不備の確認、モミの木の仕舞い込みと、やることなすことが大掛かりである(この家だけかもしれないが)。


さらにそれが、外での作業になると言うのなら、一大事は十大事である。

まぁ、日本語的にこんな増え方はしないだろうけれど、過酷さで言えば、それこそ10倍でも足りないかもしれない。


「期限は26日が終わるまでです。それまでは僕も手伝いますよ」


ほら、とケツを叩いて、ここまで場を持ち上げてもやらないのが、この母と妹なのだけれど、仕方ない、あと24時間は待ってやりますよ。


「寒空で思い出して、繰り返すんだけれど、廊下が寒いって話しない?」

話を戻す妹。

これは意図的にクリスマスツリーから逸らしやがったかこの妹。


「ほら、足りないでしょ、その話」 

足りない?足りないと言えば確かに、父は居ないけれど。


「居ないのはお父さんじゃないよ」

父さんが居ないことは少しもひっかかるところのないようで、随分とサッパリした妹である。

いつも居なければ仕方ないことか。


「居ないのはミーとウーだよ。あたし、マズいんじゃないかなーって思ってて。もしかすると、ミーもウーも、外に出てるんじゃないかってそう思うんだけど。勘がそう言ってるんだけど」

「いや、この部屋は今は暖かいけれどさ、廊下は本当に寒いんだって、もう外みたいなもの。疑うなら、見て来なよ」

疑わない、見て来ない、寒いし。

協力者というか、情報提供者を増やすか。


「母さんはどうだった?同じ道ではなくとも近い道順でしょう?」


母と妹の部屋は女性同士ということもあって立地的に、彼女達は近くに、僕の部屋は遠い場所にある。


「まぁ、少し、冷えては居たかしら。でも、わからないほどよ、壁に穴が空いているなんてことは無いと思うけれど」

「つまりミーもウーも、出ることが出来るような穴は総じて無いようにも思うわね、寒いところに行くような二人でも無いし。」


どこかにいれば、この部屋の中だという訳だけれとも。ではなぜ、声も聞こえないのか


誰かに口を塞がれているとか。


蛭休ひるやすみさんだけれど、正確にはいつから休みを取ってたの?」

絶賛休暇を与えられた働き者の使用人、蛭休さん。母に仕えるというか、付けられた本家からの使用人である彼女には基本、休みがない。


と言っても、この家は住人本人達の外出の多いゆえから、彼女がほぼこの家を貸し切っているような状況である。

その証拠にこの前はここを『タダのホテル』とカッコよく言い放った彼女だったが、だからこそ、彼女がいない家というものを良く知らない僕である。


ボクシングデー。

12月26日の使用人の休日という日にキチンと休んでいる正しい形のバトラーは正確にはいつからここに居なかったのか。


「まぁ、ボクシングデーと言っても。もちろん、織り目正しく、0時キッカリってことは無いわよ。もう少し早めにそう、クリスマスの晩にはもう居なかったはず」


「じゃあ、蛭休さんは暖炉の火を付けっぱなしで十数時間空けるつもりだったってこと?」


猫も、犬もいるのに。


3

やはり、おかしい。

あの蛭休さんがそんなミスを、休みに浮かれてそんな失敗をするはずがない。


そもそも、夏に涼しく、冬に暖かいを、売りにしているこの家は生活を相当な真冬でもない限り、暖房器具の一切付けずでも犬も猫も死なないとそう判断しない蛭休さんでは無いはずだ。


「僕たちは今日、今の時点でここに居るはずでは無い存在なんだよ。母さんが予定を早めて帰ったおかげでね」

「だからこそ、蛭休さんが気を利かせて、時間に幅を持たせて暖炉の火を付けていったとは考えづらい」

となればだ。


「兄貴、行って来なよ」


「何で僕が行かなくちゃならない?」


「お願いだ。あたしは誰かと面と向かった場合、何も理由無しでその場を後には出来ない性分なんだ」


「よく分からんが、行動の意味が欲しいということか?じゃあ、あとで僕のアイスあげるから」


「アイスは力づくで奪う。なぁ、とっとと行ってくれよ、さもなくばあたしの技術で持ってして、兄貴を姉貴にしなくちゃならない」

妹の目が獅子のように細くなる。

牙をひん剥き、爪が木の板を穿つのは幻想だろうか。

言葉も、何も良くは分からんが、自分が窮地に立たされるのはわかる。


「まぁ、何だ。ジャンケンでもしないか?そう、平等に、お兄ちゃん平等主義者だから、平和主義者だから」

決して、ビビったりとか、気圧された訳では無い。

兄が妹に対して、そんな気を少しでも起こすわけが無いだろう?

うん、だからジャンケンにしないか?


