第180話 裏切り者の恋心。

「すまんな本部、付き合わせちまって」

「いえいえ」

「けーちゃんとはつもうで」


 餅つき大会をした翌日、あたしは本部に一緒に初詣に付き合ってくれとお願いして今に至る。


 表向きには美心の為。

 実際、新年の初詣は人手が多くてはぐれる事もある。

 だから本部にお願いした。


 狡い気がして、それが少し喉の奥に引っかかっているような感じがする。


「美心、寒くないか?」

「だいじょーぶ」

「小さい子は体温が高いですからね」


 あたしが美心の手を引いて、本部は美心をあたしで挟む形で雪道を歩く。

 それがなんというか、こう……夫婦っぽくて幸せに感じる。


 全然夫婦とかじゃないのはわかってるし、そもそも付き合ってもない。

 自分の狡さを自覚して飲み込んででも、求めてしまう。


「1年前は高校受験とかだったのに、もう1年経ったんだな……」

「そう言われるとそうですね。たしかに」


 あっという間だったと思う。

 でもそれも今にして思えば、って話だ。

 本部に対しての好意に気付いてからは、長く感じていた気もする。


 抱えたまま、美羽と親友として隣にいるのは辛かった。

 割り切ろうと思って飲み込んで、それが次第に溢れてきて。

 それで結局、美羽とは気まづい。


 なにやってんだろうかと悲しくて笑ってしまった。


「てか、本部の成績だったらそもそも私立中学とか受験できたんじゃないか? なんでうちの高校?」

東京ここに引っ越してきたのが小学5年生だったので、慣れるまで色々とありまして。あとは単純にお金ですね」

「私立中学ってお金掛かるって聞くしな」


 新年からこんな話なんてするもんでもないとは思いつつ、現実的な話をしてしまう。

 ほんとはもっと、本部と楽しい話がしたいのに、どうしてかそれが上手くはできない。


「っ?!」

「美心?!」

「!! 美心さん、大丈夫ですか?」

「びっくりした」


 凍った道でうっかり足を滑らせてしまった美心に3人ともびっくりしてしまった。

 手を繋いでいたし、即座に反応して美心を本部が支えてくれたので怪我もしなかったけど。


「見明さんも怪我とかしてないですか? 足首をくじいたりとか」

「あ、ああ。大丈夫。ありがと」


 美心がコケそうになってあたしもバランスを崩したとはいえ問題はなかった。

 けど、そんな些細ささいな事でも心配してくれるのは嬉しかった。


 こんな事でも、嬉しい。そう感じてしまう。


 でも、本部が好きなのは美羽だ。

 あたしの事なんか見てなくても、こういう風に気遣ってくれる。

 それが悲しい。嫉妬もする。


 自分の中の黒いのが、胸の中で渦巻いているように感じる。

 美羽は友達だ。美羽は親友だ。

 裏切っての今なのに、そんな風に思ってしまうのも自分の狡さで、それがまた嫌になる。


「1月3日と言えどやっぱり参拝客は多いですね」

「美心、はぐれないようにちゃんと姉ちゃんの手を握ってるんだぞ」

「けーちゃんともつなぎたい」

「本部、頼めるか?」

「わかりました」


 3人で手を繋いで神社を歩く。

 べつにオシャレなデートなんてもんじゃない。

 てかそもそもデートでもない。


「おみずつめたい」

「寒ぃな!」

「……まじで寒いです」

「くらえ本部!」

「くぁw背drftgyふじこlp;@:!!」


 やたら寒がる本部の首元に冷えたあたしの手で触ってみたら本部がバグった。


「ほ、ほんとに勘弁して下さい冬眠してしまいそうです」

「すまんすまん」

「けーちゃんおもしろかった」

「……美心さん、やっぱり見明さんの妹ですね」

「だろ。あたしに似て可愛いだろ」

「それはそうですけど、そういう意味で言ってませんよ」


 肩をすくめて身体を震わせながらそう言った本部。

 あたしの事も可愛いとは思ってくれてるんだなぁと内心嬉しく思いつつも複雑な気持ちなのは変わらない。


 でも、なんてことなくていい。

 あたしにはこんなやり方でしか本部と関われない。

 幼稚なやり方だと思う。


「美心、お賽銭さいせん

「うん」


 3人並んで神様に祈る。

 でもあたしは、本部との仲を取り持って欲しいとお願いはできなかった。


 本部を好きな気持ちと同時にどうしても、美羽の事が頭に浮かぶ。

 だからせめて、本部の近くに居させて下さいとお願いした。


 付き合えなくてもいい。

 だってあたしは美羽を裏切ったから。

 それでも本部と美羽との縁が切れなかったらそれでいい。


 報われることの無いこの恋を、もう少しだけ長く。

 もう少しだけでいいから、夢を見ていたい。



 ☆☆☆



「今日はありがとな」

「いえいえ」


 初詣も終わって、本部は家まで送ってくれて、もう別れ際。

 べつにデートの後の別れ際でもないんだけど、やっぱり寂しさは感じる。


 本部と居られる口実がまたひとつ減ったのだ。

 ドラマとかで見るような、カップルの女の方の「帰りたくない」とかいうセリフが頭の中でチラつく。


 柄にもないようなセリフをあたしが言ったら、本部はどうするのだろうか。

 でも裏切り者にそんな事を言っていい権利なんてない。


「では僕は帰りますね。今晩は冷えるみたいですし、体調にはお気を付けて」

「あ、ちょっと待って」

「はい?」


 あたしは本部を引き止めて1度家に入って、本部へのプレゼントを取ってきた。

 プレゼントと言っても、ほんと、大したものは用意できなかった。


「これ、お礼。今日誕生日だってのも聞いてたし、大したもんじゃないけど」

「ありがとうございます」


 本当に大したものではない。

 ただの市販のチョコレート。

 バレンタインには早すぎるし、誕生日プレゼントにしてはショボ過ぎる。


 だからこれはただのお礼だ。


「じゃあな、本部、ありがと」

「はい。こちらこそありがとうございます」


 そうしてあたしは玄関のドアを閉めた。

 そして直後にため息が出た。


「……ほんとは、こっちを……」


 渡せなかった。

 自分で焼いたクッキーと、無駄に可愛いラブレター。

 今どきラブレターなんてって自分でも思って、でももし渡せる勇気が出たらって思って作ってあった。


「…………好きだって、言えたら…………」


 どうしようもないくらいの自分の不器用さに悲しくなった。

 不器用なくせに、なんでもないチョコレートを保険に買って置いた自分が恥ずかしい。


 でもこれが、あたしの精一杯だった。

 美羽に対してあんな事をよく言えたなと呆れた。




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