こんな私にも理解のある彼女ちゃんがいます

未田@『アナタは』特別編の準備中

本編

第01章『実家を追い出されたわたしは死ぬことにした』

第01話

 この世界は、わたしにとって生きづらい。

 か弱いわたしは、理不尽な出来事に耐えられない。


 十月四日、火曜日。

 わたしは昨晩から窮地に立たされていた。もうこの世の終わりだ。

 朝から会社でボーっと適当に過ごしていると、気づいた時には定時になっていた。でも、帰る気になれないので――というか帰れないの体なので、もう一時間ボーっとした。無駄な残業をするなと、クソ係長に怒られた。


 帰るあての無いわたしは、初めて屋上に上がってみた。

 十一階建てのしょぼいオフィスビルには、いい感じの庭園や休憩スペースなんてあるわけない。室外機? なんか大きな機械が唸っていた。暗くてよくわからないけど、屋上だというのにあまり開放感はなく、窮屈な場所だった。

 ここから眺める夜空も夜景も、別に綺麗じゃない。

 この場所も、このビルも、この街も、ぜーんぶダサい! わたしの社会人生活に、きらびやかさなんて無かった。ああ、なんて可愛そうなわたし……。

 念のため周りを見渡すけど、ここにはたぶん、わたしだけしか居ない。だから、屋上ここに来た目的を実行に移すことにした。


「よし!」


 鞄からマスクを取り出して、顔の下半分を隠した。そして、スマホの動画サイトのアプリを立ち上げた。

 時刻は午後七時。ちょうどいい時間帯だ。

 タイトルは――そうだな『この生きづらい世界にさようなら』にしよう。ライブ配信を始めた。


「みんなぁ……。こんばんは……みうみうだよ……」


 半泣きの演技で、スマホのインカメラに向かって話しかけた。


「みうみう、もうムリ……。マジでムリ」


 無理なのは本当。二十三年の人生でベストファイブに入るぐらいには、ヤバい感じ。

 でも、泣くほどじゃない。少ないながらも一応稼ぎはあるから、なんとかなると思う。


『なになに? どしたん?』

『みうみう、頑張れ!』

『またヘラ配信かよw』


 そうそう、これこれ。

 ちょっと弱さをアピっただけで、コメントがずらずらと流れた。中には死ねと思うのもあるけど、顔も知らない誰かに注目されるのって、やっぱ気持ちいい! 人間は誰しも承認欲求を持ってるんだから、当然だよね。

 もっとわたしを見て欲しいな。


「元気出ないからおクスリ飲んで頑張ってるのに……ホントつらたん……」


 鞄から可愛いピルケースを取り出して、白い錠剤をカメラに映した。

 ただの整腸薬だ。明るい所で画質が良いなら、Sの刻印が映るだろう。

 思わせぶりな台詞だけど、本当に飲んでいるから嘘ではない。


「やっぱりこの世界は、みうみうみたいな女の子には生きづらいの!」


 ここで涙を流した。

 自分を『可愛そうな女の子』と思い込んだら自然に泣けた。我ながら、ここまで役になりきる演技力が恐ろしい。

 精神的に不安定な人間――俗に言う、メンヘラ。それをわたしは、ファッション感覚で身に着けていた。

 所詮は、自分を良く見せて注目を浴びるための演技だ。わたしみたいな可愛い女の子がこうしてると、構ってあげたくなるでしょ?


『きっといいことあるって』

『そんなことないよ!』

『さっさと死ねよミカミカw』


 いつの間にか、視聴者が千人を超えていた。突発的な配信にしては、まあまあだと思う。

 ていうか、こいつらチョロすぎ。わたしが可愛いから、これだけ釣れるんだけど。

 盛り上がってきたところで、屋上の隅にあるフェンスまで歩いた。


「ねぇ……。ここからなら、苦しむことないかな?」


 場所を特定されたくないから、一瞬だけ周りと下を映した。

 これでも、言葉はだいぶ選んでる。自殺するとは言ってないからBANされないだろう……たぶん。


『警察に通報しました』


 嘘だろうけど、やめろバカ。


『みうみう死なないで!』


 投げ銭キタ――と思ったら、たった五百円!? わたしの命、それだけの価値しかないの? なめてるの?

 手数料取られて、三百五十円しか入らないんだよ? ランチも無理じゃん。

 まあ、別に投げ銭欲しさにやってるわけじゃないから、いいんだけど……。

 なんか気分も萎えてきたから、そろそろ配信をやめようと思った、その時だった。


「おい! 小林こばやしさん! そこで何やってるんだ!? 早まるな!」


 暗がりで叫び声が聞こえて、身体が一瞬ビクッとなった。

 は、はい? いきなりどうした?

 驚いたのも束の間。冷静になったわたしは、ライブ配信中にリアルの名字が飛び込んできたことに気づいた。


『小林wwwww』

『みうみう、小林っていうの?w』

『何そのウザそうな名字w』


 スマホを見ると、案の定コメントが盛り上がっていた。

 いやいや、自殺配信で草生やすなよ。お前らが死ねよ。特に、最後の奴。

 イラッとしたわたしは、反射的にライブ配信を終了した。その直後、名字の答え合わせになったことに気づいた。まだ、言い訳の余地はあったのに……。あー、どうして頭が回らなかったんだろ。わたしのバカ。

 これまで、自宅での度重なる親フラでミカという本名なまえは割れてたけど、名字まで割れてしまった。もう最悪!


