昏睡の魔王【王子は夢と現実で無双する】
まーくん
ジバ覚醒
第1話
俺の名は裕也。17歳。
公立高校に通う3年生だ。
俺には誰にも言えない秘密がある。
どうやら前世の記憶というものがあるようなのだ。
前世の記憶というのも曖昧なんだが、それは7年前の10歳の誕生日の晩、夢の中に未だ幼い角を持った少年が現れた時から始まる。
そして、この7年もの間、俺は角の王子の夢を何度も見ることになるのだった。
真っ赤な空を埋め尽くす厚い雲を見上げる巨城と荒廃した大地。
静寂に包まれたその世界には魑魅魍魎が跋扈している。
その城の窓から空を見上げる少年の顔は青白く、一目で病弱だと分かった。
「ふう」
目を閉じてため息をひとつ吐き出した彼は窓から離れると、広い部屋の中央にある豪奢なベッドへと向かう。
可愛い顔をした少女のようなその姿は、一見微笑ましく思われるのだが、寝息を立て始めたその小さな額には角が生えているのだ。
彼の名はジバ。ジバ・アウストラ。
アウストラ王国の第3王子である。
アウストラ王国は魔神が創りし混沌の世界エイルザイムにある。
魔王シュミクト・アウストラが治める国であり、ジバは正妃アントワンのひとり息子で、王国の王位継承権1位を持つ者であった。
上の兄はそれぞれ第2夫人、第3夫人の子であり、それぞれの王位継承権は2位と3位。
そして年の離れたジバは常に暗殺の脅威に晒される身でもあったのだ。
ジバは生まれた時から身体が弱く、室内に閉じこもりがちであった。
そのため彼は幼き頃よりあらゆる書物を読み、様々な知識を吸収し『知王子』と揶揄されるようになる。
英邁さは王としての重要な資質ではあるのだが、混沌の世界である、ここエイルザイムにおいては、王に求められる最重要資質は武力であり、上の兄達は王国に脅威を齎す魔物を斃すための力を日々蓄えていた。
そしてその強靱さが増すほどに、それぞれの母方の派閥の力も大きくなっていくのであるのだ。
王シュミクトや正妃アントワンはジバの行く末を憂いていた。
王室にとっては珍しく、幼馴染で互いに愛情で結び付いたふたりにとって、遅くなってからの末子ジバは目に入れても痛くない。
シュミクトも側室など娶る気はさらさら無かったのだが、婚姻後3年経ってもアントワンに懐妊の兆しが無ければ致し方の無いこと、重臣2人の娘を輿入れさせると、すぐに2人の息子が出来た。
そしてジバが生まれたのはその6年後のことである。
ジバは両親の愛情に包まれ順調に10歳の誕生日を迎えるのだが、悲劇はその夜に起きる。
真夜中にジバの部屋に忍び込んだ何者かの手によってジバは昏睡状態となり、長い眠りにつくこととなったのだ。
いつものように自転車に跨り学校へ向かう裕也。
10歳から始まったジバ目線の夢のせいで、いつしか裕也自身も自分の前世がジバだったのではないかと確信していた。
なんの確証があるわけでは無い。
ただそう思っただけだ。
ごく普通の学生である裕也は、いつものように道すがら会う同級生達に声を掛けながら、駐輪場に向かう。
裏門から入ったところにある学生専用の駐輪場では、いつものように由美子が待っていた。
「由美子、お早う。」
「裕也、お早う。今日はちょっと遅いわよ。さあ早く教室に行こうよ。」
いつもの見慣れた光景。幼馴染の由美子とは腐れ縁の関係だ。
頭も要領もそして器量も良い由美子は中学校時代はアイドル的な存在であった。
成績は常に上位で、もっと上の高校に進学することも出来たろうに、俺に合わせてくれたのだろう。
教室に入り、いつものように授業が始まる。なんてことの無い一日が始まり、そして終業。
由美子と部活の教室へ向かう。
『郷土史文化部』
古都と称されるこの地は、古くから様々な文化の発祥地として有名である。
その文化を調べて時代時代に発明されたものを現代に再現し、後世に残していこうという崇高な考えを持って誕生したのが、我が『郷土史文化部』である。
郷土愛溢れる地元有志の老人達が、部室を訪れては様々な知識を教えてくれるのだ。
元々作付けが良くなかったこの地に根付かせた地場野菜を植えたり、木材を加工して作る農具や武具の再現、町を流れる河川の治水工事の研究など、この町で生まれ育った俺達でさえ知らなかったことをたくさん学べた。
何でもない日常。由美子と歩む、幸せな日常。
これからもずっと続くであろうはずの日常を俺は疑いもしなかった。
しかし、運命とは残酷なものである。
大学に進学したある日、俺は乗っていたバスの横転に巻き込まれ、18歳でその短い生涯を終えるのであった。
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