キュン売りの少女(29)

米太郎

第1話

「キュンはいりませんか?」


 ‌イルミネーション輝く渋谷表参道。

 ‌街はクリスマスムード一色であった。

 ‌キラキラと光る街路樹。

 ‌それはまるで燃え上がるカップルのよう。


 ‌彼氏彼女で歩いている者達にとっては、綺麗な鑑賞の対象。

 ‌キャッキャうふふと眺めながら歩いていく。


 ‌彼氏彼女がいないものにとっては、心を深くえぐる象徴。

 ‌ギラギラと心をえぐる。


 何が好きで1人でイルミネーションを見なければならないのか。


 キラキラと光ったその景色。

 ‌心の目が眩しくて萎縮してしまう。


 ‌‌‌萎縮して出来た心の隙間に、切なさの寒い風が吹き込んでくる。



「キュンはいりませんか?」


 ‌私はキュン・・・売りの少女。

 ‌二十歳を超えて、三十路近くとも、私は少女。


 ‌イルミネーション輝く中、キュンを売っている。


「え?何?私に言ってるのそれ?」


 歩いていた‌カップルの女性側が食いついた。


「はぁ? ‌カップルに向かってそんなこと言うかしら?私達は間に合ってますよ! ‌ね? ‌タケシ?」


 ‌女性は彼氏の腕にぎゅっと絡みついた。


「言ってくれるね、こいつ!」


 ‌彼氏の方が、彼女のおでこをツンとつついた。

 ‌結構な強さだと思う。

 ‌彼氏の指が彼女のおでこの肉にめり込んでいた。


「もう、タケシったらいーたーいー!」


「あははは!」

「あははは!」


 ‌私は何を見せられているんだろう。

 ‌ただ、キュンを売りたいだけなのに。


 ‌リア充はキュンにまみれて窒息してしまえ。



「冷えた心にキュンはいりませんか?」


 ‌街はクリスマスムード一色。

 ‌街中にはイルミネーションが煌めいている。

 ‌こんな街中に来るのはカップルだけだろう。


 ‌だけど、キュンを売らなければ、2次元彼氏のマサハル君とクリスマスを過ごせ無い……。

 ‌マサハル君の好きな七面鳥の丸焼き。

 ‌これを用意しないと、クリスマスが過ごせない……。



 ‌はぁ。けれども、こんなカップルが多い中、私の心が冷えちゃうな……。


 ‌しょうがない……。キュンを1つ燃やそう……。


 ‌あぁ、キュンに火をつけて、冷えきった心にキュンを灯しましょ。


 ‌手に持った売り物のキュンをキュン箱に擦り付けて、燃やし始めた。


 ‌キュンが燃える向こう側に、在りし日の妄想設定の光景が浮かんで来た。



 ‌そう、あれは、中学生のある日のこと。

 ‌ひとつ上の先輩。

 ‌図書委員を一緒にやってた先輩と、2人きりで放課後本の貸出カウンターにいたんだ……。


 ‌図書室には私と先輩以外誰もいない。

 ‌2人きりの部屋。

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