ずっとふたりでいようよ
香月 詠凪
第1話 心残り
佐倉 真衣 15歳
好き。
声には出さないように心の中で呟いてみる。
だから勿論、隣にいる幼馴染にそれは伝わらない。
「真衣、話聞いてる?」
突然の問いかけに、へ? と素っ頓狂な声が出てしまった。
さっきまで、何の話をしていたっけと思い出そうとする。
頭を3回転させた結果諦めた。
「えぇと、ごめん何だっけ?」
「真衣ってたまに・・・いや、結構別の世界行くよね」
「そうかな?」
そうかも。
気付いていない振りをしながら首を傾げる。
「まぁいいや。とにかく今日は一緒に帰れないから」
そう話す彼女の顎上で切り揃えられた髪が揺れる。
細い首筋のラインが露になっていて、何となく目を逸らす。
キーンコーンカーンコーン…
予鈴が鳴り始め、昼休みの終わりを告げてくる。
人気の無い階段の踊り場には二人だけが取り残されていた。
「え?呼び出したのってそれだけ?」
「うん」
普段、昼休みはクラスの違う幼馴染とは過ごさず、お互い別の友人達と過ごしていた。
ただ今日は珍しく、幼馴染が教室に来て私をここに連れてきた。
だから、何かあったのでは無いかと心配していたのだけれど、どうやら杞憂だったみたいだ。
廊下の騒がしかった声もいつの間にか消えていた。
そろそろ授業が始まってしまう。
自分の教室へ戻ろうと階段を降り始める。
「真衣」
幼馴染が私の名前を呼ぶ。
その声に脊髄反射して振り返った。
逆光で彼女の顔が見えない。
「どうしたの?」
「ずっと友達でいてね」
胸に重く響くその言葉に返す言葉を探す。
ひゅっと喉が鳴った。
「何いきなり?当たり前じゃん、ずっと友達だよ」
確か、これが私たちが最後に交わした言葉だった。
学校からの帰り道、車に轢かれて私は死んだらしい。
らしい、と言うのはそこら辺の記憶は飛びとびで、あまり覚えていないから。
じゃあ、何故死んだ事が分かるのかと問われたら自分でもよく分からない。
けれど、ちゃんと私には分かるのだ。
もう二度と目を開くことは無いのだと。
そんなこんなで私は次の段階を待っている。
死んだ後にどうなるとかは知らないけれど、生前では輪廻転生?的なものを何となく信じていた。
だから、その考えのまま行けば、私は次の生命体に生まれ変わるのだろう。
そう思って結構待っているのだけれど、中々この世界から出ることが出来ない。
見渡す限りの白い世界。
自分の実態が存在している感覚はない。
心はどこまでも満たされているのに、どこか酷く淋しい。
ずっとここに居たいと思うのに、ここは自分の居場所ではない気がする。
そんな、不思議な空間に取り残されていた。
このまま、私はこの白に呑み込まれてしまうのだろうか。
こんな事になるなら、幼馴染に好きって言ってしまえば良かった。
同じマンションでずっと一緒に育ってきた親友。
大切だからこそこの気持ちは一生隠しておこうと思っていた。
あぁ、なんだ。
私、一生気持ち隠し通せたじゃん。
やるじゃん私。
でも、やっぱり伝えたかったなと思う。
だって後悔しているから。
自分勝手でもなんでもいいから、死んでも後悔するくらいなら伝えるべきだった。
白かった世界が暗くなり始めた。
居心地の良かったあの空間はもうそこには無い。
白が黒に塗りつぶされ、私の世界はー
鐘の音が聴こえるのと同時に、心臓が酷く痛む感覚が来た。
はっ
荒くなった息を整えて立ち上がった。
「生きてる?」
手を握ったり開いたりしてみる。
「生きてる!」
何だかよく分からないが、あれは夢だったみたいだ。
だって、今私生きてるから。
それにしてもここは何処だろう?
見知らぬ土地で辺りを見渡す。
控え室のような場所で、何故ここに私がいるのか思い出せない。
白塗りの壁に、化粧品が並べられた机。
花束というよりブーケと言った方がいい物が飾られている。
「この花...」
花に手を伸ばした時、ドアが開く音がした。
振り返るとそこにはドレスを着た女性が立っていた。
突然の襲来に咄嗟に言い訳をする。
「あの、すみません怪しい者じゃ無いんです。なんか気が付いたらここにいて。って、言っても信じてもらえませんよね?」
私は四方八方泳がせた目線をようやくドレス姿の女性に合わせた。
「...真衣?」
女性は幽霊でも見たかのように震えた声で私の名前を呼んだ。
「どうして私の名前を知ってるの?」
どこかで会ったこと有ったっけと、女性をよく見る。
その顔をよく見る。
形のいい眉に、一重だけどハッキリとした目。
薄い唇には赤の口紅がよく似合っている。
私の好きな顔だった。
「えっ」
次に幽霊でも見たかのように震えた声を出したのは私だった。
「もしかして、咲?」
女性は首を上下にぐわんぐわん揺らした。
その姿は私の知っている15歳の橘 咲よりも随分と大人びて見えた。
ドレス姿の美しさに見惚れて動けないでいる私に咲が近寄ってくる。
そしてそのまま抱き締められた。
「なんで、嘘、すごい触れる。夢みたい」
状況を掴めない私はされるがままになっている。
「真衣だ、まい、まい、まい」
泣きなが私の名前を呼ぶ親友の背中をさする。
えぇと、これはどういう状況?
夢にしてはあまりにも質感が有りすぎる。
でも、現実味が無さすぎる。
そもそも、どうして咲は泣いているのだろう。
今日も学校で会ったのに。
あれ?
私達は高校一年生のはずだ。
なのになぜ私達はここに居るのだろう。
さっき見た夢を思い出す。
もしかして、あれって夢じゃなくて。
嫌な予感がする。
私は咲の背中に回した手を緩めた。
密着していた体を離して咲と向き合う。
出会った時の完璧に作られた顔は崩れ、私の知っている顔が覗いていた。
「咲、私って死んだの?」
口に出すとおぞましい言葉だなと思った。
どこか否定して欲しい気持ちと、返事を確信してしまっている自分がいた。
咲は苦しそうに泪で一杯になった瞳を閉じた。
絞り出した声はか細く、その小さな肯定は聴き逃してしまいそうだった。
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