第12話
とにかく遊んだ。二十九年の人生で、たぶん一番遊んだ一日だった。
人気のあるアトラクションに腰を据えて並んだり、合間に回転率の良いアトラクションを挟んだり。マスコットキャラの着ぐるみに抱きついたり、小林さんの自撮りに付き合ったり。パレードやショーは横目で観る程度で、基本的には素通りした。
全部は回れなかったが、充分すぎるほど満喫した頃には、陽も暮れていた。
ランチは時間が惜しかったから、露店のチュロスで我慢した。代わりにディナーは、アプリで予約したレストランでパスタを食べた。
食後、小林さんがお手洗いに行ってる間に会計を済ませて――チケット代を出してくれたんだから、ここは私が出さないと――私は店を出て、扉の近くで待った。
今日はずっと、スマホを持つと、パーク公式アプリでアトラクションの待ち時間を眺めていた。もうその必要が無いと思い、SNSを開いた。
「うわぁ……」
いつの間にアップしたんだろう。タイムラインには『みうみう』の今日の自撮りが鬼のように流れた。
中には、さり気なく私とのツーショットが紛れているが……私の顔はスタンプで隠れているから、まあ許そう。疲労感もあって、怒る気になれない。というか、どれも変顔だから、無加工は晒せないと思う。
こういうの、何が楽しいんだろうなぁ。フォロワー一万人のみうみうは、どれも四桁イイネを貰っている。この数が多いと、やっぱり嬉しいんだろうか。私には全く理解できない世界だ。
『ソウルメイトが欲するものは、貴方もまた欲しています』
タイムラインの中で、勅使河原アルテミス伊鶴先生の有り難いお言葉に感激した。やっぱり、ソウルメイトとは前世から繋がっているんだから、考えなくても分かるんですね。
「お待たせしました」
しばらくして、
時刻は午後八時過ぎ。もう閉園が近いが、まだ人通りは多い。
「最後に、あれ行くのか?」
私は、ハロウィン仕様らしいカラフルな光に照らされた、中央の城を指さした。
城のふもとの広場へと、続々と人が集まっている。確か、八時半から花火が上がる。それの観覧と、大勢で騒ぐのが目的だろう。
広場に向かう客の中には、多いわけではないがコスプレしている人が目立った。街の大通りと一緒で、広場はウエーイとなるに違いない。
私は今日一日、飾り付けやキャラクターの着ぐるみ等、パーク内の所々でハロウィンらしさを感じていた。だが、今から起こるであろうイベントが、今日一番ハロウィンっぽいと思った。悲しいなぁ。
きっと、小林さんもこれが今日一番の目的なんだろう。仕方ない。ここまできたんだから、最後まで付き合おう……私は地蔵スタイルで。
「行こうかと思ってましたけど……疲れちゃったんで、もういいです」
だが、小林さんは苦笑した。
「……私のことなら、気遣わなくていいよ」
「いや、そうじゃなくて……ガチのマジでお疲れモードなんですよ」
「若いのに、残念だな」
「ほっといてください!」
歳の差はあれど、私としても満身創痍なので、小林さんのことは笑えない。
広場に行かないとなれば、後はもう帰るだけだ。明日からまた一週間が始まるんだから、それに備えて身体を休めるべきだ。私はいい歳した中間管理職なんだから、本来であれば、そう判断しないといけない。
だが、閉園まで時間がまだ微妙に残っている現状、私は惜しいと思った。……ダメだ、最後まで浮かれきっている。
「最後に、何か……沙緒里さんの乗りたいやつ、乗りませんか? この時間なら、どれも空いてますよ」
それは小林さんも同じのようだった。
ここに初めて来た私を気遣って、最後を委ねたように感じた。
素直に嬉しいが、私としても連れてきてくれた小林さんに感謝したい――事前に調べまくった情報を振り返って、ある決断をした。
「それじゃあ、あれに乗ろう」
私は小林さんの腕を引いて、歩いた。
アプリで待ち時間を調べることはなかった。待つ必要は無いと、確信していた。