「ジャンケンをすれば、負けた方もジャンケンで負けたからという理由で、つまりはその所為でこたつから出てしまったと主張できるだろう?だから、ジャンケンをすれば全てが丸く収まるとは思わないか?」

ジャンケンに関する至極真っ当の弁を述べてみたが、理論立てる風の話し言葉に妹は異常に弱いところがある。

こんな言い方をすれば、あれよあれよと勝負に乗っかる奴なのだ。


「分かった、ジャンケンをすれば良いんだな?」

行くぜ。


「ジャンケン…ポン!!」


4

暖炉の火の中には、燃え残ったズタ袋があった。

庭にあるガーデニングスペースに残されていた、何かしらの袋だろうと思うが、やはりこれは…


「侵入の形跡ね」

みかんを頬張りながら、母が言葉を繋ぐ。


「何者かが、煙突から侵入する際にズタ袋を服の上から被り込み、煙突の壁を両の腕で押しながら、ゆっくり降りたみたいね。そうでもしなきゃすすだらけになって、少々の片付けじゃ痕跡を隠しきれなくなってしまう」

「そして、室内に侵入したのち、暖炉に火を放ち、ズタ袋はそのまま燃やす。そうすれば、ズタ袋も残らなくなる。それこそ、早く私たちが帰ってこなければね」


「仕掛けはこれだけじゃないと思う。煙突を降りる方法から、煤の処理から、準備は万端に。かの人物は侵入を企てている」

「だからこそ、そして、僕たちがここに居るなどという、予想外が起こっていることがどういう事かと言えば、答えは一つだ」


「犯人はこの家にいる」

とここで、小節を跨ぐわけにはいかない。


ことは一刻を争う。

もしかすると、もしかする展開になり、この世界における命の数に影響があるかもしれない。


部屋の場所。

廊下は寒くて、この部屋は暖かい。

隠れる場所があるとすれば、それは収納スペース。


しかし、限りなく、父さんのお土産が鎮座し続けているこの家の中にそのようなスペースは存在しない。


はずだった、簡単な話だ。

季節の話。

長いスペース、それが無くては入らず、そして、今は無の空間となったスペース。


僕は『ツリーの入っていた収納』に手をかける。

ずっと引き寄せる。


犯人は飛び出して来た。

僕の細々しい、腕と首に目掛けて、飛魚のように一直線にかける。


件のアクション大泥棒『ジャッキー・ルパン』である。

紫電一閃。

急ぎに急いだ結果、マヌケな僕は何の要人も無く、犯人の近くへと駆け寄ってしまっているのだ。


中国拳法仕込みの鋭く、早い、手刀が僕の付け狙い、接近する。

時間が徐々に低下して、その表情をありありと見ることが出来る。


だからこそ、そんな緊迫の瞬間だったからこそ、それもが見えた。


妹、暴力探偵と呼ばれる高校生の彼女がハイキックでその男の顎関節を砕き割る瞬間を。



5

推理通り、犯人は煙突から侵入後、ドーベルマンであるウーを自作のガスで眠らせた後、盗みを始めようとした段階で、帰宅した我々を確認し、ウーを連れて、収納に立て篭もったということだった。


いやはや、すぐさま、動物病院に駆け込み、診察を受けたが、命に別状は無いようだった。

予約を9時に入れていた東ですと一言言って、予約を消して貰えば良かったが、必然忘れたように、すっかりと頭から抜け落ちていた。


外でやれること、やることの全てが片付いた後で、時間は8時になっていた。


あれと、思い立って、探してみれば、ミーはも言えば、掘りごたつの中に入れられていた。

こちらもまた、病院に連れて行かねばならないと思いつつも、予約を取り消さなかったことに関心する。


加えて、寒さの原因はと言えば、妹の、母の不注意で単に窓が開いていたのである。

それは外からの風がなだれ込みさえすれば、そこは外と相違ない気温になりかねないだろうと、妹には説明した。


リビングにはやけに広い空間が広がっている。

あぁ、そうかクリスマスツリーが無くなっているのだ。


片付けたのかい?と妹に聞けば。

「片付けていない」という。


母も同様で、同じようなことを言う。

隠し立てることでも無いと思うのだが。


そこで、ふと思い出したことを口に出す。

ニュースの内容。

「続いて、空き巣被害が……」


窓の戸締り不足。

隠れるスペースのもう一つの可能性。


おいおい、またやってしまったみたいだ。


浪費探偵。

何故僕がそう呼ばれているのか。

捜査に金を使うから?

生活が豪勢だから?


全く違う。

一族随一のマヌケ探偵、僕こと、あずめ 京太郎きょうたろう

謎を解けば、解くだけ財産を失ってしまう体質なのである。


損失約2千万円


いや、痛手だが、仕方ない。

今日もまた、マヌケで、謎が目に付く探偵は解かずにはいられない。

いくら浪費してもね。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ミステリー三題噺まとめてます 端役 あるく @tachibanaharuhito

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