魔法使ノ國

星天胎生

第1話 崩壊

 遠くから声が聞こえる。何をしていたんだったか。


 目をゆっくりと開くと、濡れた地面に頬が触れていた。雨が降っている。いや地面に横たわっているのか。倒れている。俺が、地面に。なぜ。


  視線を少し上に起こすと、ガードレールに衝突したトラックが見えた。

  事故。事故にあったのか、俺は。


 運転席からよろめきながら、トラックの運転手がおりてきた。こちらへと近づいてくる

「やっちまった、生きててくれ~頼むからよ~」


 俺はどこかへ向かう途中におそらく事故に遭った。どこへ?今頃になって鈍い痛みが足をつたってくる。


「大学ーー入試会場っーーー!」


 そうだ、俺は大学入試に向かう途中だった。俺の人生をかけた大勝負。傘を差しながら歩いていた。英単語の復習をしながら。人通りの少ない道だった。青信号だった。それなのに。


「早くいかないと・・・」

「おい、大丈夫か!」

 声をかけてくる運転手を無視して立ち上がろうとする。

 痛みにかまわず足を動かそうとするが動かない。


「くそ!動け!動けよ!!俺は行くんだ!!」

 そう叫んだ時だった。

「ひいっ!!」

 運転手が腰を抜かしていた。俺の剣幕に驚いたというよりも心底何かにおびえている顔をしている。訝しく思うと同時に先ほどまでの怒りが嘘のようになりを潜めた。


 運転手は俺と俺の背後を見比べながらこう言った。

「ま、ま、ま、魔法使いっ!!」

 後ろをゆっくりと振り返ると、そこには2m程の黒い影がこちらを見下ろして立っていた。






 図書館からの帰り道を、群条学園生徒会の生徒会長と副会長の二人が歩いていた。


「最近魔法使いが増えてるらしいよ」

「確かに、昨日も魔法使いによる立てこもりがあったみたいだしな。だが正確には増えているというよりも、隠れていた魔法使いが世間に出始めてるっていった方が正しいかもな」


 巷では近年出現した魔法使いの犯罪者集団、「サークル」に呼応して、魔法使いの犯罪件数が徐々に増加している傾向にあった。

「こわいね」

「対魔がいるから大丈夫だ」

「ハル君はほんと対魔局びいきだね」

「いずれトップに立つ身として、組織の力を信頼してるんだよ。そうなれば俺が魔法使いなんてこの世から消してあげるよ」


 正確には対魔法使治安維持局たいまほうつかいちあんいじきょく。日本が魔法使いの支配から脱却した年に設立された治安維持組織で、自衛隊の次に軍事力を保有していると噂されているが本当のところはわからない。公には情報をあまり公開しない秘密主義の組織だ。


「うそだあ」

「本当だ、サクラ、いずれトップに立つ」

 ハルがそう言い切ると、サクラはそうじゃないと言いたげに少しだけ微笑んだ。

「そこは別に嘘と思ってないけど、まあまずは大学受験合格しないとね」

 ハルは少し頭を下げた。

「付き合ってもらって感謝する」

「いいよ、私推薦だもん」

 さくらはT大の近くの大学に推薦をもらっていて、すでに受験は終わっていた。

「T大に行くのが対魔局のトップに立つための絶対条件だ」

「そしてゆくゆくは総理大臣になるんだもんね」

「ああ、苑寺そのでら家の誇りにかけてなって見せる」

 現在の総理大臣を含め、革命後の日本の総理大臣は全員対魔局の出身である。T大に入学し、対魔局にキャリアを重ね、総理大臣へ。苑寺家は常にトップを目指さなければならない。

「そうすれば父さんも、いくらか認めてくれるだろうから」








 あまりに非常識な光景に、なぜか昨日の会話が頭をよぎった。余計な思考を振り切り改めて黒い影を観察する。


 目の前に立つ黒い影は手足に鋭い爪を持っており、なんとも獰猛そうな見た目をしている。顔の部分には靄のように影が濃くなっていて、その奥で瞳が怪しく光っているのが見て取れた。