「はー」


 こればかりは、ガチでヘコんだ。どうしてこうなった……。

 もし正義マンがいるなら、自殺配信で注目集めようとしたから自業自得、とでも諭されるんだろうなぁ。

 ていうか、正義マンに邪魔されたし……。ライブ配信中にリアルネーム叫ぶバカは、どこのどいつよ? 親フラじゃなくて何フラだよ?


「小林さん! 大丈夫か!?」


 暗がりの中、ひとつの影が慌てた様子で近寄ってきた。

 女性の声だったけど、一瞬、男の人かと思った。背が高くて、パンツスーツ姿だったから。

 でも、前髪無しのショートのひし形シルエットと、わたしを知ってることから――正体を理解して、ドキッとなった。心の中で正義マンとかバカとか言って、すいませんでした!

 わたしはマスクを外すと、ウザそうな表情から一変、再度ウルウルしてメンヘラモードに切り替えた。


「うぅ……。課長、わたし!」


 近寄ってきたところで、すかさず抱きつく! なんだか良い匂いがした。


「どうしたんだ、小林さん」


 小林小林って、なんかヤダなぁ。美香みかって呼んで欲しいなぁ。

 でも、無理か。たぶん、わたしの名前なんて知らないだろうし……。

 わたしは顔を上げた。

 鼻筋が通って面長気味だけど、どのパーツも整った小さい顔。奥二重と輪郭がシャープな感じで、とにかく超イケメン! はー、よきー。

 三十ぐらい? まだ若いのにパンツスーツ姿が似合っていて、様になってるというか、貫禄があるというか……。いっつも卒なく仕事をこなしてる感じで、バリキャリ感がたまんない! クールな大人なお姉さんの雰囲気に憧れて、超好きです! 見てるだけでも眼福です!

 わたしの所属する国内営業課の米倉よねくら課長が、まさかこの場に現れた。

 これは偶然じゃない。きっと運命だ。死のうとしたわたしを、課長が助けに来たんだ!

 夜の屋上でふたりっきりになれるシチュエーションなら、名字バレのひとつやふたつ、たぶん安い。


夏目なつめ係長に怒られたのか?」

「はい。あのバ……係長からは毎日怒られてます」


 危ない。本人がいないとはいえ、思いっきりババアって言いかけた。


「悪いな、小林さん。キミのこと、係長に任せっきりで……。でも、あの人なりにキミのこと思ってだな……」


 えー。クソ係長の肩持っちゃうの? ショックなんですけど……。

 でも、違うの。あのババアに毎日ネチネチ言われてるのは本当だけど、今慰めて欲しいのはそっちじゃないの。


「仕事のことじゃないんですけど……昨日、すっごく落ち込むことがあって……もうダメだと思って……ここに」


 うんうん。嘘は言ってないよ、わたし。

 俯いて涙声でボソボソ言って、肩を思いっきり震わせた。


「そ、そうなのか? だからって、命を投げ出すような真似はダメだぞ? たったひとつの命なんだから、大切にしないと……」


 顔を上げると、課長は普段見せないような必死な表情で、テンプレ説得を口走った。

 意外だけど、ちゃんと感情あるんですね。わたしのために、ありがとうございます。


「そうだ。何か相談はなしあるなら聞くから、今から夕飯ごはんでもどうだ? 私が奢るぞ。何食べたい?」


 よし、キタ! 落ち込んでる部下を外食に連れていくのは、上司として神対応だと思う。

 それに乗っかるだけでもいいんだけど……折角なら、もうちょっと甘えたいなぁ。

 わたしは、さらにぎゅっと抱きついた。ウエストの細さにビビった。


「ありがとうございます、課長。でも、すいません……。デリケートな話なんで、人のいない所でふたりっきりがいいんですが……」


 わたしは、涙目かつ上目遣いにお願いした。

 これで落ちない女なんて、いないっしょ。


「たしか……課長の部屋、会社ここから近いんですよね?」


 どこで知ったか忘れたけど、わたしにはその情報がある。それもあって、課長には社畜じみたイメージが強い。

 個室のお店よりも、やっぱプライベートでしょ自宅でしょ! 入りさえすれば、ワンナイト余裕ですわ!

 課長は困った表情で視線を外した。躊躇しているようだった。

 ええいっ。こうなったら、最後のひと押しだ。

 わたしは米倉課長の胸元に顔を埋めて、えっぐえっぐと嗚咽を漏らした。……胸もスレンダーだった。


「わかったよ、小林さん。あんまり良い所じゃないけど……とりあえず私の部屋に行こう」


 よっしゃ。言質取ったから。

 確かに昨日はそれなりに最悪だったけど、結果的に超ラッキーな方に転んだ。


「ありがとうございます、課長。わたし……課長のこと、大好きです」


 わたしは再び顔を上げて、涙目で微笑んだ。心の中ではガッツポーズをキメていた。

 感謝の意味で大好きって言ったけど……勘違いしてくれないかなー。付き合ってくれないかなー。まあ、そのへんはじっくり攻めていこう。

 こうして、わたしは憧れの課長を半ば強引にお呼ばれさせた。

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