第14話

 レントがシドを起こしに来た時、私も一緒に目が覚めた。


「昨日は任せきりだったし、このまま夜も……」

「いや、いい。その代わり飯作ってくれよ。また肉がいいな」

「ああ、もちろんだ。……キュウ、おはよう。夕飯はどうする?」


 酒! 目覚めの一杯は酒に限るね!


 私たちは三人で甲板に出る。時刻はまさに陽が沈む所だった。

 

 周りを警戒するシド。手際よく料理をするレント。一人酒を飲む私。うん。罪悪感とか、自己嫌悪とか、そういうのを肴に一杯やるのも悪くないよホントダヨ。


 この後レントが料理を作ってくれたのだけれど、感想は割愛。ただ一言うまいという、無味乾燥な感想しか出ないからねしょうがないね。


「んじゃ、後は俺に任せて、レントは休んどけよ」

「あ、ああ。……ほんとにいいのか?」

「大丈夫だって言ってんだろ? いいから休んどけよ」


 シドはそう言いながらレントに背を向けて、追い払うように手を振った。これで内心、レントにデレデレなんだよね。おもろ。


「そうか。じゃあ、キュウ。行くぞ」


 え? ……ああ、そうだ。私は戦力外だった。とは言ってもレントと違って、眠くもなければ疲れてもないぞ?


 こうして、私は再び休憩室に舞い戻ってきた。


 日は落ちたばかりで、夜はまだ長い。耳をすませば、賑やかな声が聞こえてくる。多分船員たちが酒でも飲んでいるのだろう。羨ましい。


 生活リズムが小学生のレント君はもう寝てしまった。ベッドに入った瞬間に。ほんとに寝つき良いな。いい夢見ろよ。


 さて、久しぶりの、一人の時間だ。一人でゆっくりできる時間なんて、転生直後と、オークション会場地下に繋がれていた時くらいだ。……どっちも心休まるとは程遠い環境であった。でも今は、今回こそはしっかりと安全が確保された一人時間。


 私はこっそりと休憩室を抜け出した。


 せっかくだから、今のうちに試しておきたいことがある。


 向かうのは食糧倉庫。決して盗み食いをするためではない。私はある生物を探している。いるとしたらここだろうという、安直な発想だ。


「おう、お嬢ちゃん! どうした? 食糧倉庫に何か用か?」


 酔っぱらっているであろう船員と出くわす。あわわ。違うんです、本当に食料泥棒とかじゃないんです。


「ネズミ」

 

 誤解される前に、急いで目的を伝える。


「ん? ネズミがどうした?」

「欲しい」

「ネズミが?」

「ネズミが」


 不思議そうな顔をされる。え? 船にネズミっていないの? 前世では沈む船からネズミは逃げ出すとか、ネズミ対策に猫を乗せるとか。船とネズミって結構関係が深いと思っていたんだけどな。