 この現実離れした外見、まず間違いなく魔法の類だろう。だとすれば魔法使いが近くにいるかもしれない。この事故を起こしたのも魔法使いの仕業かも。とにかく距離をとらなければ。


 ゆっくりと立ち上がり、少しずつ後ずさる。

「く、来るなあ!」

「おじさん、心配しないで必ず助けて見せるから」

 しかし、トラックの運転手は安心するどころか、声をかけた俺を見て一層恐怖をにじませながら、腰の抜けた体制で後ずさった。



 不思議なことがいくつかあった。


 一つは運転手が明らかに僕も怖がっているということ。


 もう一つはさっきまで動かなかった足が不自由なく動かせること。


 ここから導き出されることは。


 トラックに倒されたカーブミラーがこちらを向いて倒れている。そこに雨に濡れた俺と立ちはだかる影が映って見える。事故で破れた制服に、ひびの入った眼鏡、ぼさぼさの髪の毛に、大きく背中で光る煌めく輪。


 魔法輪まほうりんが一つ、後光を帯びた仏のように背中に浮かんでいた。


「魔法使い、俺かよ」


 気づいた瞬間、影がおもむろにこちらへと近寄ってきた。これが俺の魔法であるならば害意はないはずだが、その恐ろしい見た目に身構える。


「ええっ!」


 影は身構えている俺を素早くラグビーボールのように小脇に抱えると、猛然と走り出した。呆気にとられたのも束の間、事故が起きた交差点からどんどん遠ざかっていく。慌てて抜け出そうと身を捩るも鋭い鉤爪でがっちりとホールドされていた。


「くそっ、力強いな!」


 この状態で町中を移動するのはかなりまずい。あのトラック運転手だけなら父の力でどうにかなる。いくらあの冷徹な父親でも、子供が魔法使いだと世間に露呈するのは父さんにとっても避けたいはずだ。泣きつくのは癪だが仕方がない。だが、このままだと魔法使い丸出しの状態で不特定多数に姿を見られることになる。そうなるとさすがに隠ぺいは難しい。


「この魔法輪だけでも消さないと」


 魔法輪は簡単に言うと、魔法使いが魔法を使っているときにあらわれる光の輪だ。つまり、これを消すには魔法を使うのをやめればいいのだが。


 俺を小脇に抱えて疾走する影を見上げる。こいつが魔法だとしてどうやったら消えるのかわからない。見た限りでは完全に暴走してるとしか考えられない。


 このまま進むと大学試験会場に向かう大通りが見えてくる。

「待て、お前もしかして大学に向かってるのか?」


 もしかしたらこれは暴走しているのではなく、俺を大学入試会場まで連れて行ってるのかもしれない。だったらなおのことまずいが、暴走ではないとするならば、俺の魔法なのだから、普通に命令すれば聞いてくれるかもしれない。


「おい、止まれ!!ぐえっ」

 それまで疾走していた影がぴたりとその場に静止する。どうやら命令は聞いてくれるようだ。


「離せ!」

 安易にそう命令すると、肌に食い込む鉤爪から解放されたが、代わりに地面にたたきつけられる。


「痛ってえ~、くそっもうこんな時間か、とりあえず父さんに電話しないと。スマホもバキバキじゃないか」

 見るも無残な姿になったスマホをなんとか操作し、アドレス帳から『父』の名前をタップするとコール音がなり始めた。機械的な呼び出し音が繰り返される度に、自分の寿命が縮んで行くような気持ちがしてならなかった。


『どうし』

「頼みがあります!」

 父さんが電話に出るや否や、食いつくように申し出た。


『・・・なんだ』

「どうやら僕は魔法使いみたいで、魔法は制御できるのですが、それをトラックの運転手に見られました。ですが一人だけです!どうにかならないでしょうか?」


 電話の奥から父さんの低い唸り声のようなものがかすかに聞こえてくる。さすがの父さんでもこの事態には面を食らったようだった。しばらく無言が続いたあと、再度確認するように父さんが問いかけてきた。

