頭文字Dのタイヤ
頭文字Dの主人公である藤原拓海のあだ名は、
『秋名のハチロク』
これは秋名山のダウンヒルで無敵の強さを発揮したから。だけど頭文字Dで出てくる峠道で架空の地名は秋名だけなんだよね。
「架空言うけど春から秋に変えただけやけどな」
秋名山のモデルは榛名山。ダウンヒル・バトルに出て来たスケートセンターは伊香保リンクだし、実際は四連続だけど五連続ヘアピンもある。
「デートに使ったのは榛名湖やもんな」
背景の描写は写真から起こしたはず。それぐらい正確なんだよ。それでも架空の地名にした理由は、
「拓海の住んでる街に色を付けたくなかったんちゃうか」
拓海は中学生の頃から豆腐の配達を毎朝やらされるのだけど、その帰り道でドラテクを鍛えたのがバトルロードの舞台になった秋名の下り。
「秋名を下ったとこに広がるのが拓海の住む街になる」
拓海の住む町は、さして特徴のない地方都市ぐらいの設定だけど、
「榛名を下ったところに広がる街は伊香保温泉や」
温泉街となると、温泉街の色が出る。街並みとか、人間関係とかね。その色を使うのもありだけど、作者は避けている。でも避ければ榛名じゃなくなるから、架空の秋名にしたのかもね。
それだったら他の峠道を選んでも良さそうなものだけど、この辺になると作者の榛名への思い入れだとか、インスピレーションとかの話になって来るからわかんないな。もちろん、フィクションだからモデルはあっても、これぐらいの改変をするのは何の問題もないんだけど、
「連載が伸びたんはあるやろな」
連載漫画は十回契約ぐらいが多いと聞いたことがある。この十回の間に人気が出れば再契約を繰り返し延々と連載は続く仕組み。連載が伸びれば秋名ばっかりでバトルさせている訳にはいかないから、
「峠道も実際のモデルがある方が描きやすいやん。そのたびに架空の地名を付けるのが面倒になったんと、他のとこは連載初期から実際の地名出してたからな」
そうなのよね。妙義ナイトキッズとか赤城レッドサンズとか。その辺は拓海が住む街の問題もないから実名で良いと判断したぐらいかな。
「やと思うで。あの漫画は夜のシーンが多いから秋名以外で生活感はいらんし」
話は秋名に戻すけど、秋名の下りの舞台になったのは伊香保榛名道路。もともと有料道路だったのだけど、頭文字Dの連載の頃には無料になってる。その時の料金所跡がスタート地点になる。
「ヤセオネ峠やけど、赤茶けた給水塔も残ってるわ」
ゴール地点は第一カーブの看板があるところで良いはず。だって漫画の描写そのまんまだもの。ここで拓海は無敵のダウンヒラーの名を欲しいままにするのだけど、
「定番の強豪が現れるんや」
そう拓海のハチロクでは勝てないようなライバルが出現するのよね。つうか、出現しないと話が盛り上がらないし、進まないものね。この時に拓海が勝てた理由の小道具に使われたのがタイヤだった。
「中里のR32も高橋涼介のFCもそれで負けた事になっとるわ」
中里も高橋涼介も序盤から中盤にかけてバトルを有利に展開するのよ。テクニックもあるけど、クルマの性能差にかなりどころでない差があるものね。だけど中里も高橋涼介も終盤に入ったところでトラブルを抱えることになる。
「タイヤの消耗や」
これについても説明はされてた。車体の重量差が一番大きかったかな。だけどさぁ、
「そやねんよな」
秋名の下りの長さが問題なのよ。あれって七・七キロしかないんだよ。たったそれだけよ。
「中里は貧乏そうやから可能性はあるけど・・・」
かなりヘタばったタイヤでバトルに臨んだ可能性でしょ。でもさぁ、でもさぁ、中里が挑んだ時点で既に注目の大一番になってたし、ギャラリーもテンコモリ。秋名のハチロクに勝つことで名を挙げようと挑んで来てるじゃない。
「セブンスターリーフとやった時に、対戦相手の末次は恋人にタイヤの無心やってるもんな」
秋名のハチロクに勝つためにタイヤの新調をしてるのよね。中里が廃棄処分寸前のボロタイヤで挑んでいたとは考えにくいのよね。
「高橋涼介になると絶対新品や」
