4章。聖王都の攻略
30話。グリゼルダの秘めたる想い
【吸血姫グリゼルダ視点】
「やったのじゃああああ! この椅子に再び座れるとは思っていなかったのじゃあ!」
わらわは魔王城の玉座に、どっかりと腰掛け、幸せを噛み締めた。肩には『魔王代理。魔王軍ナンバー2』と書かれたタスキをしておる。
カイ様の留守中は、その全権を委任された魔王代理として、この玉座に座ることを許されているのじゃ。えへん。
「この玉座を取り返せて、父上も草葉の陰から喜んでおられようぞ!」
「エルザをおびき寄せて、罠にはめたカイ様の手腕はお見事でしたね。グリゼルダ様!」
「まさしく、その通りなのじゃ! すべてカイ様のおかげなのじゃ!」
勝利の宴は丸一日続けられたが、まだ余韻が残っているのじゃ。
新たなる魔王誕生と、魔王城奪還の知らせは、魔族たちの間に瞬く間に広がった。カイ様の家臣になりたいと大勢の魔族たちが押し寄せてきておる。
もう、わらわは、ずっと興奮しっぱなしじゃ。
「ぐううううっ……!」
恨めしそうな顔で、わらわを睨むのはエルザじゃった。
エルザは『魔王城を侵入者から守れ』とカイ様から命令されておる。なんでも、聖者ヨハンが偵察を放ってきているようでな……
仇敵が一転、城の守りの要となるとは感慨深いのじゃ。
「エルザ殿。他にも隠している財産がありましたら、カイ様のためにすべて出していただけますか?」
サーシャが咎めるように告げた。
「そうじゃ! まだ隠しておらぬだろうな?」
「も、もう無いってば……! しつこいな!」
エルザは不機嫌そうに唸った。
カイ様によると、エルザは自分自身に記憶操作の魔法をかけて、金品を隠しているので油断ならぬとのことじゃ。
万が一、敵対する者に捕まった場合の対策らしいのじゃが……この娘の金への執着は相当なものじゃのう。
エルザは17歳という若さで、1億ゴールド近い財産を持っておった。驚きなのじゃ。
「エルザよ。そなたは【四天王】といえど、軍の指揮権は無く、扱いは一兵卒同然じゃ。わらわたちに対して敬語を使わぬか?」
「その通りです。グリゼルダ様は、前魔王様の姫君にして、カイ様の信任熱き魔王軍のナンバー2。頭が高いですよ」
「ふんッ! 私が服従する相手は、魔王カイ様であって、お前らじゃない。カイ様に相手にされてない癖に、偉そうにするな。ちんくしゃ姫が!」
「な、なんじゃと!? わらわが相手にされていないとは、どういう意味じゃ!」
わらわは激怒して、玉座から立ち上がった。
「わらわはカイ様から、弟子として闇魔法も教えていただいておる! あのお方と、もっとも距離が近いのは、わらわであるぞ!」
「ハンッ! もっとも距離が近いだって? 笑わせる。コレットがやってきたら、あんたはナンバー2の座を、あっという間に追われるだろうにね」
「ぐむっ……!」
痛いところを突かれて、わらわは呻いた。
カイ様の心にはコレットしかないことは、周知の事実じゃ。
あの方はコレットを取り戻すために、聖王都に攻撃を仕掛けるつもりなのじゃからな。
「グリゼルダ様に対する無礼は許しませんよ!」
凍り付くような目をしたサーシャが、エルザに短剣を突き付ける。
じゃが、エルザは構わずに続けた。
「まっ、要するにさ。あんたは女として、見られちゃいないってことだよ。前魔王の娘ってんなら、本来はあんたがカイ様の妃の座に着くのが順当だったろうにね?」
カイ様に出会うまでは、わらわこそ魔王となると自負しておった。
じゃが、カイ様に出会って、このお方こそわらわが仕えるにふさわしい魔王様だと痛烈に感じた。
そして叶うなら、その妃になりたいと願ったのじゃが……
「そ、それがどうしたのじゃ!? わらわは四天王としてカイ様を支える。それで十分じゃ!」
「へぇ~? 好きな男が、別の女と愛し合う様を近くで見せられながら、あんたはこれから生きていくんだ?」
「……許さないと申しましたよッ!」
サーシャがエルザの首を、ナイフで浅く突き刺した。頸動脈に届くギリギリの位置。
エルザは本気の殺意を感じて、たじろぐ。
「エルザ殿。あなたは、魔王軍に不和を起こすつもりで、このような戯言をグリゼルダ様に吹き込んでいるのですか? でしたら、今ここで反逆罪で処断いたします」
「わわわわかったよ。じょ、冗談だって……!」
まさか、たった数日で、エルザにわらわの秘めたる想いを見抜かれるとは思わなかった。
コレットの救出は、カイ様の悲願。じゃが、それを成し遂げたら、もうカイ様はわらわのことなど、相手にしてくれぬだろうな……
それが嫌で、弟子にして欲しいなどと頼み込んだのじゃが。
その時、カイ様が玉座の間に姿を現した。
「グリゼルダ、傭兵団【赤いサソリ】との連絡がついた。こちらとの交渉のテーブルについてくれるそうだ」
「おおっ! カイ様。お帰りなさいませなのじゃ! 他の魔族領からもカイ様の噂を聞きつけた魔族が、忠誠を誓いたいと続々とやってきておりますのじゃ!」
わらわは大喜びで、玉座を降りる。
王座に腰掛けたカイ様は、まさに支配者にふさわしい貫禄じゃった。
……あっ、いかぬ。ついつい、カイ様に見惚れてしまった。
わらわはカイ様の代理として、魔族どもの謁見を受けていた。その報告をせねば、ならんのじゃ。
「ありがとう。俺の留守をよく守ってくれたな、グリゼルダ」
報告を行うと、カイ様はわらわを労ってくれた。
わらわは天にも昇る気持ちになった。
「と、当然なのじゃ! わらわは魔王軍のナンバー2! カイ様の留守を守れるのは、わらわをおいておらぬのじゃ!」
「はい、その通りで、ございます!」
「実は、【赤いサソリ】との交渉に、グリゼルダも同行してもらいたいんだ。トップが、人間と魔族のハーフらしくてな。俺とグリゼルダが仲が良いところを見せれば、好印象だと思うんだが……」
「な、なんと!? もちろんなのじゃ! わらわがお役に立てるのであれば、喜んで!」
カイ様はエルザを睨みつけた。
「それとエルザ。グリゼルダは俺の右腕だ。たかが奴隷の分際で、舐めた態度を取るな。死にたいのか?」
「は、はぃいいい! 申し訳ありません!」
エルザは蛇に睨まれた蛙のように縮み上がった。
傍若無人なこの娘も、カイ様の前ではかたなしじゃな。
なにより、カイ様がわらわを右腕と呼んでくれたことが嬉しかった。
わららは何があろうとも、カイ様に一生ついて行くのじゃ!
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