本郷-13

「おい、赤志?」


 突如笑いだした赤志に奇異の視線が刺さる。

 それを気にせず赤志は手を大きく叩き続けた。


「そりゃ奪う! そりゃ奪うよ! バビロンヘイムでも滅多に見られない”禁呪の回復魔法”を扱う歌姫の魔力ギフトだ! そら薬も作りやすくなるわな」


 笑い声が木霊する中、理解できない藍島と武中は渋面になる。

 唯一、本郷だけが理解しようとしていた。


「回復魔法とやらは禁呪なのか?」

「……ん? あれ? 浸透してねぇの?」

「レイラ・ホワイトシールが回復魔法を使えるということは知らない。ライブを盛り上げるためにパフォーマンス用の魔法が扱えるということくらいの認識だ。そして歌声がまさに魔法のようだ、とも」

「ヤバい。ってことは俺、機密喋っちまったってことか。まぁ隠すわな」


 赤志は長めに息を吐いた。


「回復魔法ってのは心身の傷を癒すことができる。ゲームとかと同じイメージでいいぜ。仕組みとしては自身と相手の魔力量を混ぜて増幅させて体内細胞の活動を促進させる」

「ということは、レイラ・ホワイトシールの魔力が混ざるな……それで魔力を操ると?」

「正解。大量の魔力も暴走させないよう”制限”を設けることだって出来る。そのまま回復し続ければ過剰回復……過剰反応の方がいいか。それでパンクする。けれど使い方によっては大量の魔力を保持させて安定させることも可能だ」

「他人の魔力を取り込むんだろ? まさか、レイラの操り人形になったりとかか?」


 武中が口を挟んだ。赤志は頭を振った。


「魔力が混ざるだけで、レイラが操作できるようになる、みたいなことはない」

「だとしたら、極論だが現世界の人間全員が狩人になれるな」

「魔法の天才集団の出来上がりだよ」

 

 秀才と凡才。上と下。勝ち組と負け組がいるがゆえに成り立つ歪な世界で、それらの境界線が無くなり全員が同じラインに立つこととなる。


「そうなったらどうなるよ。本郷」

「誰が一番優れているか。己の力がどれほどのモノか。争いが起きるな」


『頼む……クスリ、売らないと。魔法、使えたら、勝ち組になれるんだ……』


 先日確保した若い売人の言葉を思い出す。勝ち組、というのはそういうことか。


「限界まで魔力を高まると”ブリューナク”が勝手に発現しちまう。魔力暴走事故の原因は”ブリューナクこいつ”なんだよ。けどその問題が解決して、全生物が安定して発現できるようになったら? 世界の終わりだ。だから禁呪なんだよ」


 赤志は肩を竦めた。


「さっき尾上さんも言ってたけど、魔力は徐々に減らす必要がある。活性化させるのは一部だけにしないとな」

「だから量が分かれているのか」


 武中が感心するような声を出した。


「それでも2、3回打てば充分です。例えば保持できる紅血魔力ビーギフトの最高値を100%として、すでに70%保持している人間がいたとします。その人に「プレシオン」を一度使えば、30%まで減らせることは立証済みです」


 確かに非常に強力なワクチンだが懸念点がある。本郷が口を開いた。


「副作用は?」

「基本的にありません。少し体温が熱くなるか接種部位が痛むとか」

「嘘は無しです」


 ピシャリと言った。尾上は決心したように真っ直ぐ見据える。


「本当です。あえていうのであれば特徴的な現象が起こるくらいです」

「それは?」

「体温が上昇します。時間にすれば20秒ほど。魔力量が増加し紅血魔力ビーギフトが活性化し全身に行き渡るのが原因です。”制限”を設けており体温も0.5から1度ほど上がるだけです。人体に悪影響を及ぼすことはありません。体調不良の報告もなく、接種後は魔力が減っていきます。つまりこれは副作用とは認められてません」

「影響があろうと無かろうと症状が出るのであれば公にするべきでは?」

「……変に危険視されたら「プレシオン」の接種が遅れるだけなんです。魔法の犠牲者を出さないためにも、危険ではないと判断されたら押し通す。それだけこのワクチンには効果と、巨額の資金が投入されているんです」


 金額、という言葉を聞いた瞬間、本郷は奥歯を噛んだ。結局金だ。諦めたように数回頷きタブレットに視線を移す。


「予測ですが、進藤、というより「シシガミユウキ」はワクチンを改良し「トリプルM」を作っているのかもしれません。それで金儲けをしているのか」


 本郷は言いながらどこか引っかかった。

 暴走を起こさず魔力量を上げられるというのは需要があるが、そんなに大量の顧客を抱えているのか。


 そもそも「グリモワール」はなぜ進藤に協力するのか。そこがおかしい。本郷は目間を摘まむ。


 もし「グリモワール」者たちが魔法を使えるくらい強くなったら、進藤に従わずに暴れていてもおかしくない。薬一個でそこまで従順に従うのか。ジャギィフェザーが抑止力になっているのか。

