第47話 売れっ子作家の書斎にて②

 やたらとチラチラ僕を見る黒須さん。

 状況を飲み込めず困惑している僕。

 直人さんが何をしたいのかはわからない。


 直人さんは掴みどころがない。

 雲みたいに形は見えるのに、なぜかよくわからない。

 掴もうとするのが無理なのか。

 それとも形そのものが無いのか。


 あまりにも曖昧で、この人は本当によくわからない。


「うん。よくわかった」


 気まづいだけの空気から直人さんは何を読みとったのか。

 何がどうわかったのか。

 行間ぎょうかんを読むとかのレベルじゃない。


「透花、健君に付けてる発信機と盗聴器を回収して」

「…………はい」


 そう直人さんに言われた黒須さんは「すみません。失礼します」と言って僕の学生カバンをまさぐった。


 ……まさか、発信機と盗聴器も仕込まれていたとは思っていなかった。

 ガチストーカーじゃないか。いや、いまさらか。


「透花、ナイフも没収だ」

「……はい」


 さらに鍵型ナイフを取り出したと思えば次から次へと出てくる。

 ペン型で医療器具のメスのようなナイフなどの文房具型のナイフたち。


「まだあるだろ?」


 直人さんの声は一見優しい。

 だがここまで柔らかな殺気を身の回りの人間ができるなんて想像もしていなかった。


 黒須さんは観念したらしくさらに武器を出していく。

 学校の制服も弄っているらしく、リボンの中から針が出てきたりヘアピンすら取っていた。


「またずいぶんと持ってるな」

「……持っていれば、少しは安心、できるから」

「あとでグッズ屋にも説教だな」


 黒須さんは暗殺者か何かなのだろうか?

 武器を所持して普通に高校生活している女子高生なんて異常も異常。

 いや、今更か。


「すまない健君、こいつは昔色々あってな。武器を携帯するクセがあるんだ」

「……は、はぁ。まあ、鍵型ナイフでそういう認識はしてましたけども、うん……」

「ち、違うんです本部さん!」


 僕の手を両手で包み込むように握る黒須さん。

 目じりに涙を滲ませ切実に何かを訴えかけている。


「健君にはこれで殺されかけた件はどうにか水に流してほしい」

「まあ、怒ってはないですから」


 不安定な精神状態の黒須さんを責める気はない。

 何かあったのは分かっていたし、本当に色々あるのだろう。

 だから本当に怒ってはいない。ただ怖い。


 それでもこうして関わりを継続しているのは、抱えている何かに共鳴しているからだろうか。

 傷を抱えている者同士のなにか。

 それは傷を舐め合えるようなものじゃないのはわかっている。


「本部さん、ごめんなさい」

「大丈夫ですよ」


 今の黒須さんを見てみると、前の自分を思い出す。

 それが、たぶん僕が黒須さんを放っておけなくて料理を作るなんて言ってしまった原因だろう。


「よし。とりあえず透花はもう帰っていい」

「え、あの……いえ、なんでもないです」


 そう言って黒須さんは会釈をして書斎を出ていった。


「透花については、色々とある」


 直人さんはそうして口をつぐんだ。

 簡単に聞いてはいけない話なのだろう。

 何もかもが異常だ。


「透花は両親がいない。今はうちの組、いや、今は自警団というかなんでも屋というか、居場所のない不良たちを集めて色々と面倒を見ている組があってな。透花はその中の1人なんだ」

「どうやって1人暮らしを?」


 レオパは1人暮らしとしては十分な賃貸だ。

 備え付けの家具があるし、一人暮らしの為の賃貸と言っていい。


「透花は特殊で、僕が契約している部屋を与えているんだ。透花は勉強はできるから、投資みたいなものだな。まあ、探偵のバイトもしているから完全に金銭援助をしている訳ではないが」

「……だからストーキングされてる時に姿を確認出来なかったのか」

「透花はその道の才能もあるからな。ま、尾行に気付かれたのは透花の私情だから違和感を抱かせてしまったんだろう」


 あの、直人さん。「あいつもまだまだだな」って笑ってますけど、その被害受けてたの僕ですよ……


「透花については僕の方でもケアしていくが、味覚障害には僕も参っていた。僕も料理はできるわけだが、僕じゃダメだった。だから健君」

「はい」

「今後も透花と仲良くしてやってほしい。友達として」


 友達として、か。


「善処します」

「それと、1つ」

「はい?」

「透花には小さい頃の記憶がない。地雷だらけだが、なにかあったら僕にいつでも相談してくれ」

「……そうですか」


 あまりにも重い。そう思った。

 黒須透花が抱えるものがあまりにも重い。

 それでも、僕に出来ることなんて料理を作ることくらいだ。

 本当に、それくらいしか僕にはできない。

 たぶん、誰に対してだってそうだ。

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