ミステリー三題噺まとめてます
端役 あるく
天に昇る楼閣・前半
夜、蜃気楼、正義の行動
1
黒く聳え立つ楼閣。
空に浮かぶその楼閣を
まさしく、呼んだ。
過去形になってしまった。
宙に流れる楼閣のことを今はもう、見間違いだ、気象現象だとしか多くの人は認識していないのだろう。そう、ある楼閣を建てた主。あるところにある
「僕はここにいるのに人は全くそのことを意に介していないようなんだ。」
つまんないったらないよ。上下に伸びるその体躯を楼閣に這わせながら、ミズチは退屈を口にする。
「地上に降りたら生きていけないから仕方ないけれど、だからってこんな楼閣に一人でいるのは退屈だ。」
大きく口を開け、咆哮でも解き放つ様に爆音のあくびをする。鱗は伸びる体に合わせてパキパキパキと小気味いい音を鳴らす。
「ミズチ、確かに君は変温動物であるから、この楼閣に残り絶やさず灯し続ける火の熱がなければ死んでしまう。しかし、それ以上に君の生はこの楼閣と共にあることを忘れてはいけないよ。」
楼閣の前に現れた、白髪、白眉、の真っ白な老淑女然とし、それでして異様に若々しい女性は諭す。
名前は
「火が絶えれば、君は死に、楼閣もまた、冷め萎んだ空気によって地に落ちることを余儀なくされるのだ。」
「矍鑠、それは僕が居ても居なくてもということではないか?火が灯り続けさえすれば、楼閣は崩壊しない。難しくとも、僕は他の火を探してもいいと思うのだけれど。」
「それはそうだ。ミズチ、君は正しい思考の持ち主だ。ただ俗世は我々の様な異端には生きにくくできておるのだ。それを思えば、憐れめば、限りなく命を共にできるその楼閣といることはステキな事だとわたしは思うがね。」
何とも悟り切ったという面持ちの矍鑠から繰り出されるのらりくらりの言動はミズチの心に反論の火を起こさせないものであった。
しかし、ミズチは反論こそ無かったが、言の葉は介したかった。喉をヴルヴルと鳴らし、論議を膨らませるために意見する。
「それを矍鑠は何度も言っているではないか。僕だって、ワガママを言いたい訳じゃない。退屈なものは仕方ないとは言わないだろうと言いたいんだ。」
「ミズチ、それは確かにすまない。わたしも君の気持ちは重々わかるつもりだ。そう、わたしはここを壊したくない気持ちがあるのだ。それが、表立ってきておる。わたしが設計し、君が建てた蜃気楼。『天に昇る楼閣』、私たちの友情の証じゃないか。」
彼女の設計図を触り、気を出し、作っただけだから自分の労力はほとんどミズチには無かった。が、彼女のこの甘い情文句が好きだった。
そして何百年もこの甘さに浸り、ミズチは友情というものに酔っていた。酔っていて、わかって、やっているのだ。
「君は変わらない。わたしばかりの姿が変わる。仙丹も作れず、エリクサーもない。徐々にではあるが、確かに寿命の光が見え始めている。もう次に会うことは出来ないかもしれない。」
「だからこそ、君にはその命の共にするものを定めるべきだと言いたいのだよ、ミズチ。」
しんとした空気が楼閣の前に漂う。
なぜ、彼女がそんな話をするのかミズチには一向に分からなかった。分からなかったが、何か琴線に触ることは分かった。
「矍鑠、またジョークが上手くなったのではないか、空気がピリリと響いた音がしたぞ。」
大きく笑って見せた。
鱗がカリカリカリと鳴り止まない。
その顔を見て矍鑠も笑った。
「ミズチ、これは手向けだ。」
指をスッと振る矍鑠の前に黒い箱が現れる。
「これは?」
「だから手向けだよ。玉手箱とは言わないまでも、ちょっとした贈り物だ。私たちだけのものさ。そうだな、困った時、悩んだ時にでも開けるといい、良い解決へと導かれるだろう。」
「それと…」矍鑠は思い出した様に言う。
「数年に一回だけある、天昇祭〈てんしょうさい〉。楼閣の下に在する国からまた多くの人が祭の準備をしに来るだろう。下手に驚かない様にな。」
君はそれで角を一度折っているんだから。と要らない小言まで矍鑠は挟む。
「角はもうこのとおり、綺麗に治ったじゃないか、もう無かったことと同じだよ、矍鑠。」
「直したのはわたしだが、まぁ、よかろう。楼閣の記録はまた今年も更新する。退屈と言ったが、すぐに見飽きることも無いだろう。」
矍鑠の顔は少し暗に溶けたようになる。
カサつく草の匂いが流れるのと同時にふっと矍鑠の口が動く。
「ミズチ、君は生きたいように、生きたいものと生きなさい。わたしは下に必ずいる。楼閣の火を最後まで見続ける。」
そう言って、矍鑠はワープ装置とやらの上に乗ると、竜でも捉えられない何かで姿を消すのだった。
