生まれながらの欠陥品

 いきなり泣き言だらけだったのでどうなるかと思ったが、問答無用で問いかけを始めると、ルルンは真剣にこちらのペースに食らいついてきた。



 どうやら、覚悟を決めると言ったのは本気だったらしい。



 そうして、ルルンの勉強に付き合うこと小一時間。



「あっちー!!」



 休憩室に二人の少年が入ってきたことで、勉強の手は一時休まることになった。



「あ、お疲れー。」

「お疲れ様。」



 ルルンとシュルクはそれぞれ、少年たちにねぎらいの言葉をかける。

 入ってきたのは、集会所のキッチン業務を担当しているエルトとニールだ。



「なんだ、勉強中だったのか。」



 エルトがシュルクの手にある本を覗き、にやりと目を細める。



「おいおい、まだこんなとこで詰まってんの? ……ま、コネ卒業のシュルクがついてるなら問題ねぇか。」



「ちょっと!!」



 エルトの発言に、ルルンがその場を立ち上がった。



「あんたね、自分より年下のシュルクが自分よりもかなり早く学校を卒業したからって、いつまでもいちゃもんつけてんじゃないわよ! 学校を卒業したのは、ちゃんとしたシュルクの実力なんだからね!!」



「はっ、どうだか。召喚学を免除されての卒業なんて、コネ以外のなんだっていうんだよ。」



「いい加減にしなさいよ! シュルクが病気で霊神召喚ができないってことは、ずっと昔から知られてることでしょ!! シュルクが悪いわけじゃないわ!!」



 ……ああ、またこのやり取りか。



 辟易とした気分に陥り、シュルクは目を伏せる。



 ルルンの言うとおり。

 自分は、生まれながらの欠陥品だ。



 霊神召喚に欠かせない霊子。

 自分は、その霊子を寄せつけない体質を持って生まれてきてしまった。



 霊神召喚を行おうにも、呼びかけが届く範囲にすら霊子が近寄ってこないので、結果的に霊神召喚ができない体質と言えるわけだ。



 治療方法や改善方法は、今のところ見つかっていない。



 そういう経緯があり、自分は学校で学ぶにあたって、特別に召喚学を免除された。



 学校を卒業するための最大難関である召喚学を免除されたのだ。

 当然自分は、他の連中に比べると圧倒的な早さで学校を卒業できた。



 とはいえ、十五歳で学校を卒業したのは驚異的だったらしいけど。



 おかげで、一部の奴らからはいらぬ反感を買っているというわけだ。

 こうして絡まれるのはもう慣れたことではあるが、いちいち相手をするのも億劫おっくうである。



 だが、一度火がついてしまったら止められないのがルルンだ。

 これは早々に、手を打たねばなるまい。



「ルルン、落ち着け。」

「でも…っ」

「いいから。」



 溜飲が下がらないと態度で語るルルンを目だけで制し、シュルクは静かにエルトへと目を向けた。



「な、なんだよ。」



 エルトは、不快感もあらわにこちらを睨む。

 シュルクはじっとエルトを見据みすえて……



〈俺に構ってる暇があるなら、少しはルルンみたいに勉強したらどうです?〉



 あえて、ゆっくりと語りかけた。



「はっ…?」



 こちらの言葉を聞き取れなかったらしいエルトが、不可解そうに眉を寄せる。

 シュルクは構わず続けた。



〈あれ…。もしかして、この程度のロアヌ語も聞き取れなかったんですか? キッチンとはいえ、せっかく集会所でバイトできてるのにもったいないですよ? 運命の人がロアヌ族の人だったらどうするんですか? 女性の方に合わせてもらうなんて、男としてはどうかと思いますけど。〉



「………っ」



 こちらの言葉を理解しているルルンが、肩を震わせて笑いをこらえている。

 それで喧嘩を吹っかけられていることだけは分かったのか、エルトが顔を真っ赤にした。



 ニールの方はというと、触らぬ神にたたりなしと判断したのか、完全に傍観者の立ち位置に徹している。



「くそ…っ。だから、お前なんて嫌いなんだよ!」



 エルトが思い切り机を叩く。



「落ち零れのくせに、お偉いさんにばっか気に入られてよ。そうやって、なんでもかんでも見透かした目をしてんのも気に食わねえ。いっつもオレのこと、馬鹿にしたような目で見やがって。」



〈今に限っては、馬鹿にしてるけどな。〉



「ぷっ…」



 とうとう、ルルンが噴き出してしまった。



「てめぇっ」



 エルトが、憤怒の表情で拳を上げる。

 しかし―――



「もうそのくらいにしろって。」



 それまで傍観していたニールがエルトの腕を掴んだことで、エルトの拳がシュルクたちを襲うことはなかった。



「ニール、止めんな!」



「馬鹿か。語学でシュルクたちに敵うわけないだろ。お前もいい年なんだから、口で敵わない相手を暴力で黙らせようとするなよ。二人とも、この馬鹿が悪かったね。」



「いえ、おあいこですから。」



 眉一つ動かさずに答えたシュルクに、ニールは困ったように眉を下げた。



「おあいこ、か。あれでおあいこにしてくれて助かるよ。」

「おい! オレの分かんねえところで話すんじゃねぇよ!」



 場の空気を読まないエルトが、ニールの手を振りほどこうと暴れ始める。



 しかし、ニールはエルトがそれ以上暴れないように首に腕を回し、爽やかな笑顔をシュルクたちへと向けた。



「じゃ、僕らはこれで失礼するよ。ルルンちゃん、勉強頑張ってね。」



 空いている方の手を振りながら、ニールはエルトを問答無用で引きずって休憩室を出ていく。



「ちくしょう! お前なんか……お前なんか、どうせ町から出られないくせに!!」

「エルト、黙れ。」



 最後に、エルトのそんな捨て台詞ぜりふが廊下に響いた。


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