やがて、河という体のエリアに、大きな船が見えた。一応は、蒸気船らしい。昼間も何度か目にしたが、夜は漁船かと思うぐらい、明々と光っていた。
アトラクションというより、ただの遊覧船モドキだ。
「疲れてるんだしさ、ちょうどいいんじゃないか?」
「そうですね……。最後はまったりしましょう」
まだ停泊していたので、ふたりで乗り込んだ。
一度に数百人は乗ることができる規模なのに、今は本当にガラガラだった。思った通り、穴場だった。
それでも、他に客が全く居ないわけじゃない。三階建の船の――最も人気の少ない二階で、出航を待った。
船の外縁である手すりに、ふたり並んでもたれ掛かった。
「沙緒里さーん……。わたし、帰りたくないですぅ」
小林さんが、急に泣き言を吐いた。
今日一日バカみたいに遊んだから、その気持ちはわかる。初めて訪れた私にとっては、文字通り『夢の国』だった。
だが、夢はそろそろ終わる。月曜日まで、もう四時間を切っている。そう考えると、現実へと引き戻される感が凄い。
いや……予想外に反動がヤバそうだ。鬱の洪水が押し寄せてきた。既に今から泣きそう。
「私、もうここで暮らす……。転居届出して、ここの住人になる。辞表も書くよ」
「ちょっと! なにバカみたいなこと言ってるんですか!」
マジでヘコんでるのを察したのか、小林さんが慌てた。
キミから負の感情が流れてきたというのに……。
そんなことをしている内に、大きな汽笛が鳴った。船が動き出した。
「思ってたより綺麗だな」
ゆっくりと移る景色を眺めた。
夜だから、真っ暗で何も見えないと思ってた。実際はっきりとは見えないが、夜景の所々にある光が幻想的だった。暗い河に反射してるのも、良い味を出していると思う。
「そうですね。わたし、夜にこれ乗るの、たぶん初めてです」
隣の小林さんは、風に揺れる髪を抑えた。
JKのコスプレして、頭にネズミ耳のカチューシャ載せて――もう見慣れたはずなのに、まだ可愛く見える。というか、やっぱりただの猥褻物だろ。帰ってもお互いに体力残ってたら、エッチなことやらせて貰おう。
「今日は、ありがとうな。私なんかを、連れてきてくれて……。とっても楽しかったよ」
私は正直な感想を言った。
こうして連れて来られなかったら、たぶん一生来ることは無かったと思う。それは実に勿体ないと、今だから言える。
本当に、小林さんには感謝してる。チケット代を払いたいぐらいだ……と思ったが、家賃貰ってないから帳消しには程遠いと理解した。
「それはよかったです……。わたしも、久しぶりに大はしゃぎしました」
いろんなものに対してワーキャー大声あげて、写真撮りまくっていたな。最後までよく体力が保ったと、関心する。
「それに……誰かとここに来たの、本当に久しぶりでした。やっぱり、誰かと一緒に回るのって、いいですね」
そういえば、ぼっちで来ていたと言ってたな。
こうして楽しいことを知った今、次回以降ひとりでも来れないことはないと思う。だが、私はどう転んでもその気にはなれないだろう。
誰かと一緒に来た以上、ひとりだと……たぶん、寂しくなる。
「沙緒里さん、初めてなのにガチなんですから……。最初は引きましたけど、わたしのためにいろいろ調べてくれて、ありがとうございました。おかげで、これまでで一番回れました」
「そ、そうか……」
朝、ゲートでリマインダーを見せてドン引きされたことを思い出す。
小林さんはこのテーマパークのプロを自称していたが、知識だけなら私の方が上だった。位置、混む時間帯、パレードやショーからの人の流れ……それらが私の頭に入っていたからこそ、効率よく回ることが出来た。
それらは、自分のために事前に調べたつもりだった。だが、思えば……その段階で、小林さんと一緒に行くことは決まっていた。小林さんから誘われたんだから、当然だ。
それでも、あの時は小林さんのことなんて頭に無かった。