「一体、何に使うんだい?」


 あ、違った。私の意図が分かってないだけだった。良かったー。


 さてさて、なんて説明しようかね。そもそも、彼らの中で私ってどういうイメージなんだろうか。


 勇者と黒狼族のならず者が連れている、全裸にマントの美少女銀髪赤目自称吸血鬼ロリ。……うん、私がもし彼らの立場なら深く詮索はせずに、あるがままを受け入れるね。


「レント」

「レントっつーと、あの勇者様か。その勇者様の頼みってことかい?」

「そう」


 違う。でもそれでいいや。


「なんかよくわかんねぇ―けど、まあいいや。ネズミなんていても困るだけだしな。ちょっと待ってな」

「生きてる奴」

「はいよ、生け捕りね」


 酔っ払いの船員は、一分ほどで食料倉庫から出てきた。


「大丈夫か……その、持てるか?」


 へー、思ったよりネズミって大きいな。サイズ感としては、五百ミリリットルのペットボトルくらいだろうか。


「お嬢ちゃん、意外と物怖じしないなぁ……。頭持たないと噛むから気をつけるんだぞ。あと、汚いから、触った後はよーく手を洗えよ」


 じっとネズミを見つめる私に酔っ払いの船員はそう言って、ネズミを渡してくれた。


 ネズミは噛むし汚いと忠告してくれたけど、私は今からネズミを噛むし、体液を吸うんだよね。


 そう、私は『吸血』を試してみようと思うのだ。


 貰ったネズミを大事に抱えつつ、休憩室に戻る。……戻りたい。……あ、戻れないねこれ。


 部屋のドアはドアノブ付きで結構重い。まあ、そうじゃなきゃ船が揺れるたびにドアがパカパカするしね。両手がふさがっている今じゃ開けるのは無理だ。


「レント」


 呼びかけてみるが、当然レントは寝ているので反応がない。というか、声に出してから気づいたけど、起こすのも悪いな。


 こんな廊下で実験するわけにもいかないし、となれば……甲板に出るしかないだろう。


「おい、キュウ。なにか用か?」


 やはりシドに声を掛けられる。


「ネズミ」

「うおっ! それどうしたんだ? まさか捕まえたのか? お前が?」

「貰った」

「貰ったって……そんなもん貰ってどうす……」

「いただきます」

「おい、ばっ……」


 窮鼠猫を嚙むだぁ? 逆に私が噛んでやんよ! キュウ鼠猫を噛むってな! ……思った以上に掛かってないな? 


 ……まあいい。んですかさず『吸血』発動。ちなみに、私は問題ないけど、良い子のみんなはネズミに限らず野生動物には基本ノータッチでいようね! 詳しくは知らんけど、色々危ないぞ!


 味は……うーん、一般的にはまずいというヤツだね。まあ血だし、当然か。そもそも最初から期待してなかったからどうでもいい。


 んで、自分の身体的な変化としては……うーん? なんとなくいつもより調子が良い気がするけど、気のせいと言われれば気のせいな気もする。やっぱりこの程度の量じゃ変わらないか。


 最後に吸われたネズミさん。これは……分かりやすく変わっているね。『吸血』によって、同時に『眷属化』が発動したのだろう。


『眷属化』はもともと使用者の血液を与えることで発動するんだけど、『吸血』でも発動するらしい。アレだ。蚊が血を吸う時に自分の唾液を入れる的なやつだよきっと。つまり、吸血鬼=蚊の等式が成り立つな?


 って言う冗談はさて置いて、灰色の体毛に黒目だったネズミさんは、真っ白な体毛に赤目となっていた。誰がどう見ても私の眷属になっていると分かる。形から入るタイプだね。


「へー、面白れぇ能力だな。それで自由にネズミを操れるってわけか」


 多分そういうことかな? ……あー、うん。そういうことっぽいね。『歩け』『走れ』『止まれ』『三回まわって宙返り』。命令通りにネズミが動く。おまけに感覚共有したり視界や聴覚を借りたり、こりゃ便利。


「なんでもいいけど、お前ちゃんと口の中洗っとけよ。急にレントとチュウするとかなったらどうすんだ」


 なんだそのいらない心配は。……まあ、確かにこの汚染された口でいるのは、色々と不都合があるかもしれない。生の鶏肉触った手でサラダ用のレタスをちぎるみたいなね? とは言っても、真水は船内行かないとないし、海水だって首を伸ばして届くような距離ではない。


 こうなりゃ豪快に、海へダイブして思う存分口呼吸とかでもいいんだけど、もし何か魔獣がいて海底に引っ張られでもしたら大変だ。


 あ、そうだ。


「よろしく」

「は? 何がだよ」

「こう」


 手刀で首をスパーンと、切る真似をする。


「馬鹿か?」

「問題ない」

「そういう問題じゃねーよ馬鹿」


 なんでー? 再生はゼロから再構築するわけだし、水で洗うよりもよっぽど綺麗になると思うんだけどなあ。無菌よ無菌。


「そのネズミはどうすんだよ」


 あー、どうしようか。正直飼う気はないんだよね。責任の持てない飼い主ですまんな。


 実験ついでに、もう一つ実験をしておこうか。


 私は再びネズミに歯を立てて、『吸血』を発動。今度は途中で止めないで、完全に血液を吸い尽くす。


 ネズミは多少見た目がシワシワになりはしたが、それでも動いた。これどういう状態?


「アンデット化? いや、分かんねぇな」


 アンデットってことは、ゾンビとか、幽霊とか? 死んでるってことか。……ネズミさんには重ねて申し訳ない。来世では悪い人間と吸血鬼に捕まるんじゃないぞ。


「詳しいことはレントに見てもらわねぇと。アイツは『鑑定』を持っているしな」


 あーはいはい。『鑑定』ね。てか、レント強いな。マジで主人公みたいじゃん。……ああ、そうか。みたいっていうか、勇者なんだからしっかり主人公だったわ。

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