第3話 非日常-日常

「ここがお前の房だ。予定表に目を通しておけ。明日からはそれに従って行動しろ。くれぐれも余計な問題は起こすなよ!」


 透明の扉の内側は、簡素なテーブルとイス、ベッドとむき出しのトイレと洗面台があるだけだった。本当に最低限といった内装だ。


 机の上には着替え?と、歯磨きなどの必需品、それと予定表が置いてあった。


 予定表はエクセルで作った感丸出しだった。そこに一日のスケジュールが何パターンか書いてあった。気になるのは採掘作業日と、実験日というワードだ。実験日は恐らく魔法について何かしらの実験を行うのだろうが、採掘作業日というのはあの大穴に関係しているのだろうか。明日は採掘日と書いてあるから、明日になればおのずとわかるだろう。


 時間が気になって牢屋の中から扉の外を見ると向かいの壁に時計が埋め込まれているのが見えた。今は20時23分となっている。もう夜だ。魔法監獄の場所は九州、しかも山の上だから移送するにもそれなりに時間がかかったのだろう。

 移送されている間、散々寝たはずだがとにかく横になりたい気分だった。見るからに粗末なベッドはぼろきれのような布が一枚かかっていて、人が寝るところとは思えなかったが、仕方なくそこに横になる。寝心地は正直言って最低だ。まだ土の上で寝たほうが、寝やすいんじゃないかとすら感じる。


 横になるといろいろな情景が頭をよぎった。事故に遭った時のこと、対魔局に取り押さえられた時のこと、父との電話、昨日の会話、カーブミラーに移った自分の姿。昨日まで普通の暮らしをしていたのに、今は魔法監獄の固いベッドの上にいる。その固さを背中で感じる程に、夢なんかではないことを思い知らされた。


 そして何より自分を落ち込ませたことがあった。

「対魔局、さすがに入れないだろうな」


 魔法使いが対魔局に入るなんてなんの冗談だ。絶対無理だ。対魔局には入れない。 局長なんか夢のまた夢だ。ということは。


「総理大臣、なれないじゃあん」


 対魔局に入れないし、そもそも魔法使いが総理大臣になんてなれるわけがない。歴史的に見ても、第二次救世人民解放戦争から今に至るまでの80年間、魔法使いの立場は悪くなる一方だ。これから先、改善する見込みなんてない。総理大臣どころか、人権すらない。人権がなければ、人間じゃない。つまり、俺の人生の目標はたった一日で露と消えたわけだ。


「まあ、生きてるだけましと思おうかな」

 魔法使いなんて死んで当然というのが世間の常識だ。殺したって罪に問われないし、実際対魔局が捕まえる前に市民にリンチにされた魔法使いの話なんて枚挙にいとまがないくらいだ。もし朝のトラック運転手が過激な人だったら、バレた瞬間にもう一度トラックで突撃されてもおかしくなかった。


「けど、それだけか。なんかどうでもよくなってきたな」

 今の俺はただ生きてるだけだ。人生の目的も、家族の期待も、大学生活もすべて失った。必死につかみ取ったこの命だが果たして掴んでよかったのだろうか。

 そんなことを考えている内に、だんだんと瞼が落ちていく。生きていればいいことがあるっていうけれど、もう生半可な幸運じゃ登り切れないほど底に沈んでしまっているかもしれない。さっき見た大穴みたいに深い絶望の底に。


 その夜、夢を見た。まだ弟がひきこもる前だ。あの頃はよかった。家族に笑顔があったし、父さんも今より人間味があった。

 夢の中ではみんなで食卓を囲んでた。俺はテストで満点を取ったって話してたっけ。弟も満点だった。

 一番じゃなきゃ意味がないんだ。一番があったから、家族もうまくいってた。一番だったから、弟も元気だった。一番が何よりも大事なんだ。

 一番が一番なんだ。


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