 

「武中。お前、確保した暴徒たちから取り調べを行ったか?」

「数人な。どいつもこいつも支離滅裂なことしか言わねぇ。襲った時とは別人みたいに大人しくなったり、精神異常のフリをしたり、記憶喪失のフリしたり様々だ」

「魔力量が上がった人間はそんな風になるのか?」

「薬の副作用の方が原因だな。トリプルMには微量だが麻薬成分が入ってるらしい。こういう症状はあり得る」

「微量で警察官を刺し殺すまで錯乱するか?」


 武中は首を横に振った。

 違和感が胸中に渦巻く。その靄を晴らしたいと思っていると、赤志が天を仰ぎつつ背もたれに体重を預けた。


「問題は”ブリューナク”だなぁ」

「あれだろ? 魔法で作られた鎧というか武器というか」


 武中が視線を斜め上に向ける。


「あんた、あんま詳しくないのな」

「武中は魔術系に疎い人間なんだ。子供しか喜ばんとか言ってな」


 赤志は頭を掻く。


「異世界ってのが認識された時点でその考えは改めろよ」

「なんかガキ臭ぇし恥ずかしいだろ? いい年こいて魔法だなんだ。大人のくせにゲームとか漫画のファンタジーに憧れて喜ぶのは情けない」


 藍島が唇を尖らせた。それを仕事にしている者からすると小馬鹿にされた気分だろう。

 赤志は鼻を鳴らした。


「”ブリューナク”ってのは魔装まそう。魔法で作られた装備のことだ。魔具まぐとも言われてる。”ブリューナク”を身に纏うと、個人が持つ固有魔法を強化してくれる」

「固有の魔法? 炎とか氷出すとかか?」

「それもある。千差万別なのよ。俺も色んな奴と戦ったなぁ」


 赤志が得意げに語り始める。


「山ごと動かす力持ちの奴とか、街ひとつを巨大な生き物にしちゃう奴とか。地味なのだとさっきも言ってた地水火風を操る奴とか、毒物を体から噴出するとか、幻惑使いとか、他人を洗脳したり。電子機器を操るとかもいるぞ。あとは殺した獣人の能力をコピーして扱うとかいう頭のおかしい能力も────」

「待て赤志」


 本郷が口を挟む。額に拳を当てている。


「お前今なんて言った?」

「は? えっと……獣人の能力をコピーする奴?」

「違う。もっと前だ」

「……毒物とか幻惑使いのこと?」

「その後」

「せん────」


 赤志は目を見開く。本郷が何を悩んでいるのか理解したからだ。


「……マジか」

「思い当たる節はあるか」

「ある。電車事故の時」

「俺も同じだ」


 本郷はナイフで襲われた場面を思い出す。


『やめて!! 違うんだ!! 助けてくれ!! 頼むよ!!』


 あの顔は覚えている。本郷はタブレットを手に取る。


「尾上所長。動画は見れますか?」

「プライベート用じゃないですけど、一応」


 慣れた手つきでアプリを起動し動画の検索欄にワードを打ち込む。映像を流し全員に見せる。

 12月4日の朝に流れていたニュースだった。


『────警察関係者は「グリモワール」をテロ組織と同等の扱いとする、と発表し、各地でのデモを禁止し、組織を解体するよう呼び掛けております』


 画面が切り替わり、たまプラーザ駅上空映像が映される。多くの野次馬に救急車や消防車が待機していた。


『騙されないでくれ!! こいつら国家の犬はワクチンの危険性を隠蔽している!!

 打った者は3年後に確実に死ぬんだぞ!!!』


 再び映像が切り替わる。機動隊と魔法使いのコスチュームに身を包んだ男同士が怒鳴りあっていた。


『暴れるな!!』

『おいなんだよこれ! 頼むよ話を聞いてくれ!! なぁ! なんで、なんでことに……どうして……!?』


 制圧姿勢で取り押さえられながら、「グリモワール」の男が泣き喚いている。


「コイツだ。俺を襲ったのは」


 映像を止める。


「この被疑者と面会する」


 立ち上がりコートを羽織る。


「おい、ちょっと待てって!」


 赤志がそれに続く。

 2人はほぼ確信していた。進藤かジャギィ、どちらかが必ず、洗脳魔法を使っていると。

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