第11話 幼ナーガ、青天の霹靂


 役人は少女が街へ入る条件を述べる。


「当然のことだが、人間に危害を加えることは許さぬ。加えて、シルトの領土に暮らすのであれば人間に奉仕せよ」

「奉仕だと?」


 竜人が訝しげな顔をする。


「我々の庇護下に入るというのならそれなりの働きをしてもらわねばならぬ。人の地に魔物が入り込むのだ。秩序を乱さぬ為にも市民の信頼を得てもらわなくては困る」

「……承諾した」


 竜人が応答すると、役人は続ける。


「もう一つ条件がある。百日後に投票を行う。街の市民に対して魔物がシルトで暮らすことを受け入れるか否かを問う。そこで過半数の票を獲得して市民の信頼を証明して見せよ。これを満たせば正式に市民権を認めよう。ただし――――――」


 役人は凍てつくような視線を少女に向けた。


「票が足らなかった場合、魔物の娘は拷問にかけた後、市中で公開処刑にして大衆に晒すものとする」


 少女の相貌が固まる。椅子の足に絡みつく尾っぽがぎしりと音を立てる。


「何?」


 これには竜人も色めきたつ。

 深緑色の瞳が怒気を孕む。


 役人はやはり淡々と説明する。


「票が足らないとすれば、即ち魔物は市民の信用に値しなかったということである。それを再び夜の地ノクティスへ返せばいずれ人の地に悪事を働くかもしれぬ。あるいは、伝聞によって此度の件を聞きつけた悪意ある魔物が同じ手段を用いて市中に潜入せんとする可能性もある。我々がそのような行いを許さぬ確固たる意志を提示する為の見せしめである」


 役人は手元の羊皮紙を竜人に差し出す。

 衛兵が赤い塗料に満たされた小さな石の器を傍らに置く。


「誓約書だ。従うなら拇印を押すがよい。押さぬなら諦めて夜の地ノクティスへ帰ることだ」


 百日のうちに市民に受け入れられれば晴れて人の地の庇護下に入ることができる。しかしそうならなければ殺される。


 少女にとってはあまりに恐ろしい条件だった。

 こんな試みは諦めて夜の地ノクティスに帰りたい。そう伝えようとして、少女は隣に座る竜人に顔を向けた。


「あ」


 少女の瞳が目一杯に見開かれる。


 赤く濡れた竜人の親指がちょうど誓約書の羊皮紙にくっきりと跡を残した所であった。


「な、なんで――――――」


 竜人は役人の冷たい瞳を真っ向から見据えて大声を張り上げた。


「面白い! 望むところだ! この童の可愛らしさをもってすれば市中の人間どもを篭絡するくらいは造作もない! 投票の結果をもって人の地にその美貌を知らしめてやろうではないか!」


 役人は羊皮紙を手に取って検めると無表情で頷いた。


「承認した。街へ踏み入ることを認める。私は役職を改め監視官としてこの街に残り貴殿らの同行を監視する。街には勇者殿も来られている。決しておかしな気を起こさぬことだ」

「ほう。人間の猛者か。興をそそる所だが、堪えるとしよう」


 竜人は早速危なっかしい発言を零しながら笑う。


 隣で震える少女は心臓を細い糸でぐるぐる巻きにされて今にもきゅっと締め付けられそうな気分である。




 ――――――かくして幼い蛇尾族ナーガの命懸けの日常生活が始まるのであった。

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