【完結済】梔子の実が開くとき

肉級

予告編

本編前の予告編です。

映画の予告編のようなものを目指した、「映像的短編」です。

文体、雰囲気など気に入っていただけましたら、ぜひ本編もご一読くださいませ。


肉級


「かの者、世界の広さと同じだけの身の丈と三十六対の燃え盛る翼と、そして三十六万と五千の瞳を持っていた」

「なんですか? それ。怪物か何かの記述ですか?」

「いや、天使だよ」

「天使?」

「そう。ユダヤ教の天使」

「そんな恐ろしい姿の天使がいるんですか?」

「居るんだよ。まあ、確かに恐ろしい姿だよな。でも、天使でこれなら、それを束ねる神はもっと醜悪な姿なのかもしれないな」


 彼はそう言って一枚の写真を放りよこす。艶のあるよく磨かれた栗材のテーブルの上を写真が音もなく滑り、私の目の前でぴたりと止まった。

 写真を覗き込む。

 それは水死体だった。

 皮膚は白く、ところどころ破れ、裂けている。

 その灰色にも似た白い肌を見ていると、あるイメージがふっと浮かび上がる。それは、フランス映画のような独特な青白さをまとっていた。


 女が海を臨む断崖に背を向けて立っている。

 白いロングのワンピースを着た女だった。

 青い月の光に白いワンピースが透け、彼女の細身の裸体が影となって浮き上がる。

 女はゆっくりとこちらを振り向く。

 その表情は、月の光の影となり黒く塗りつぶされている。

 しかし、私の手には彼女の心の感触がはっきりと感じられた。

 ああ、彼女は今から死ぬのではない。とっくに

 ゆっくりと彼女の体が後ろ側に倒れていく。

 そして、崖の向こう側へと女の死体は消えていった。

 

「敷島さん?」


 男の吸う煙草の煙が窓から差し込む光に照らされ、灰色とも水色ともつかぬ不思議な色に光りながら、くねりくねりと立ち昇っている。先ほどまで見ていた水死体の肌と同じ色だ。しかし、水死体とは違って煙の表皮はシルクのようにどこまでも滑らかだった。


「大丈夫ですか?」

「ええ、まあ」


 そう言って、再び写真に目を落とす。

 やはりそれは水死体だった。しかし――


 その身体には


「これ、歯型……ですよね?」

「ああ、そうだろうね」

「誰が一体、こんなことを……」

「さあ。頭のおかしな殺人鬼かあるいは」


 男が煙草を咥えて一口飲む。煙草を口からいったん離してから深く息を吸い込み、細く息を吐き出す。吐き出された煙が霧のように彼の体にまとわりついていく。


「――クチナシ様か」


 かちり

 私のすぐ耳元で、歯の鳴る音が響いた。


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