31話。勇者アレス、死刑となるべく王城に投獄される
【勇者アレス視点】
「ちくしょう。勇者である俺様が、ゴミ漁りだと!?」
早朝、俺様はゴミ箱をひっくり返して、食い物を探していた。
聖王都中に、『勇者を騙った詐欺師。下着ドロボーの変質者!』として指名手配された俺様は、店に入ることもできなくなっていた。
「コレットは、兄貴──魔王カイに対抗するための聖女として、王城に招かれたっていうのによ! 世の中間違ってやがるぜ」
今頃、コレットはうまい物を食ってやがるんだろうな。
本当は俺様が勇者として、その横に立つことができたハズなのに……
俺様は苛立つ心を、貴族屋敷から盗んできたお嬢様の下着をクンカクンカして鎮めた。
「くそぉおお! 今の俺様の財産と言えば、コレだけだぜ!」
せめて、兄貴に壊された聖剣に代わるような強力な武器でもあれば、一旗揚げることもできるんだけどな。
兄貴は今じゃ、聖王国と敵対するホンモノの魔王だ。
本来なら俺様が成敗して、コレットから「きゃーっ、素敵。抱いて!」と言われているハズだったのによ。
その時だった。
「やった! ついに念願のフレイムソードを手に入れたぞ!」
剣を自慢気に掲げている冒険者がいた。魔剣らしく、強烈な魔力の波動を感じる。
「……フレイムソードだと? 確か、炎の精霊を宿した有名な魔剣だよな」
見ればまだ若い駆け出しの冒険者だった。上品そうな顔立ちをしているので、おおかた貴族の三男坊あたりだろう。
貴族が武者修行として冒険に出ることもある。
「ヒャッハー! 運が向いてきたぜ。おいお前、その剣をよこしやがれ! 俺様が魔王討伐のために使ってやる!」
「はぁ? なんだ、お前は……?」
ズカズカ歩み寄ると、若者は面食らっていた。
「俺様は勇者だぜ! この【光の紋章】が目に入らねえか!」
紋章は何だかよくわからねぇが、また元に戻っていた。
なら利用しない手はねぇな。
「勇者様!? いや……指名手配ポスターで見たぞ! 勇者を名乗る下着泥棒の変質者じゃないか!?」
「バカヤロー! 勇者は魔王討伐のためなら、何をしても許されると聖王国の法律で決まっているんだ! 口の効き方に気をつけろ!」
「聖剣を持つ本物の勇者様が、武器を奪おうなんてするものか!? 騙されないぞ、詐欺師め!」
生意気にも若者は反論してきた。
ちっ……。俺様は周囲を見回した。幸い、通りに人気(ひとけ)はねぇな。
「なら、殺してでも奪い取ってやる! ヒャッハー、勇者の力を思い知れ!」
「うぁあああっ、何をするんだぁ!?」
俺様は若者の胸ぐらを掴んで、力任せに地面に引き倒した。
強力な武器さえあれば、俺様は魔王に対抗できる勇者として、金も女も名声も手に入れることができるんだ!
兄貴に一度負けたのは、たまたま油断していたのと、レベルがまだ1だったからだ。勇者こそ最強のクラスに違いねぇんだ!
ここからは、バラ色の未来が……
「衛兵さん、こっちです。ここに変質者がいますよ!」
「さっき、あの男が女性の下着の匂いを嗅いでいるのを見たんです。指名手配の偽勇者で、間違いありません!」
「早く捕まえてください!」
その時、魔法学校の制服を着た娘たちが、衛兵を引き連れてやってきた。
「や、やべぇ、早く逃げねぇと……!」
俺様は慌てて離れようとする。
「勇者様をかたる犯罪者め! このフレイムソードの錆にしてやるぞ!」
若者が怒りに任せて剣を抜いた。刀身に噴き上がった炎が絡みつく。
「うるせぇええ! もうてめえの相手なんざしている暇は……ぎゃあああッ!?」
逃げようとした俺様の背中に、フレイムソードから発射された火炎が浴びせられた。あまりの痛みに俺様は絶叫する。
「アチィイイイッ!?」
俺様は地面をゴロゴロ転げ回った。なのに、服に燃え移った火がまったく消えない。
死ぬ! このままじゃ、死んじまうぞ!
「お、おい、衛兵と女ども! 俺様を助けろぉ! 勇者様のピンチなんだぞぉ!?」
「きゃああああ!? 変質者がこっちに来るわ!?」
娘たちは、蜘蛛の子を散らすように逃げ出す。
火から逃れるために服を脱ぎ出したのが、マズかったみてぇだ。
「貴様、何をしているかぁああ!?」
「今度は、強盗か!? 腐れ外道めぇえええ!」
衛兵どもが、駆け寄ってきた。
奴らは持っていた警棒で、俺様をボコボコに殴る。
「ぎゃあああッ! に、偽物じゃねぇ!? 俺様は本物の勇者! この【光の紋章】が目に入ら……!?」
右手の【光の紋章】を掲げようとすると、それはまた【暗黒の紋章】になっていた。
俺様が勇者として当然の権利を使おうとすると、毎回、【暗黒の紋章】に変わりやがるぞ。
「この期に及んで、まだそんな嘘を言うか!?」
「隊長! 魔王が聖王国を狙っている時に、こんな悪質な嘘をつくなど、絶対に許せません! こんなヤツは死刑にしてやりましょう!」
「うむ。勇者様をかたっての詐欺、強盗、恐喝。死刑以外はあり得ない罪だな!」
衛兵たちは、とんでもないことを言い出した。
「衛兵のみなさん、コイツは僕を殺してフレイムソードを奪おうとしました。厳罰をお願いします」
「こ、これはマカリゼン伯爵家の坊ちゃま!? はっ! もちろんでございます!」
若者は良いところの貴族だったらしく、衛兵隊長が恐縮していた。
俺様は血の気が引く思いだった。
「コ、コレットのところへ連れて行け! 俺様は聖女コレットの幼馴染だぞ! 俺様を殺したら、聖女の怒りを買うことになるぞ! それでも良いのか!?」
「なぜ、貴様のごとき低俗な犯罪者を、聖女様と会わせねばならない? バカも休み休み言え!」
「嘘ばかりつきやがって、死ぬほど痛めつけてやる!」
「ぎゃああああッ!?」
衛兵たちは俺様を、気絶するまで殴り続けた。
気がついたら俺様は、凶悪犯が収容される王城の地下牢に放り込まれていた。
そこで、俺様は聖者ヨハンと出会った。
聖者ヨハンによって、魔王軍に対抗するための捨て駒にされることになるとは、俺様は想像もしていなかった。
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