本郷-1

 運転席に座る刑事は、正面の建物を睨みつけていた。

 カロリーバーを口に運ぶ間も、顎を動かしている時も、怨念の籠った瞳を外そうとはしなかった。


 仲町台なかまちだいにある進奏高等学校しんそうこうとうがっこうの正門は閉ざされている。どこの階層も明かりが点いていない。

 当然だ。11月24日木曜日という平日の23時を回っている。明かりがついていたらそれこそおかしい。


 本郷縁持ほんごうえんもちは、そのおかしさを待ち望んでいた。


『標的に動きあり。各位、校舎内に侵入してください』


 耳に入れたインカムから男の声が流れてくる。校舎2階で待機している部隊からだった。

 喉を鳴らし愛車のBMWから降りる。緑色のモッズコートを翻し正門へ向かう。

 

 私服やスーツに身を包む者たちが集まり始める。最初に正門に到着した本郷は門に手をかけ体を宙に浮かす。

 200センチジャストの身長と100キロを超える体重を持つ大男は、その重さを感じさせない跳躍を見せ、音もなく着地する。


『場所は1階。1年2組です。昇降口に入ったら左手に』


 指示通り向かうと指定の教室前に男が2人いた。片方が細長い管のような物を引き戸に当てている。超指向性マイクロホンで室内の音を拾っているのだ。

 近づくとイヤホンが差し出された。インカムとは逆の耳に入れる。


『信頼しろよ』

『してるって。でも確認は必要だろ……よし。これでお前も立派な魔法使いだ』


 ドアの小窓から中を覗く。金の束と小分け袋を交換する瞬間が見えた。

 本郷はイヤホンを乱雑に取ると右足を上げ、


『突入!』


 合図と共に喧嘩キックでドアを蹴飛ばした。

 くの字に折れたドアが教室内に飛び込み、派手な音を立てる。

 続けざまに本郷も中に入り相手を視認する。


 教室の中央部分にいたのは3人。ひとりは驚愕している金髪の若い男。次に茶髪の若い男。机に置かれた紙の束をリュックに入れていた。最後にスーツの男がいた。

 全員の視線が本郷に注がれる。


 オールバックの髪に、壁がそのまま動いているような体格。服を着ていてもそのガタイの良さは見て取れる。丸太のように太く長い手足はまるでホラーゲームに出て来る生物兵器のよう。


 そんな本郷を目の当たりにし恐れをなしたのか、黒スーツが悲鳴を上げて窓に向かった。


『確保!!』


 外で待機していた部隊が一斉にライトを向けた。スーツ男の足が止まる。

 本郷は机や椅子を吹き飛ばす勢いで払いのけ、スーツ男に近づく。


「動くな! 警察だ!!」

「くそっ」


 慌てる男の肩を掴みふり返らすと襟を掴み片手で持ち上げる。


「うぇっ!?」


 そのまま背負い投げの要領で男を床に叩きつけた。肉がぶつかる嫌な音が木霊する。背中を強打した男は目をかっぴらき、泡を吹いた。


「うわぁあああ!!」

「暴れるな!!」


 金髪の男はすでに別の刑事が取り押さえている。

 残った茶髪は黒板の前で両手を上げていた。


「ちょ、ちょっとなに。やめてよ」


 薄ら笑いを浮かべる相手に詰め寄る。


「気に食わないな」

「な、何が?」

「お前の態度だよ」


 胸倉を掴む。


「誰が売人だ?」

「あ、あいつだよ。あのスーツの」


 瞳が不自然に動くのを見逃さなかった。


「お前だな。深夜の学校で薬物の売買か。ふざけやがって」


 仁王を彷彿とさせる怒りの顔を前に茶髪の口がピクピクと痙攣する。


「お前学生か」

「だ、だ、だったら?」

はなんだ」

「し、知らねぇよバーカ」


 瞬間、本郷の拳が相手の右頬を打った。茶髪の首から上が横を向く。


「名称は?」


 目を丸くする相手に、もう一度拳を叩き込む。


「名称は」

「ト、トリプルM」


 茶髪は血を吐き出しながら答えた。


「改良型MDMAだな。魔力ギフト増強剤の。誰から受け取った?」


 再び拳が右頬を抉る。


「誰から受け取った?」


 裏拳が左頬に当たる。


「答えろ」


 舌打ちし腹部に拳を叩き込む。茶髪が血反吐を撒き散らす。


「誰からだ」


 茶色の髪を掴み無理やり持ち上げる。

 怯えるその人中に、拳を叩き込む。


「ぶぁ!!」

「さっさと喋れ!! ぶち殺すぞ!!!」


 怒号と共に後頭部を黒板に叩きつけた。


「や、やべ、やべで! じらない! じらないびどがらもらっでだんでず!」


 茶髪の顔は涙と血と腫れでグチャグチャになっていた。


「し、し、「シシガミユウキ」がらの、ブレゼンドだって」

「知らない人ってのはなんだ? ヤクザか」

「ば、ばがりばぜん」

「「シシガミユウキ」に会ったことは」

「な、いでず。どこにいるがも、じらないでず」


 長く息を吐く。

 今回も、空振りだ。

 捜査上、売人のような木っ端相手から情報を集めるのは間違いではないのだが、このままでは埒が明かない。


「お前歳は?」

「じゅ、16です」

「馬鹿なことしたな。クソガキ」


 本郷は拳を掲げた。


「お前のせいで男子中学生が1人死んでる」

「お、おで、悪くない。薬が」

「あの子に薬を売ったお前は殺人鬼だ。被害者の無念を晴らすために、今からお前の頭を砕く」


 二の腕が盛り上がり、スーツがはち切れんばかりに膨れ上がる。


「頭を壁に固定する。力が逃げないようにな」

「ひっ……」

「死ね」

「う、うぅ」


 茶髪は大泣きし始めた。


「や……やだよぉ。魔法、使えだら、勝ぢ組になれるんだ……異世界に行げだら幸ぜになれるんだ……虐めてきた奴ら、全員、殺じでやるんだ……」


 本郷は溜息を吐くと、相手の額に頭突きをかました。




ααααα─────────ααααα




 外にいた薬物銃器対策課やくぶつじゅうきたいさくか所属の来栖くるすは、ジッとその様子を見つていた。


「池谷さん」

「ん?」


 隣にいる上司兼相方の池谷いけたにが眉を上げる。


「本郷警部補、相変わらずえげつないっすねぇ」


 来栖は頬を引きつらせながら本郷を指差す。あの強面に睨まれれば、誰だって舌を巻くだろう。


「あいつは加減ってもんを知らねぇな。「シシガミユウキ」追うためなら人も殺しそうだ」

「しょうがないですよ。あんな事件があったんですから」

「だからって暴力的になっていい理由にはならん」


 本郷が金髪の顔を殴っている場面が見えた。被疑者とはいえ子供相手に恨みをぶつけてる。

 池谷はそれが気に食わなかった。


ですし、ああなる気持ちもわかりますけどねぇ」


 来栖の視線の先では金髪が小便を漏らしているのが見えた。

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