高橋涼介の家は裕福を越えてお金持ち。秋名用に専用チューンまでしてるもの。それなのにタイヤだけオンボロってあり得ないもの。なのにだよ、たった七・七キロでグリップ力が深刻なレベルまで落ちるってなんなのよ。
「バトル展開からして五キロぐらいやもんな」
トラブル発生までの走行時間だけど、平均時速五十キロでも六分ぐらいで、七十キロも出したら四分ぐらいの話なのよね。もし百キロ平均なら三分よ。距離も時間もいくらなんでも短すぎるじゃない。
タイヤと言えば拓海のハチロクもどうかと思う。拓海は毎日秋名を走ってるのよ。そりゃ、バトルの時ほど激しくないかもしれないけど、あの超絶ドリフトをやってタイヤが消耗しない訳がない。だからと言ってバトルの度にタイヤを履き替えていたら、
「藤原とうふ店の経営に響くやろ」
バトルだけでなく、日常の配達のタイヤだってそうよ。毎月交換でも痛いだろうし、
「毎週交換なんかやったら破産するんちゃうか。そこまで豆腐配達が儲かるとは思えん」
だけど拓海は秋名ではタイヤトラブルはなかったはず。つうか、拓海が起こしてしまったら絶対勝てないものね。中里や高橋涼介はどんなタイヤを履いてたになっちゃうのよ。
「漫画やからスリックを履かせてもかまへんねんけど、それやったらそれで高橋涼介の蘊蓄が炸裂するやろ」
当時だってスリックタイヤの温度管理は重要だったはず。その蘊蓄をあの高橋涼介が話さないはずがないものね。
「それにやで、スリックかっていくらダウンヒルでも五キロはないわ。十勝の一周ぐらいやないか。Qタイヤでも、もうちょっと走るで」
Qタイヤとは予選専用のもので、グリップを重視する代わりに耐久性に目を瞑ったタイヤのこと。頭文字Dの不思議なところは、バトルの勝負のカギがタイヤマネージメントにある事を強調しながら、タイヤ自体については言及しないのよね。
「そやねん、まるでワンメイクのタイヤでバトルしとるみたいな前提になっとるねん」
速く走れるタイヤとなれば、スリックみたいなサーキット用のタイヤを誰でも思い浮かべるけど、あのタイヤが能力を発揮できる条件は狭いのよね。
「公道レースやったらラリー用のタイヤやろ」
ラリーはダートもあるけど、モンテカルロのような舗装路もあり、それぞれに応じたタイヤは開発されてるのよね。さらに言えば、拓海たちがやっているバトルなんか鼻息で吹き飛ばすぐらいの激しい走りをしているとして良いはず。
「そやけど五キロあらへんで」
世界トップクラスのラリー車だってSSぐらいはタイヤ交換無しで走り抜けるものね。そんなタイヤは当時でもあったはずだもの。
「バリ伝に引っ張られたんやろな」
バリ伝の後に頭文字Dは描かれてるけど、バリ伝でもタイヤの勝負はあった。だけど、そうなるだけの必然性もちゃんと描いていた。
「鈴鹿が典型的やな。序盤で大きく出遅れたの挽回するために、猛烈な追走劇をやるんやが、追いついた頃にはタイヤが限界みたいな設定や」
これはわかるのよ。猛烈な追走劇がなくてもレースの終盤になればタイヤは消耗してるだろうって。作者がタイヤマネージメントのエピソードを使いたかったのはわかる。峠のバトルでも長期戦になるものがあったから、そういう時は説得力はあると思う。
「それをたった七・七キロの一発勝負に無理やり持ち込んでもたからな」
作者はタイヤマネージメントをエピソードに使いながら、タイヤ自体に触れなかった理由はわからない。強いて考えると、タイヤの種類の差まで触れると話が煩雑になると判断したのかもしれない。
「バリ伝はサーキットのレースが主体やからタイヤにあんまり差がない前提に出来るからな。それと当時でも高性能タイヤを使えば圧倒的な差になるからやったかもしれん」
高性能になるほど高くなるし消耗も早い。高橋涼介なら用意できても、しがない豆腐屋の息子の拓海に、それを買わせ続ける設定に無理があると考えたのかもしれない。
「こんな重箱考えるのも名作やからやろ」
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