路地裏少女と笑いたい。

S@YU

路地裏少女と笑いたい。①

夏が過ぎ、すっかり冷えるようになった夜。

高校を中退し、バイトをしながら進路を探す日々を送る。

俺はいつものようにコンビニでのバイトを済ませ、ワイヤレスイヤホンを両耳に、肉まんとピザまんが入った袋を片手に帰路へつく。


買ったばかりの暖かな肉まんを頬張り、聞こえてくる音楽に耳を澄ます。


そんな心地よい雰囲気を感じる俺の前に、一匹の黒猫が現れた。


真っ暗な世界に何故かよく映える黒猫だ。


そして、まるで俺を誘うように路地の裏へと入っていく。

興味が湧いた俺は、家族に少し遅くなるとラインを送り、黒猫を追いかけるように路地裏へ入っていった。


ギリギリ通れるくらいの隙間を進み、黒猫を見失わないように気をつける。


すると、奥にあるT字の分かれ道で右に曲がった。


俺もそれに続き、右に曲がる。

その先にいたのは、

先程の黒猫と体育座りで無表情に戯れる、俺と同じくらいの歳の少女だった。


〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇


「猫、好きじゃないのか?」


つい、気になったことを尋ねてしまった。

だって、あまりにもその表情には痛々しいものを感じたから。


「・・・!!


・・いきなり何。」


急に話しかけたせいか、肩をビクリと振るわせこちらを睨む少女。その眼光は鬼気迫るものがあった。


「いや、普通の女の子だったら猫と戯れるとニコニコ笑うイメージがあったから。」


「そんなの、あなたの妄想でしょ。それに、私を普通の女の子と一緒にしないで。」


ホントにウザイ。とそっぽを向いてしまう。


しかし、この子は普通ではない。


衣服はボロボロで、髪もボサボサ。


それに、食べれていないのかひどく痩せ細っていた。


「君、ちゃんとご飯食べてるか?大分、

いや、かなり痩せているけど。」


「・・・。」


少女は何も答えない。どうやら俺を拒絶してるらしい。


面白い。


「わかったよ。いきなり話しかけてごめんな。お詫びとして、ここにピザまんが入った袋を置いておくから、気が向いたら食べてくれ。」


そう言って、少女のすぐ横に袋を置いた。


それでもこちらを向かない少女をしばらく見つめていると、クゥーーーッ‼︎となんとも可愛い音が路地裏に響いた。


その音の犯人は、相変わらずそっぽを向いていたが、どう思っているかはその耳が物語っている。


「じゃ、そういうことだから。」


俺がここにいても、きっと手をつけないだろう。なら、ここは早く離れてあげるのもこの少女のためになるかもしれない。


俺は元来た道を戻る。


・・・まるで野良猫みたいな子だな。

それが少女に抱いた印象だった。



次の日、俺はもう一度今度は肉まんと温かいミルクティーを持って、路地裏を訪れた。


いつもの場所に少女はいた。


「よぅ。昨日のピザまん美味かったか?うちのコンビニの人気商品なんだよ。」


「・・・。」


相変わらず、少女は答えない。


しかし、その傍には中身のない袋が捨てられている。

食べてくれたのか・・!!