2
矍鑠の言うとおり、祭の準備はすぐに始まった。
赤い提灯がテラテラと楼閣を照らす。
ワープ装置と楼閣の間には神官たちが夥しく並び連なる。
思い思いか、それが正解なのか、神官たちはそれぞれに祝詞をあげる。
よくよく耳を澄ましてみれば、皆同じことを言っている気がする。
笛太鼓が耳を打ち鳴らす。
小刻みに音が反響に空気が明るくなり、夜闇を置いてけぼりにする。
音が、空気が浸透し、楼閣に息が吹き込まれるような錯覚に陥る。
敢えて、あの言葉を用するなら、矍鑠が設計し、ミズチが建て、民たちが生かしていると彼は感じていた。
祭りも終盤に差し掛かり、祝詞が大きく割れる。
ここで左右に散らばる神官の姿はいつもやけに恐ろしく見える。
彼を取って食おうと思うような、暴力的な威圧感である。
そんなものは無意味だと一人の神官に向かって、鼻息をフッと吹きかけてやる。
彼はケタケタと笑うと、また人に目を向けた。
今年の
3
一際美しい人間、男女は問わず、ただそれだけの条件で選ばれた人間。
美しいと言っても、一括りにいってしまっても、それは外見だけのものではない。
内面も美しく、外面はそれを補うものであるほどの美しさ、こぼれ落ちるほどの美性、かち割れるほどの美感、それこそが彼らに与えられ、認められた栄光と、名誉なのである。
確かに今年も天成人は人生で出会うことは2度と無いだろうという程の美しさを備えていると言って良い。
赤外線、紫外線、あらゆる光の波長を捉えうるミズチの目にもそれはそうと決まったように写った。
今年は女であった。
一つ前の天成人は男だった、確かその前も男だった気がする。
その前はもう記憶にない。
何も変わらないと矍鑠は言ったが、ミズチの脳細胞はかすかに時を刻み、劣化している。
数千年を生きているのだ、変化しないことなんてあるわけがない。矍鑠と出会ったのも、それを比較すれば、ついこの間のように感じる。
矍鑠の願いが頭を跳ねる。
僕は生きるのか。
まだ。
4
皆に送られ天成人は楼閣の表口に入る。
一階フロアには毎度、豪華絢爛な装飾と、千差万別の食材が雪崩れ込み、それらを一流のシェフが料理し並べる。
皇族、貴族、加えて天成人がその食卓に並ぶ。下座から、貴族、皇族、天成人の順である。
この順番のことをミズチはとても好意的に受け止めていた。
天成人がどのようなものかを考えれば分かるものだが、それ以上に一致団結とした宗教性というか、お上よりのお神という存在を認識できている賢王に感服するのだ。
場は刻一刻と皿を白く染めていく。平になった皿がやけに空白感を増長するのだ。
この食事会は最後のイベントなのだ。
まさに後の祭りといった感じであるとミズチは思う。
「今回も終わったか。」
ふと、ミズチは一人空に音を発する。
祭の後の儀式、敢えてそれを分けていうが、儀式の工程になれば、その人員は大きく減る。
たった一人になる。
5
なぜ、天成人と言うのか。
この疑問に過去の老い知らぬ矍鑠の声がミズチの頭を刺激する。
「この儀式は天人を送る儀式であるからだ。」
「天人?」とオーバーに彼はリアクションする。短い足をこれでもかと、面白く見えるようにした。
「昔のお伽噺でね。下の国にはある日、天から人が落ちてきた。彼とも彼女ともつかない、完全無欠のその姿に人は感服し、平伏した。そのものから発する後光に持って目を焼かれるものさえいたと言う。」
随分と怖いお伽噺だ。
赤いタテガミは揺れ、動揺はヒゲの先を濡らす。
「当時の王は感謝を伝えた、これでもかと彼に見合うだけの装飾品、調度品、食料、家、すべて何もかもを与えた。」
「そして気をよくした彼は「わたしをこの国の1番天に近い場所へ送ってくれ」と言った。」
彼は帰った、おしまい。という話だよ。と矍鑠はいやに最後を急ぎ足で話し終える。
「このお伽噺をなぞって、人の中に生まれる天人に成れる者をつまり天成人が見つかる度に、天に送り返すと言うわけだよ。」
「そして、これが君の楼閣に繋がるわけさ。突如できた楼閣だったけれど、最高の高度にある場所で無いといけないからね。君にわたしは会いにきたと言うわけだよ。楼閣を作ってもらいにね。」
もう懐かしい記憶である。
夜風が心地よく、髪を濯ぐ。過去のあの日もそうであった気が彼はした。
6
祭りが儀式に切り替わり、彼は毎度の如く楼閣の上に腹を天に向けながら、寝ていた。楼閣の中心し、ぽっかりと貫いている、煙突から伝わる熱に体を休める。
夜風は12時に近づくにつれて、弱まっている。じきに無音となろうとする。
ミズチは選択に迫られていた。
