かきよう

鱈場蟹 蠢徊

第六話 「物体」

学校。


建物の右側には、駐輪場の白い小屋根が頭を揃えて並んでいる。駐輪場と学校の建物の間は、地をアスファルトで固められた一本の細路が飄々と伸びている。

人はいない。遅いのだ。もう周りは、青く薄暗い。

じめじめとした妙に生暖かい風が、ゆっくりと耳元を過る。


夏。


この路を少し歩くと、左側に、開けた空間が現れる。

学校の建物の凹みにあたる部分。

丁度、第二体育館の外側に位置する。


そこは、妙に暗く怪しい。

此方の細路側は青色に暗いのに対し、その凹みは灰色に暗かった。


そこにある小さな段差の上に、何かが転がっている。


何だろう?


細くて長い。自分の左腕よりは少し短い。

硬い。プラスティック製であろう。

特有の彩色。赤色と銀色に上下二分されている。


そして、何よりも印象的なのは、その形である。

下の銀色の方は、ほぼ均一な細さをしているが、上の赤色の方は、上に行けば行くほど次第に太くなっていく。そのままずっと太くなっていくかと思うと、あるところまで膨れ上がると、今度は柔らかく細くなっていく。

ああ、そうだ、紡錘形というやつだろうか。

日本史の教科書の端に載っていた、あの写真、法隆学問寺の柱のエンタシスにも何か似ているところがある。


美しい曲線!


ふと、それが何であるかに気づいた。

ジャグリングのクラブだ。


うむ、ジャグリングというと、これを複数個使って芸当をするはずだ。

何故ここに1個だけ佇んでいるのだろうか。

そして、何より、何故こんなところに居るのだろうか。

誰かが置き忘れていったのだろうか、それとも。



そして、それがクラブであると気づいた瞬間から、それは、いかにも滑稽なものに感じられた。彼は、若干の親近感のもとで、その剽軽な柔らかい塊を、持ち上げた。


「こう、、だろうか。」


拍子、右手首をリズミカルに弾ませて、空にそれをひょういと打ち上げた。

それは、綺麗なパラボッラを描いた後、高みに留まった。

と思ったが、それも一瞬のことで、すぐに、ものすごい勢いで地に向かって落ちてきた。

彼の手は、落ちてきたクラブを、捕まえ損ねた。





カラン、カラン、カラン。




それは地面に叩きつけられた。

驚くほど静まり返っていた空間に、驚くほど大きな音が響き渡った。




カラン、カラン、カラン。




刹那にして、周りの空間は、音の束縛を受けて強張った。

音は、いかにも、作られたものだった。

一体、このクラブが、もし、木製だったとしたらどうだったろう。

奥ゆかしい軽快な音が、周りの間と調和・共鳴して、美しい旋律を奏でたのかもしれない。

しかし、現実、それはプラスティックの、冷淡で冴え切った音だった。

周りの間は、一気に氷河期に転落した。




カラン、カラン、カラン。




少年は、不意に、怖くなった。

自然が不自然によって凍え死んだ。

或いは、少年の目の前にあった物体は、自殺した鳥の残骸だった。

正しく言うと、鳥だと思っていたものが、実際は鳥ではなかった。



「恐怖」



少年は、物体を捨てて、逃げる。

身の危険を感じた。



逃げる


逃げる


逃げる



少年の心の中で、形のない神秘的な金色の光が芽生え、その恐怖に抵抗する。



逃げる


逃げる


逃げる



はたして、周りでは、

暗闇の中、沢山の蛍が、偽りのない愛の唄を詠みながら、交々飛び交う。

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かきよう 鱈場蟹 蠢徊 @Urotsuki_mushi

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