第58話 専業主夫の本気シリーズ。
「……料理、ですか」
女性陣に囲まれているという状況は僕にとって恐怖でしかない。
いやそもそも囲まれている事自体が嫌だけど。
そしてこの状況に巻き込んだ冨次先輩はすました顔をしながら腕を組んでいる。
ムスッとはしているが、こうなる事が分かっていたのだろう。
そもそも新入生勧誘フィーバーは過ぎている。
時期から考えるに、新入生を獲得できずに退部勧告を受けていたのだろう。
だからあんな強引な勧誘方法をとってまでスカウトしようとした。
土壇場で揃えた部員がただの数合わせならこの会長は調理部を潰しに来ると見当がついていたのだろうな。
「冨次先輩」
「なによ」
「貸し、ですからね」
「うっさいわね」
僕は冨次先輩の耳元でそう呟いた。
現状、僕は簡単に約束を破棄できる。
別に調理部に興味なんてないのだから。
「ではそうですね……」
おそらく、このロリっ子会長を黙らせるのは簡単だ。
だけど、隣の糸目副会長は厄介そう。
アニメや漫画で糸目キャラは頭が切れる奴と相場は決まっている(超偏見)。
糸目でなくても、直人さんみたいな雰囲気を微かに感じる強キャラ。
「あんまり食材残ってないですね」
「仕方ないでしょ。抜き打ち調査だったんだし。まだ買い物も行ってないのよ」
まともな食材はほとんどない。
すでにいくつか料理がテーブルにある為、他の部員にも同じように何かしらの証明をさせられていたのだろう。
部活動に力を入れるわけではなく、無駄を切る方針の生徒会らしい。
「じゃあ、食材はこの2つで」
「冷凍ご飯と卵。それだけでいいの?」
「問題ないです」
「さすがに不味かったら幽霊部員判定だから」
ジト目で睨みつけてくる多口会長。
どんだけ廃部にしたいんだよ……
美味い不味いって個人の感想に委ねられる判定とか不安しかないな。
隣の冨次先輩も僕を睨みつけてくるし圧が酷い。
まあ、多口会長たちは単に仕事してるだけなんだろうけどさ。
「それでは、始めますね」
こっちも早く帰って家事をしなければならない。
こんな事で時間を取られている場合ではない。
冷凍ご飯を電子レンジに突っ込み、その間に卵をかき混ぜておく。
「……まさか卵かけご飯、とか言わないわよね?」
冨次先輩が鬼の形相、かつ至近距離で睨みつける。
卵かけご飯で借りが作れるなら世界はもっと平和だろう。
「さすがに卵かけご飯で納得してもらえるとは思ってないですよ」
まあ、この間見た料理研究家さんのガチ卵かけご飯なら納得してもらえるかもしれないが、今回は別のガチシリーズである。
取り出した熱々のお米にごま油を掛け、全体に馴染むように混ぜていく。
ごま油の香りって好きなんだよね。
だいたい混ぜ終えた後に溶き卵、塩・胡椒を加えてまた混ぜる。
ここまではマジで卵かけご飯。
そして予め温めておいたフライパンにサラダ油を敷いてそのまま卵かけご飯を入れる。
「メニューは
「……炒飯にしても、もうちょっと具材とかあるだろ。ちょっとは野菜あるんだし」
「個人的には鶏肉とか欲しかったんですけどね」
「…………」
食材をほぼほぼ使っていた先輩方にそう言って微笑みながら僕は料理を続ける。
少ない選択肢しかない中で急に連行されて料理を作るのだ。
文句を言われても困る。
だがしかし、それでも専業主夫は料理を作るのである。これもまた専業主夫の道。
あらかた炒めた米の真ん中に穴を空け、そこに残していた溶き卵を入れてスクランブルエッグ状になるように温めつつかき混ぜる。
固まってき始めたタイミングで米と混ぜ合わせてようやっとイメージした炒飯になってきた。
「仕上げです」
ほぼほぼ出来上がっている炒飯をフライパンの上半分に寄せ、空いたスペースに醤油を入れて少し焦がす。
香ばしい香りが家庭科室に充満する。
焦がし醤油っていいよね。
日本人でよかった。
焦がし醤油を炒飯に絡めてお椀に詰め、皿に盛ったら完成真ん丸炒飯。
「できました。専業主夫の
「……ごくっ」
多口会長の前に出来上がった炒飯を差し出した。
息を飲む多口会長がまるでゴハンを前に待てと言われているイッヌみたいでちょっと可愛かった。
「い、いまさら炒飯で納得できると思ったら……」
そう言いつつも1口食べる多口会長。
「……お、美味しぃ」
「私も頂くわね」
仲道副会長も上品な手付きで炒飯を食した。
「あ、美味しい。冷凍ご飯なのにパサパサしてない」
頬に手を当てて味わう仲道副会長。
無言でひたすら食べる多口会長。
なんか多口会長がエサを食べ続ける小動物に見える。癒されるなぁ。
「わ、私も」
さらに冨次先輩まで食べ始めた。
いやあんたこっち側でしょ。なんで食べたくなってるんですか……
「どうしてこんなにもちもちなの?」
糸目で首を斜めに傾けながら聞いてきた仲道副会長。
「冷凍ご飯をなるべく美味しく食べるコツです。予め油を米にコーティングしてから炒める事で米粒の中の水分を少しでも中に閉じ込める事ができます」
やってる事はこの間冨次先輩が鶏胸肉のピカタでやった事と同じだ。
小麦粉でコーティングしてから焼くのと同じ。
だけど小麦粉では炒飯独特のパラパラ感を出すのは難しい。
「さて多口会長、どうですか? ご満足頂けましたか? 少ない食材で料理ができる幽霊部員はそう居ないと思うのですが」
「…………ご、合格よ」
なんでちょっと不服そうに言うんですかね。
ちゃっかり残りの炒飯全部食べてるのになぁ。
……なんなんだこのロリ会長。可愛いなおい。
餌付けしたくなるよな。
「今日のところは見逃してあげるわ」
「そうね。美味しかったわ」
多口会長の頭を撫でながら感想を述べる仲道副会長。
微笑ましい構図である。
「今後も部活動に励むように!」
そう言ってロリ会長と巨乳副会長は去っていった。
去り際に「美味しかったわね」「美味しかった」と満足気な多口会長。
いやもうただ飯食いに来ただけじゃん。
「では僕も帰ります。家に帰って家事をしなければなりませんので」
「え、ええ。ご苦労」
お姉ちゃんと小学生の妹が中華屋でご飯食べただけの光景を眺めながら僕も帰った。
……なんで冨次先輩ちょっと偉そうな労い方なんだよ。まあ良いけど。
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