天に昇る楼閣・後半

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理解不能、奇怪たるその行動に既視感がなだれ込む。

祭りのたびに見られる目も背けたくなるようなその行動の一端が彼女から見えることにミズチは安心を享受した。


彼女は間違えた天成人なのではないかとミズチは深層で考えていた。

美しくあれど、欠けているその形が他の何にも埋められず不安定であることに他人は気が付かないようであったのだ。


分類できることにミズチは安心した。

一人でなかった彼女に。



ミズチはまた登った。

楼閣から見える景色は特になく、街の光も届かないほどに高い。人がゴミのようでも、塵のようでも無かった。


矍鑠は下の町にいると言った。

ふと、それを思い出した。



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伸びる背に鱗がカリカリと音を立てる。眠気の涙を目に浮かべながら、横目を、その良すぎるほどに良すぎる横目で、アリンコみたいな生物を発見した。


アリンコほどの小ささは距離感の問題だったようで、実際に楼閣の側にいるそれはアリではなく、大きさは人であるがまた人でもないものだった。


後の祭りの楼閣に影を見た時、彼は少々驚きを隠せずにいた。

後片付けの人員でも残っているかと思ったのだがその思惑は大いに覆されたからである。


ひっそりと足音をできるだけ立てずに、空島を幾度と矯めつ眇めつする女の姿だった。


正直に彼の気持ちを表現していいのなら、数年来見つからなかった、懐かしのオモチャをジャンク屋で見つけた時のような、高揚感と熱狂感で満たされた気持ちと近似していた。


それはそれは舞い上がる気持ちだった。

さらに人前では話すことが苦手であるミズチはテータテートに必然なれるこの瞬間を無駄にしない。


ドタドタと楼閣を駆け下り、即座に彼女の前に立ち塞がった。心のうちはハッピーで埋め尽くされていたし、矍鑠の、いや新たな友達の誕生を切にミズチは願っていた。


巨大な蛇龍であるミズチはその長い体躯を折り畳むようにする。

眼前の巨躯の威圧を天成人の女は意にも介さないようである。


「一体、楼閣の主がどうして、こんな私に構うんだい?」

なぜ構うのかと聞かれれば、難しい。欲一辺倒極まりない。

彼女は話しかけて欲しかった訳でもなく、自己の行動の磊落に鱗が震える。

だからと言って引き下がれなかった。


「分かりました。あなたは私を笑いにきたのですね。意気地なしと言いたいのでしょう。」

強靭が言葉に乗っていた。

ミズチに意思の暴力が殴りかかる。


「初めて見たんだ。楼閣から出る人を…」

小さく返した。

途端だった。

ミズチは生まれて初めて、胸部を殴打された。



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初めてのことが嬉しく無いのは、これもまた生まれて初めてだった。


胸部あたりにも、数枚の逆鱗が存在する。

間違いなくそれにも拳は否応なく、触れた。触れたどころではなく、衝撃を撃された。


けれど、ミズチは逆鱗からの刺激を感覚神経が脊髄を通って、体を動かす前に、よっぽど早くそのまなこで彼女を捉えていた。


彼女が青く泣いていた。


紫にも、黄にも、赤にも、緑にも、茶にも、藍にも、鼠にも、空にも、瑠璃にも、群青にも、紺にも、青にも、藤にも、鉄にも、草にも、新緑にも、深緑にも、竹にも、泥にも、土にも、可視光線で表現できる色はその美醜に問わず何色でも、全てをゴチャ混ぜにしたような色をし、そしてやはり、けれど青かった。


怒りは覚えなかった。

泣き顔を見たから、毒気を抜かれたなどと言う生温いものでは無い。生物学的に自分という存在がやってはいけない絶対の真理を通り越してしまったように感じた。


汗も出ず、息もできない。音の発することさえ、不適格な存在であると思った。流されるままに、許される、空気になれたらと本当に思った。


「何にも知らないんだね。」

筋の動かない顔に流れる涙は、何よりも尊いものにミズチには感じた。


「何を僕は知らないんだ。知っているなら教えておくれよ。天成人の…」


「自分で見てきなよ。私の名前はこう。そして、私を救っておくれよ。」



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記録カメラ。

内側からでも、よく探せばその痕跡は見つけることが出来るんだよ。だから知っている。

そう、彼女の語りから始まった。


「紅、君は何を知っているんだ?」


「ミズチ、君の行動と孤独を私は知っている。私たちはよく似ていて、真逆である。」

「君は楼閣と共にあり、私は楼閣であるのだ。」


「紅は楼閣と共にあるとは言わないのか。」


「言わない、我々は楼閣ではなく、また楼閣である。天に昇り役割を果たすのが、我々だ。」

「ミズチ、君には気づいてほしい。これからのために、君のために、選択はまだ迫られていない。およそ、君がそうなら、ずっと気がつくことはないだろう。私の行動は人間的であり、天成人などでは決してない。それがヒントだ。」