なんだか嬉しくなり、俺は今日も持ってきた袋を少女の隣に置く。


「これ、今日も持ってきた。こっちもおすすめ商品だから食べてくれ。」


捨てられた袋を回収し、また来た道を戻っていく。


また食べてくれるといいな。



次の日、俺は豚まんとミルクティーを持ち、また少女を訪ねる。


今日はコミュニケーションを取りたいと思う。


「今日も持ってきたけど、これだってタダじゃない。少しは俺とコミュニケーションをとってくれよ。

そしたらこれもあげるからさ。」


「・・・っ!」


少女はそこから長い間黙ってしまうが、ここまで2日もタダ飯を食らってきたのだ。それを

負い目に感じたのだろう。コクリとうなづいた。


「よし。じゃあ、これ。食べながら話そうぜ。」


そして、2つある豚まんの片方を差し出した。


受け取った少女が体育座りで食べ始めるのを見て、俺はいくつか質問をする。


「君、名前は?」


すると、今まで沈黙を貫いていた少女が、ついにその声を聴かせてくれた。


「・・・すずか。」


思ったよりも、キレイな声だ。


「・・っ!!歳は?」


「17」


同じだ。


「すずかはなんでここにいるの?」


「・・・家には、いたくないから。」


「そっか、、。じゃあ、親は?」


「・・いるけど、

・・・あの人たちは私を娘だと思ってない。」


そう言ってすずかは顔を膝に埋めてしまった。


ふむ。これは大分深刻そうだ。


「答えてくれてありがとう。今日はもういいよ。」


とりあえず、謎に包まれた少女について少しだけ知ることができた。そこで、俺の正直な気持ちをぶつけてみる。


「俺さ、すずかと仲良くなりたい。

・・すずかの、その無表情を崩してみたいんだ。


だから、明日からもここに来てもいいかな。」


何を今更と言われるかもしれないけど、一応筋は通しておかないと。


「・・・・・これ、毎日持ってきてくれるなら。」


そう言ってすずかは袋を指差した。


「あぁ!もちろんいいよ!」


良かった。これで心置きなくこの場所に来れる。


「・・・。」


相変わらず、その無表情は保たれたまま、口を開くことはなくなってしまったけど。



次の日の夜。


「よ。すずか。お待たせ。」


「・・・。」


いつもの場所にいつもの表情のすずかがいる。


「お前、寒くないの?そんなにボロボロの服着てたら風邪引くぜ?と思ってー」


じゃーん!と俺は大きめの掛け布団を出した。


「いやー、マジで運ぶの疲れた。ここ、狭すぎ。」


「・・。」


「はは。まぁとにかくこれ使えよ。

念のため、この上の生地、水とか弾くから

雨が降っても大丈夫だよ。」


そして、すずかに手渡す。


すずかは困惑したように、俺とその布団を交互に見た。


気にすんな。遠慮なく使えって。そんな意味を込めてうなづいてみる。


すると、すずかはゆっくりとした動作でそれを被った。


その時の、布団から顔だけ出したすずかの姿に思わず吹き出しそうになる。


しかし、そうすると絶対拗ねるのでどうにか我慢する。


「・・。


どうだ?あったかくなってきたろ?」


その言葉にすずかはコクリとうなづいた。


やっぱりすずかって庇護欲をくすぐるんだよなぁ。なんか、可愛がってあげたくなるというか。同い年なのに。


「あぁ!そうそう。今日は俺のコンビニ自慢のはちチキってやつ持ってきたぞ。」


そして、袋を渡そうとする。


しかし、すずかは手を布団から出そうとしなかった。

多分、俺たちでいう冬の朝はベットから出たくない現象と同じことが起きてるな。


「わかった。じゃ、ここに置いておくな。」


そして、いつもの場所に袋を置いた。


それにしても、まだここへ通うようになって一週間も経っていないのに、いつものなんて言葉を使うことになるとは。

俺毎回置いてんな。


俺も少し離れたところに腰を下ろし、今日あったことを文香に話す。


きっと、ここから動いていないだろうから、この路地裏の世界の外の世界のことも知って欲しかったから。


「今日のバイトでさ、困る客が来たんだよ。


その人、タバコと新聞をレジに持ってきたんだけど、会計の時に小銭をポケットから出して払おうとしたんだ。


だけど、明らかに100円足りない。


俺のバイト先って会計は機械がしてくれるから間違えるはずないんだけどね。」


「なのに、俺の金をどこへやった!って逆ギレしてきてね。店長がなんとか対応してくれたけど、すっげえ迷惑だったな。」


なんとなく、俺の愚痴を聞いて欲しくなって語ってしまった。


やべ。つまんなかったか?と心配したが、

すずかは意外と興味があるのか、こちらをじーっと見つめてきてた。


やっぱり路地裏の外が気になってんのかな。

いつか、連れ出して見るのもアリかな。

もう少し打ち解けたら。


と考える俺だった。



次の日


俺は自分の入らなくなった衣服を持ってきた。


いずれ捨てることになるならばと、有効活用しようと考えたのだ。


一応、臭いと思われたくなかったので念入りに洗濯をした。


・・・臭くないかな。


「こんにちはー。」


挨拶をしつつ、路地裏へ入る。


すずかは別れる時と同じ格好で、布団から頭だけを出していた。


ふむ。やっぱりまだ寒いのかな。


ちょうど良かった。早速服をあげよう。


「すずか。これからもっと寒くなるからさ。


これ。持ってきた。よければ着てくれよ。


大丈夫。ちゃんと洗濯したからさ。」


俺は持ってきた衣服をすずかの近くに置く。


「・・・。」


・・・やっぱり俺のお下がりは嫌かな?


ま、とりあえず置いておこう。


「今日はな〜、チーズ餅ってやつを持ってきたぞ。これ、めっちゃ美味いから。」


そしていつものように袋も同じところに置く。


「じゃ、冷える前に食べろよー。」


今日は特に話題もないし、渡すものも渡せたので帰ろう。


と思っていたのだが、


「・・・・待って。」


不意に、呼び止められた。


俺はそれが嬉しくて、勢いよく振り返る。


「どうした?」


「・・・これ、食べさせて。」


布団の中から手を出して、置いた袋を示す。


「え、、俺が?」


一応聞いておくと、コクリ。とうなづいた。


すずかの元に戻り、チーズ餅を取り出して口の前に持っていく。


「これ、熱いぞ。食べる時気をつけてな。


はい。あーん。」


ハムっ。すずかの口と、俺の持ってるチーズ餅が繋がる。


・・ちょっとだけ恥ずかしかった。


「美味いか?」


「・・・ほいひい。」


ハムハムと咀嚼するすずかは、やっぱり野良猫みたいだった。


ついでに、すずかの俺が持ってきた服を布団の中に引き摺り込む姿は、実に圧巻だった。


そこからは、普通の日々が続いた。



俺が食べ物を持ってきて、それを食べながら俺が一方的に愚痴やら、その日にあった面白い体験などをすずかに話す。


その間、会話こそなかったもののすずかは熱心に俺の話を聞いてくれた。


そして、そんな日々が続いて2週間が経った頃━



━━今日はまた一段と冷えるな。


大丈夫かな。服とか、もっとあげたほうがいいかな。


そんな思いと共に、路地裏は入る。


「よ。すずか。今日も来たぜ〜。」


「・・・おかえり。」


お。

挨拶を返してくれた。


おかえり。って。


「・・・おう。ただいま。」


「・・今日は、何を持ってきてくれたの?」


「おう。今日は肉まんだ。美味しいって言ってたからな。」


「・・・やった。」


しかし、すずかは大分、俺と会話をしてくれるようになった。


多分、多少の信頼を得ることができたのかもしれない。

なら、少しだけ踏み込んでみてもいいんじゃないか?