だから……小林さんの嬉しそうな笑顔を今こうして見ることは、意外だった。自分でも、ビックリしている。
私はずっと、小林さんに何もしてあげられないと思っていた。
何かを貰っても、何も返せないと思っていた。
――別に、貰ってばっかりでもいいじゃないですか。
キミはそう言ったが、やっぱり心のどこかでは割り切れなかった。
でも……今ようやく、キミのために何かをしてあげられたと、小さな手応えを感じた。
ほんの少しだけ、キミに近づけたような気がした。
「黙ってましたけど、ここでデートしたら別れる、ていうジンクスあるんですよ」
ネットで調べ物をしていた時、私もそれを目にした。バカらしい都市伝説の類だと思って、真に受けなかったが……。
「すぐケンカになるからだろ?」
一応は、そのような理由があったはず。
長い待ち時間や意見の違い等、確かにケンカが起きやすい環境だと、今は納得していた。
「でも、わたし達ケンカは一度もしませんでしたよね」
私を巻き込む自撮りに、文句を何回言ったのか思い出せないけどな……。人によってはブチギレてるぞ? 私の寛大な心に感謝して欲しい。
私が行き先を先導して、小林さんが自撮りを挟んで、待ち時間にしょうもない話を聞かされて……結果的には上手くいっただけだ。長い待ち時間がそれほど苦にならなかったのは、事実だが。
「かといって……相性の良し悪しは、また別だろ」
「そんなことないですよ! わたし達、相性最高じゃないですか! 絶対にソウルなんちゃらですよ!」
ソウルメイトの単語すら覚える気が無いんだから、説得力が全然無い。むしろ、強引に丸め込もうとしているように感じる。
けど、まあ……そうであって欲しいと、ちょっとだけ思った。
私は呆れていると、空で大きな音が鳴り響いた。
「わぁ。綺麗ですね」
午後八時半になったんだろう。城の方で、花火が見えた。
おそらく、パーク内のどこに居ても一応は見えるようになっていると思う。
「よかった……。ここから見えた」
船の上から見ようとして、私は最後のアトラクションにこれを選んだ。
船の位置によっては、このエリアにある鉱山で隠れるかもしれなかったが、なんとか逸れたようだ。
「最後までありがとうございます! 沙緒里さん!」
花火でテンションが上がったんだろう。小林さんが、抱きついてきた。
私は反射的に周りを見渡すが、他に客は居なかった。花火が上がり、三階に集まってるんだと思う。
うろたえるも、小林さんをそっと抱きしめるのは、自然な行為だった。
花火の光が、小林さんの顔を照らした。小林さんは嬉しそうに微笑みながら、私を見上げていた。なんだか、とても色っぽく見えた。
目が合って、凄くドキドキした。心臓の鼓動がめっちゃうるさい。もしかしたら、小林さんにも聞こえているのかもしれない。
頭はヤバいぐらいパニクって、何も考えられなかった。
それでも……互いの意思で唇同士を触れさせたこともまた、自然な行為だった。
「ハロウィンじゃなくてもいいんで、また来ましょうね」
「そうだな。次こそは完全制覇しよう」
「あはは……。期待してますね」
ふたりで、花火を見上げた。
最後まで、夢の中にいるようだった。でも、腕の中にある小林さんの存在は夢じゃなかった。
帰りの電車は、ふたり揃って最高に沈んでいた。いっそ、このままどこか遠くに逃げ出そうとしたぐらいだ。
仕方なくも帰宅した後……頭にカチューシャを着けたまま電車に乗っていたことに気づいて、さらに死にたくなった。
故意犯の小林さんは、爆笑していた。
私の気分は最悪だったが、制服姿でエッチさせて貰った。その後、ふたり共体力が限界を迎えて、寝落ちした。
(第04章『公然猥褻罪だと私は思う』 完)
次回 第05章『わたしが同僚から守らないと』
美香は沙緒里と、会社の懇親会であるバーベキューに行く。
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