黒の空白地点

赤苺夜

目的。

 私たちの生きている世界は、至極単純なことで構成されている。誰もが同じ思考を持ち、同じ行動、もしくは与えられた役割を果たすことで、その人間の性質は保たれる。もしそれに反するようなことがあるならば――おそらく、逸脱した思考や人間性への異常な干渉、反神論など……人間にできること以上を神は与えていないというが、本当なのだろうか。

 人間は様々な事象をもって感情や判断を淀ませてしまう生き物でもあった。それを正すために魔族があり、彼らを率いる魔王――人間は破壊神と崇めている、彼女らがいる。

 魔族は人間やそれ以外の生き物とかけ離れた姿をしているが、果たすべき役目に沿った形で生まれてくる。遊び足りない子を担当する者、知識を共に得る者。中には人間の正義を全うするために相手になる者もいる。どの魔族も己のできることで、人間に寄り添う形をとってきた。

 彼らは人間のいる地上とは別にある魔界で暮らしている。いわば魔界は人間のメンタルケア施設のようなものだ。それでも正せない、可逆性を失った人間がいるならば、それを始末、殺害する魔族もいる。彼らは魔王直属の部下であり、人間が存在しなければ生きられない魔族だった。その多くが竜の役目である。

 この世界は主に天使が管理している。魔族は人間の心を癒す者たちだが、天使たち天界の者はその個体の状態を管理するのが役割である。しかし魔族とさほど仕組みは変わらず、彼らは役割を分割して世界の均衡を保っている。天使たちは魔族と違い、幼体が存在しないという特徴があり、いわば即戦力として認識されていた。魔族ほど多くはないが、人間からは創造神だと言われている天界の王からすれば天使たちの代わりは幾らでもいるという。

 天使と言えど彼らにも情はあるが、魔界ほど種類もない単調な役割をこなすことに何かを覚えてしまったようだ。その何かが、天使たちだけで済むことであるならばよかったが、彼らには多くの被検体がいた。そして彼らに使われたとしても文句ひとつ言わない者たちがいた。一人や二人の話ではない。


 彼らは、人間は天使を敬い、創造神の言う未来を恐れた。

 彼らは、魔族に癒され、破壊神の縛りに従った。


 神は、もうどこにもいないようだ。


 少し過去のことになるらしい。天使たちが通常業務に何かを感じてしまった後、それらが発覚するまでに数年かかった。魔王はつい最近――四百年前くらいだが、部下を天使に焼かれたのを助けられず、兄である創造神の自殺も止められず、己の無力に嘆いていた。そこに届いた不幸の知らせに魔王は豹変してしまったという。

 彼女は具体的に人間に危害を加えることはしなかった。人間に干渉することは魔王にはできないためである。つまり、人間によって人間を見張る、監視し合うように命令した。その人間というのも死神によって魂は回収されるため、少しでも正確に数値を測り均衡を保つため、魔王はこう命令したようだ。

 魔王は以前から取り乱す、憤怒することが多かったが、天使たちの所業が判明してから完全に自分を律せなくなってしまった。

 要するに、本来人間や生き物のように事象に対して感情を持たないはずが芽生えていたことにより――本来の神であるものと似てしまった。

 彼女は魔界のロックダウンを誓言し自ら黄泉に堕ちたという。

 天使たちが何かを覚えてしまった予兆は数千年前からあった。先代の破壊神が側近であり一番の実力者に「人間に連れ去られた魔族を連れ戻す」役目を持たせ地上へ送ったが行方不明になってしまったという事例があった。魔界から出ていた魔族の子供が何者かに連れ去られてしまう事件が多々あり、そのたびに魔族を派遣し連れ戻す工程を行ってきた。

 しかし、もう遅かった事例がいくつかあった。魔族の子供がどうなってしまったなどを記したものが無いのが致命的だが、察することは出来たようだ。

 それらは人間を襲うようにできてしまう。人間や人間に似た容姿の天使たちの仕業でもう二度と未来を望めなくなってしまったのだから。連れ去られて戻って来られなかった魔族の魂と力は、生まれる別の魂と融合されていた。それは不可逆反応により魔族の子供の魂が元に戻ることは無い。

 だが魔族はもとより人間の幸福を願い支えるために産まれる。たとえ形を失っても子供たちは役割を全うしたいと考えるのが当たり前だった。それにより起きた不都合があった。

 融合して生まれた命は成体になるまでに必ず制御不能に陥り、役割を逆転させる。わかりやすく言うならば、人間に恐怖を与えるようになってしまう。

 

 人間が恐れ、崇め奉るものとして神がいるなら、人間や天使の手によって神が数多く産まれ、そして多くの人間に恐怖、不安、憎悪を植え付けることになったと言える。天使たちはその様を天界から眺め、魔族は彼らの身の安全と浄化を心から願った。本来ならば人間を支える役割につき導き支え、それによる幸福で生きるために産まれたが、程遠い結末を迎えているというのが魔族たちにとって何よりも悲しいことであった。

 彼らはひとしきり暴れ、人間を襲った後いきなり消えたらしい。しかし魔族の子供も、生まれた命も救われたり報われたりしたわけではないようだ。消えたのではなく、潜んだだけである。どこにも還る場所が無いために、魔族の残滓と子供の残滓で隠れ潜んでいるだけである。こちらが認識しようとしなければ彼らは具現化しようと考えない。不幸なことに、忘れ去ってほしいと願うだけになってしまう。


 魔王が人間に下した命令は二つ。

「能力を持った人間は誕生と共に始末しろ」

「矯正しない異端者は全国民の前で処刑しろ」


 産まれた時点で始末すること。それらに関して思考を持たないことで魔王は人間への負荷を減らしたと思っている。しかし魔王は造られたが故に気付かなかった。

 親が子に持つ感情により隠しながら生き延びていた場合が存在することを。

 魔王も創造神も、そして死神も。彼らにできないことは偽ることだ。人間にはそれができた。


 なぜか。

 人間は愛を知っている。破壊神や創造神には、それらが無い。


 魔界がロックダウンしたことにより新たに生まれることは無くなったが、彼らはまだ生きている。どこかで救済と断罪を望んでいる。

 残っているのは十体。各地に散らばり、国のどこかに潜んでいる。

 何も摂取することもなく、生きていたころの思い出が風化していき残滓が消え去ってしまうことに必死に抵抗している。

 魔王は黄泉に向かう直前に彼らのことを命名した。


 彼らは禍津神。

 貴様の役目は禍津神を浄化し、一体残らず殺害することだ。

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