第13話 幼ナーガの新しい宿
戸を開けて二人で中に入ろうとすると竜人は角がつかえてしまうから体を屈める。
狭い部屋の中は簡素だった。
家具は石の机と椅子二つ、木製の棚があるばかりだ。
他に布団代りの薄い布が二枚置いてあり、部屋の奥側に両開きの木窓がある。
左の壁側に暖炉らしきものがある。床は石で、天上を見上げれば所々に蜘蛛の巣がある。長らく使われていない空き家だったらしい。
衛兵達は竜人と少女に翌日まで外へ出ぬよう伝える。
家の入口脇で少女らの出入りを監視する二名の番兵を残して彼らは去った。
室内は木窓を開けても少々薄暗い。
竜人が床に胡坐をかいて壁に背を凭れたので、少女も尾を床につけてぺたんと座り込む。
「セレン。今日よりここが我らの仮住まいだ」
「うん」
街の管理区域にある沼地は霧が煙っている。
監視がしづらくなるから市民権を獲得するまでは立ち入りを禁止されていた。
その間あてがわれたのがこの小ぢんまりとした家だ。
少女は鞄の中から水筒を取り出すと、入り口を開けてちびちびと飲んだ。
石の壁は触ってみるとひんやりして心地よい。
少女は鞄を置いて、ワンピースの裾を掴むと頭の上へ引っ張る。白い布がすっぽ抜けて裸になると、床に寝そべってみた。
小さくて白い胸がぎゅっと潰れる。
「……硬い」
石の床は硬くてざらざらしていた。
ずっと寝そべっていると体中が痛くなってしまいそうである。
少女は身を起こすと、自分の胸と腹が彫像の如く灰色がかっているのに気付いて、撫でてみると粉っぽい。
小さな手でぱんぱんはたいたら土埃が舞ってくしゃみが出そうになる。
少女は床に放ったワンピースを拾ってあっと声を出す。
「む。早速薄汚れているではないか」
目を向けた竜人がからからと笑う。
ワンピースの白い生地が土埃に塗れている。
少女は木窓の外ではたいてみる。しばらくやると綺麗になったが、わずかに灰色っぽい。もう一度頭から被ったらまだ少しざらつく。
少女は気にしないことにした。
部屋の中を観察していた少女が床の上に敷かれていた薄黄色の四角い布を取り払ってみると、下には小さな把手が隠れていた。
気になった少女は小さな手でそれを引っ張ってみる。
「ガレディア、ここ、開いた」
「ほう。地下室があるらしいな」
四角く開いた床の下には階段が続いている。
少女が竜人の手を引いて降りてみると、真っ暗な部屋があった。少女は狭くてじめじめしたこの空間が気に入ったらしい。
床に布を敷いてお昼寝を始めた。
陽が暮れる頃、部屋に衛兵がやってきた。
少女の姿が見えないことに気付いて険しい声で問いかけてくる。
「もう一方の奴はどうした?」
「地下室で休んでいる」
椅子に座る竜人が応じると、衛兵は静かな声で諫めた。
「それは
「そう気を立てるな。セレンの奴も物音に気付いてじきに上がってくるであろう」
竜人の言い切らぬうちに少女は地下室から出てきた。
彼女は衛兵の姿を視界に認めて竜人の後ろに隠れようとするが、鼻をくすぐる匂いにおやと胸を高鳴らせる。彼らは蔦を編んで作られた盆を抱えており、その上には薄布が被さっている。
盆は二つあって、石製机の上に置かれた。
衛兵が布を取ると、パンとスープ、それに水の入った器がある。
「夕飯だ」
それだけ告げると衛兵達は出て行こうとする。
少女は机上の夕飯に近づくと、人差し指でパンを差して興味深げに呟いた。
「これ、何?」
「パンだ」
竜人に尋ねたつもりであったが、衛兵の一人が応じた。
少女は瑠璃色の瞳に不思議そうな色を浮かべる。
「なんだ。
衛兵が呆れたように説明する。少女は理解しているのか否か判然としない表情で、今度は温かい湯気の立ち上るスープを差した。
「こっちは?」
「それは穀類を砕いた粉末とミルクと塩などを用いて作ったスープだ」
食べ物のことが絡むと少女は多少大胆になれるらしかった。
少女は衛兵の答えに満足したのか、椅子に腰かけてパンに腕を伸ばす。それを見届けた衛兵は足早に出て行こうとする。
少女はパンの載せられた皿を両手で掴むと、皿ごと口元に持っていく。
顎を少し上向けて、皿を高めに掲げると、大きく口を開いて皿を傾けた。
少女の拳二つ分くらいある薄橙色のパンがするする下りる。パンはそのまま少女の口の中にすっぽり収まって、ごくりという音と一緒に嚥下された。
少女はすかさずスープの皿を両手で掴み、パンの皿と同じように口元で傾ける。乳白色の液体が川の流れるように滞りなく少女の腹に吸い込まれていった。
少女はスープで白っぽく染まった舌で唇を舐めると、空の皿を見つめて腹をさすさすしながらぽつりと嘆いた。
「……少ない」
ちょうど戸を開けたところだった衛兵が足を止めて少女を振り返る。
「贅沢を言うな! 貴様らを街に留め食事まで出してやっているだけでもありがたいと思……え」
少女の皿を視界に入れた衛兵の怒声が尻すぼみになって消えてゆく。
「……え?」
衛兵は口を開きっぱなしにしたまま少女の口元に視線を移動する。二本の犬歯がはみ出した桃色の唇は端の方がほんのわずかばかり乳白色に濡れている。
時が止まったように唖然としていた衛兵だったが、やがて険しい表情を取り戻す。
「と、とにかく、おかわりはないからな!」
吐き捨てると、彼は逃げるように去っていったのだった。
竜人の食事は少女よりも量が多かったので、ひもじそうな少女に見かねて彼は少し分けてやった。少女はまだまだ空腹そうだったが竜人に感謝した。
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