「・・なぁ。すずか。俺たち、結構仲良くなったよな。


そしてさ、もし良かったらなんだけど、すずかのことについて、もっと話を聞かせてくれないかな。」


名前や性格以外のこと。


主に、家族関係とかが聞きたい。


「・・・。」


すずかはかなり悩む素振りを見せる。


でも、すぐには断らない。もう一押しか。


「俺たち、友達だろ?だったら、相談くらいしてくれよ。毎日俺の愚痴を聞いてくれるじゃんか。すずかも、文句の一つ、俺にぶつけてくれ。」


すると、貯めていた物を一気に吐き出すようにすずかが口を開いた。


「・・・私、親がどっちも浮気をしたの。


なのに、2人ともそれを知った上で一緒に生活してる。


・・・そして、私は2人に娘だと思われてない。だって、どっちにも似てないんだもん。」


「・・・そうか。」


「・・・何度も、家族として、仲良くできるように言ったよ?そんなでも、私をここまで

育ててくれたんだから。


だけど、結局家族にはなれなかった。


2人とも顔はいいからお互いの浮気相手からお金を貰ってるんだけど、金欠が続いて、挙げ句の果てには私をお金稼ぎの道具にしようとしたの。


だから逃げた。ここに。そしてそのまま、いっぱい泣いた。


だけど、慰めるみたいにコロが私のそばにいてくれた。この子も多分、1人ぼっちだったんだろうね。」


するとどこからか黒猫が現れ、すずかのそばでゴロゴロと喉を鳴らす。


「ほんとはね。このまま餓死して死んでやろうとも思ってた。だから、その時から嬉しいとか、悲しいとかどうでもよくなったの。」


そしてそのまま俺の方を見て


「なのに、コロがあなたを連れて来た。


最初は、ほっといてよって思った。善人ぶらないで。どうせ体が目的なんでしょって。


だけど、仲良くなりたいって、君を笑わせたいって言われて、どうせ偽善なんだと思いながら

も、何故か、心を許しちゃってた。」


「なんか、不思議だな。

ずっっと中にしまってたものが、一気になくなった感覚。」


相も変わらず、表情に動きはなかったが、普段のすずかからは想像できないような言葉の量だ。


それを俺に伝えてくれた嬉しさと、すずかが

路地裏にいる理由の重さに、複雑な気分に

なった。


「・・・話してくれて、ありがとう。

すずかが、今まですごく大変な人生を歩んで来たことが知れて良かったよ。」


「こちらこそ、聞いてくれてありがとう。」


話すのも辛かったろうに、ありがとう。と言ったすずかに、言葉にならない感情が溢れ、

俺も自分の過去を知って欲しくなった。


「・・・あのさ、もしよければ、俺の話も聞いてくれないか。


すずかにとっては、嫌な話かもしれないけど。」


・・親がクズのすずかにとって、今から俺がする話はとても優しい俺の親の話だから。


「・・うん。私も聞きたい。」


それでも、すずかは聞きたい。とそう言ってくれた。それを確認し、俺は語り出す。


「俺は、すごく家族に恵まれた。


母さんは、あることがきっかけで高校を中退した俺を優しく受け止めてくれた。


色々とお金もかかったはずなのに。


無理に通う必要はないって、嫌なことは溜め込まないでって。

最終的に自分で生きていけるようになったらそれでいいって言ってくれたんだ。


父さんも、俺が高校を辞めたいって話した時

じっくりと話を聞いてくれた。


ただただいいぞ。と言うわけでもなく、これからの人生が苦難になる。と現実を教えてくれた。


その上で、俺が辞めてしまった今も気に病むなよ。職なんていくらでもあるからよ。って背中を押してくれたんだ。


正直、息子が高校を中退したってなったら、

親たちは親友達からあまりいい目で見られないと思う。

それでも、俺のことを優先して考えてくれた両親にいつかこの恩を返したい。」


俺の話を、すずかは静かに聞いていた。


親自慢かよ。と思ったかもしれない。


だけど、俺は全ての「親」という存在が悪いものではないと知って欲しかった。


「良い、、、ご両親なんだね。羨ましいかも。」


「うん。自慢したくなるほどの親だよ。」


・・・そんな優しい親に俺は昨日、ある相談をしていた。


その内容とは


「だからさ、すずか。君さえよかったら、家に来ないか?」


そう、それは


すずかを家に住まわせてやれないか。という相談だった。





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