楽しくはないが、楽な選択ではある。
退屈を潰す方法を選ぶのだ。
「楼閣の窓から記録を除くか、はたまた、別の何かを探すか。」
記録、楼閣の儀式は決して全てが良いものでは無い。
矍鑠は飽きはしないといった。それと部分的である。酒肉を食う晩餐は確かに飽きない。
残された部分も確かに飽きはしない、けれど正確には慣れはしないだけなのだ。
儀式の部分は慣れない。
最後の、人としての数瞬を数多の行動をとる。
天成人などと呼ばれようと、まだ人間なのである。
例えば。
酔いの先の境地で生み出される小躍りを披露する者もいれば、人としての最高栄誉と思って感謝の念をただ伝えるものもいれば、感謝のあまり天を仰いで美声を知らしめ、喉が千切れるものもいる。
これらはまだ綺麗な方で、そら美しい両の拳骨が抉れ見えるほどまで壁を殴るものもいるし、内包される内側を自分の人としての皮に包まれていると思い込み、生きながら自分の皮を剥ぐものもいる。自分の血を限りなく、舌先から吸い上げ、自己にまた還元するなんてやつも見た。
天人が、天人といえど、欲界の最上階でしか無いのだ。
狂うとは違う、欲の果てとミズチは思っていた。欲を捨てきれなくても構わないのだろうと。
ミズチはその姿を人とは確かに感じなかった。人以外の何か、それが天人なのだとも彼は思った。
7
熟考の末に、ミズチは記録の確認を先にすることにした。
記録の確認。
ある時に矍鑠が楼閣につけてくれた機能だ。五階建ての楼閣の正面側。窓の一つ一つにはめ込まれた人感センサー付き自動撮影機器。人が通りさえすれば、自動的に機械が作動し、その瞬間の全てを録画する。
正面側に一つの階に一つずつ窓は設置され、最上階五階のドーム部には無い。それらの窓を覗くことで確認することができる。
一階は酒宴、三階では儀式が見られる。
二、四階はいつも何も映らない。矍鑠に言ったが、壊れてはいないそうだ。
タテガミを振るわせ、鱗がパキパキと打ち鳴る。
体を動かすだけで、巨大な音がなる。
トカゲのようにミズチは楼閣を下る。
窓の枠組みに手をかけ、2mほどの凹みの先のガラス、赤いランプが表面に浮かび上がり、録画していますとアピールしている。
ミズチは目を凝らす。
豪華絢爛の酒宴をミズチは再度見た。皇族の衣服の綺麗さを目に焼き付け、そこから彼らの政治への態度、国民からの信頼が感じ取られる。力強さ、少なくとも国民からは人気の皇族であることだろうとミズチは思う。
貴族も皇族に寄ったりせず、かといって離れすぎることもない、国王の権威を立てつつ自分の領地が十分に与えられ、満足が見られる。ただ、一国の中心者としての政治に向けられる関心だけで行動しているように感じられた。
天成人は輝いていた。
見事なまでに彩られた衣服に、装飾、それまでの装飾品の数々がその人物に着てもらっているようである。カリスマ性ともまた違う、絶対性、着飾られようと変わらない、美しさであるとミズチは表現する。
しかして、彼女は今までの天成人とは何かが違って見えた。
それが、何か分かりはしなかったが、ミズチはただ退屈の中のこの違和感に興味が芽生えた。
一階のガラスからガバッと顔を離すと、ドタドタドタドタっと二階まで壁を昇る。
三階までの勢いで、壁に尖った爪を立てる。
ガッタガッタと楼閣は揺れる。
二階を通り過ぎる。
光らないが壊れている訳でもないと言う、ガラスの前を走り去る。
三階。
儀式の記録の前にミズチは到達した。
8
記録。
彼女は座っていた。
打って変わって白い衣だけで被われたそれがぽっつりといる。
孤独を足元から顕現させ、悲哀を肩から爛れさせていた。
徐々に鬱血する足の先が見ていて、寒々しかった。痛みすらないほどに、彼女は何も感じないようで。
約30分、それだけの映像だった。
9
四階。
ミズチは通り過ぎようとする。
四階にはランプは灯らないはずだった。
しかし、紛れもなく光るおどろおどろしい灯りにミズチは彼女の姿から感じ取った異様を感じた。奇怪な応えがそこにあるのだと思い込んでならなかった。
だからこそ、初めてそこに煌々と灯る光りに抵抗なくミズチは近づいく。
ガラスに向かって、顔を向けた。
液晶は過去を映し出す。
壁の穴、ドアをただ抜いたような階段からそれぞれのフロアへ出るための穴。
その穴を彼女は行ったり来たりしていた、何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も
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