『魔法使い?お前が?』


 自分でも飲み込めない部分は多々あるが、あの黒い影と魔法輪が何よりの証拠だ。


「はい、間違いないかと」


 こうして改めて言葉にすると、後戻りできない一線を超えてしまったような気がした。


『わかった。お前はそのまま入試へ行きなさい。あとは私が何とかしておく』


 もうひと悶着あると思っていたが、意外にもすんなりと話が通った。


「はい!ありがとうございます父さん!失礼します!」

 電話を切ると、随分と時間がたっていることに気付いた。急がなければせっかく蜘蛛の糸を手繰り寄せたのに水の泡だ。


「しまった。事故現場に文房具置きっぱなしだ」

 幸い受験票は財布と一緒にポケットに入っていた。


「おまえは消えていいぞ」

 そばに佇む影にそう言い放って、走り出す。コンビニをスマホで検索しながら、突き当りのT字路で一度だけ振り返ったが、そこにはもうなにもなかった。

 






 T大につく頃には、もうすでに試験が始まっている時間だった。息を切らしながら構内に入ろうとすると門前の警備員の人に呼び止められた。

「ちょっと待ちなさい」


 さすがに着替える時間はなかったので事故の服装のまま来たのだが、それを訝しんだのだろう。

「すいません事故に巻き込まれて遅れてしまいました!」


 警備員はこちらの勢いにすこし引いたような表情を見せる。


「まあ、その姿を見れば疑いはしないけどね」

「試験があるんです!大事な!」

「さすがにそのまま試験を受けるのは私の一存では許可できないな。確認を取るからその間に歩けるなら保健室で見てもらいなさい。話は通しておくから」

「ですが!」

「事故にあったのが本当なら、なにかしら配慮があるはずだから、とりあえず歩けるなら保健室に行ってきなさい。あと服も貸してあげるから、そこのトイレで着替えてきなさい。」

「わかり、ました」


 恐らく警備員さんの私服なのだろう、なんともダサい【revolution】という英字が書かれたTシャツに、ダボっとしたジーンズを着ながら大学構内を歩く。一度オープンキャンパスに来た際に、建物の配置や施設の場所などはすべて把握していたので保健室まではさほど迷わなかった。

 本当なら今頃、万全の状態で試験を受けているはずなのに、なぜこんなことになったのか。しかし、親の力を借りれたのは大きかった。魔法使いであることがバレたりなんかした日には人生設計総崩れだ。

 体育館の脇にある建物に入る。今日は試験日なので構内にはあまり人がいない。薄暗い廊下を歩く。

「ここだ」

 部屋の扉に『保健室』と書かれていることを確認しすると、3回ノックして扉を開けた。

「すいません。門前の警備員さんに言われてえっ」

 右肩に勢いよく押されたような衝撃が走った。見るとそこには銀色の筒が刺さっていた。

「目標HIT」

 保健室内には映画で見たことあるような戦闘服に身を包んだ兵士が数名。

 何が起きている。誰だこの人たちは。撃たれたのか?なんで。

 よくよくその人たちを見ると、胸には対魔局の名前があった。

 対魔局、魔法使い、父さん、裏切り。

「っ!くそ、騙された!!」

 警備員はグルだったのか。いやそんなことよりも、あの父を甘く見ていた。さすがの実子、しかも長男を切り捨てはしないだろうと考えた俺が浅はかだった。あの男は家族である俺を切り捨てにかかっている。自らの保身のために。おそらく試験会場に向かわせたのはこちらの行動をコントロールするためだ。

 急いで廊下に飛び出し、走り去ろうとするが足がもつれて転倒してしまう。視界が徐々にぼやけてくる。肩に刺さったこれは、毒、いや麻酔か。

「目標ダウン、搬出急げ。撤収するぞ」

「あんの、く、そオ・・・ヤ・・ジ・・・」

 視界は闇に落ちていく。まるでこれからの人生のようだなんて、場違いなことを思ったりした。


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