「ワープ装置、ここ数日は動かないな。」と機械を足蹴にしながら、紅は愚痴る。

彼女を横目にミズチは楼閣に再度登った。


彼女の行動は天成人ではなく、人であると言うことだろう。

それならやはりここか…


ミズチは四階に到達する。

彼女だけが映った、他の天成人足り得る者は映らなかった。


そこにどんな違いがあり、そして彼女はなぜあのフロアを行ったり来たりしたのだろうか。

少し考えるが、ダメだ。

元より、考えることが不得手であるミズチにとって熱の籠る脳というのも初めてであった。


自分がいかに考えることなく、生きてきたのかを思い知る。


三階に下る。

記憶では、彼女はここで入ってきてのち、30分もの間、座り続けていた。

もう一度、彼は見た。


苦悶の表情である。

三階フロアが圧力として彼女の体に否応なく降り注ぐ、彼女はそこから動けないようにも見える。それはまた動きたいのと同義だということも彼は思った。


しかし、それ以上のことは何も分からなかった。

また、無策に落ちる。


ワープ装置の上に紅は胡座をかいている。それでも、後ろ姿から光が見えるのだから彼女はまだ人ならざる者では無いかと愚行する。


近づこうと思った訳ではない、楼閣より離れようと考えたのだと思う。

三階より二階に向かう。


その時、赤いランプが付いているのが目についた。

付かないはずの、また四階のように付かないはずの二階のランプが点灯していた。


これは、とミズチは思い立ち、ガババと体を二階の窓に近づける。

記録が映し出される。


記録の中、紅が右から左に走る。

一心不乱、脇目も振らず、汗水を垂らし、髪の毛を乱し、足が力強く走る。

ものの数秒、右から左の運動はそれだけにとどまり、消えた。


幾度となく、繰り返しフロアに出ることは無かった。たった一度だけ、それでも今までで1番印象的な彼女の姿だった。



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一階は酒宴の光景が映し出された。

二階は紅の走り去る姿が映し出された。

三階は紅が座り続ける映像だった。

四階は紅が階段とフロアを行ったり来たりする映像だった。


彼女は一体、この建物の中でどう動き、何が人であり、何が天成人であるのだろう。


ミズチはされど考え続けたが、わからなかった。

そんな時、かの友人のことを思い出す。


「矍鑠、君はいつも僕に考え方をくれる。そして、今回も図ったように君はヒントをくれていたではないか。」

矍鑠が別れ際にくれた箱、紫の紐に括られたまさに玉手箱のような装丁のそれをミズチは開ける。


重々しく、綺麗な蓋がパカリと外れる。

中はすっきりと赤に塗られていた。


その中にただ汚く今にも破れ落ちてしまいそうな紙が一枚入っていた。

手紙かと一瞬思ったが、思いの外、見知らぬものではなかった。


ミズチが建て、矍鑠が設計した『天に昇る楼閣』の設計図であった。


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それを見せられてしまえば、簡単すぎる答えである。

この楼閣を建てたミズチには知らなかったことがバカらしかったし、知っておくべきだった。


『天に昇る楼閣』は二重らせん構造をとっていた。


それによってどうなるかと言えば、一階からの階段を登った先は、窓のない、奥に隠された二階フロアに繋がる。そのフロアの階段を登れば、次は窓側の三階フロアを見ることになるということだ。そして、また階段を昇り奥の四階へ向かう。


では四階と二階、それぞれの行動を考える。となれば、二階には彼女が逃げ降りていく姿が映し出されていた訳だ。ならば、四階は…迷いか。

では何があるのだ。迷走と、逃走。一体何が。


五階、楼閣の頂上フロア。ドーム型の設計を見る。


中央に一つワープ装置が置いていた。

この国の1番天に近い場所、そこにワープ装置が一つある。天に昇る。

天成人が天人になる、そのための装置である。


ワープ装置から設計図には線が引かれている。

転送場所、下にズーーっと、黒く移ろう線が引かれる。

楼閣の一階部分の中央、表と裏の中心、煙突の中心だった。


ミズチはことの真相を知った。

『天に昇る』という本当の意味を。

『天成人と人』その違いを。


そして、『自分が生きる』という矍鑠の言葉を。



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女が一人、高い丘の上から眼下の町を見る。

大火の皿が傾き、火が流れ星のように町に降り注ぐ。


じきに忌まわしい楼閣も落ちる。

町は完全に一つの生命体を残すことなく、崩壊する。

女を運び、龍もまた、町に飛び立ってしまった。


ある老婆から聞いた、お伽噺の最後を女は思い出す。


『当時の王は感謝を伝えた、これでもかと天人に見合うだけの装飾品、調度品、食料、家、すべて何もかもを与えた。

そして気をよくした天人は「わたしをこの国の1番天に近い場所へ送ってくれ」と言った。

王はここが最後だと思った。

建前を持って天人に尽くしていた王は狂乱した。

天人を送る日、祭りを開いた。

王は言われた通りに国の最高度に共に赴き、そこから天人を祭りの大火へと投げ入れた。


天人は燃えた。よく燃えた。

人はその周りを踊り狂う。

焦げた天人の煙はさらに火を発す。大火が大火を呼び、向こう数百年間燃え上がり、決してその体の形を無くなるところまで燃やし尽くされた。』


荒唐無稽なお伽噺であると女は思った。

馬鹿馬鹿しい、これを守っている皇族も、貴族も理解ができなかった。だから、彼女はたった一人人だった。


女は火を見飽きた。

ほんの少しだけ龍が気になったが、もう振り向かなかった。


町は一つ残らず焼き払った。

何一つ残ることなく、全てが共に最後を迎えた。

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