彼女と男の子と黒猫

フィガレット

第1話 彼女と男の子と黒猫

「トリック・オア・トリート!」


 彼女の目の前には、男の子のオバケが一人。


 彼女は思った。


『そうか、今日はハロウィンか・・・』


 そう、その日は10月31日だった。仕事を終えて電車に揺られて最寄駅に着き、コンビニで夕食と晩酌とツマミを買い、家に帰る途中。薄暗い公園横の道を歩いていた時の事だった。時刻は11時になろうとしていた。


 ハロウィンといえば子供がオバケの格好をして、お菓子か悪戯いたずらかどちらかを選べと言うイベントだ。


 しかし、彼女の目の前には・・・子供の格好をしたオバケがいた・・・。


『逆なんじゃない?もしくはギャグかしら・・・?いや、本来の意味では正解?』


 などと困惑しながらも彼女には、その子がオバケである確証があった。

 だからこそ、彼女はオバケの男の子に恐怖を覚えなかった。

 むしろ、あったのは安堵だった・・・。


 あの子が・・・あのまま、何もかも終わりではなかったのだという事が嬉しかった。


 様々な感情が渦巻く中、彼女は手にコンビニ袋を持っていた事を思い出し、その中身をちょっと覗いた後、ようやっと絞り出す様に言葉を発した。


「・・・チータラってお菓子に含まれるかな?」


・・・


「よくわかんないけど・・・含まれないんじゃないかなぁ・・・」


 辺りを静寂が包んだ・・・。


・・・


「えっと、悪戯は結構キツい悪戯だったりするのかな?」


 彼女はにっこりと笑いながら、穏やかに言った。

 オバケを前にして随分と落ち着いたものである。


 そんな彼女の様子に男の子も笑みを溢しながらいった。


「お菓子がないなら、可笑しな話をしてよ♪出来れば楽しいのがいいかな」


 可愛らしい男の子のかわいらしいお願い。

 彼女は願ってもない話だと思い、話し始めた。


 それはオカシナ話。とても、とてもオカシイ話・・・。


***


 その日、私はいつもの様に会社に出勤する途中でした。

 いつもの通勤路、電車までの道のり。

 歩いて20分程の間で、その出来事は起こりました。


 路地裏のアパートの階段下。頭から血を流し、倒れている男の子がいたのです。


 その傍らには真っ黒な子猫が心配そうに、その子を伺っていました。

 私は慌てて駆け寄り、救急車を呼び、救助を待ちました。


 電話は繋いだままにして救急隊員の指示に従い、必死で出来る事を聞き、出来る限りの事を尽くしました。


 必死でした。


 その手には、確かに男の子の体温があったから・・・。

 人通りが多くないその道で精一杯叫び、人を呼び数人の人が集まっていました。

 その人達も色々と手伝ってくれました。


 頭部の出血が激しかった・・・。

 止血をし、上着を被せて・・・それでも・・・。


『ぼくが死んでも、だれも悲しまないから・・・だから大丈夫』


 私が発見したのは怪我をしてから、それほど時間が経っていなかったのかもしれません。

 発見してすぐに、男の子が言った言葉・・・最後の言葉・・・。

 血が止まらず、すぐに男の子は意識を失った。

 私は直感的に理解してしまった。この子は・・・助からない。


 男の子は、痩せ細っていました。

 現代のこの国では、通常ありえない程に・・・。

 小さく見えたのは、十分に栄養を与えられていなかったからなのでしょう。

 

 見た目よりも年齢は上だったのかもしれません。

 

 その後すぐに救急車が訪れて、男の子は運ばれていきました。


 私は一体、どんな顔をしていたのだろうか・・・。

 それすらも分からなかった。ただ、酷い顔をしていたのだと思います。

 救急隊員の一人が私に告げてくれました。


「貴方の処置は素晴らしかった。ただ、あの出血ではどうしようもありませんでした。貴方は何も悪くありません。だから、決して自分を責めないで下さい」


 その言葉に幾分か救われました。


 それでも・・・やるせなさが残りました。

 言い知れない罪悪感と無力感・・・。

 私は医者でもなければ、救急隊員でもない、ただの会社員。


 それでも、目の前で一人の男の子の命が・・・途絶えた。

 その事実は、私の心に大きな爪痕を残しました。


 とても、そのまま出勤出来る状態ではありませんでした。

 その後、警察からの事情聴取もありましたし・・・。


 次の日も、何もやる気が起きず会社を休み、幸い土曜、日曜と休みが続いた為、週明けには普通に会社へ出勤する事が出来ました。


 見ず知らずの男の子が亡くなった。

 ただ、それだけの事・・・それでもいくつかの違和感が私の心の中にずっと残っていました。男の子は何故、あれ程に痩せ細っていたのか・・・。


 そして、あの男の子が最後に言った言葉。

 小さな子供が『誰も悲しまない』と言った事・・・。


 その答えは後日、知る事になりました。

 近所の噂好きのマダムから聞いたのです。


 その子は虐待を受けていたそうです。

 育児放棄ネグレクト。十分な食事を与えられず、十分な愛情を受けられず亡くなった男の子。


 そして、私は耳を疑った。

 その子の母親は・・・笑っていたそうです。


 男の子は事故死でした。


 しかし、育児放棄の挙句、鍵を掛け忘れて・・・飢えて食べ物を探し外へ出た男の子は、階段から落下して死亡した・・・。これが事故なのだろうか・・・?


 母親は離婚した挙句、親権を押し付け合い嫌々引き取った子供を煩わしく思い放置した。新しい男と会う為に・・・。


 そして・・・


***


「それのどこがおかしな話なの?」


 男の子は、不思議そうな顔で首を傾げた。

 その表情には悲壮感も怒りもなかった。

 ただ彼女が、その話をおかしな話だと言った事が疑問だった。


 その表情に、彼女は目に涙を浮かべながら言った。


「この話は・・・オカシイ事ばかりだよ・・・」


 彼女は続ける。


「親が子供を愛さないのはオカシイよ・・・。ちゃんと幸せにしようとしないなんてオカシイ!亡くなった事を悲しいと思わないなんて絶対におかしい!!」


 彼女はずっと心の中に残っていた感情を吐き出した。


「いなくなって平気なんてオカシイ・・・そして・・・これをオカシイと思えない君は・・・オカシイよ・・・」


 止まらなかった。


「教えて貰えなかったんだよね・・・。それはオカシイ事なんだよ?」


 とめどなく流れる涙が、一体何に向けたものなのか彼女は分からなかった。

 それでも・・・悲しかった。

 それを伝えたかった。

 伝える事が出来た事に感謝した。


「君は、誰も悲しまないって言ったけど、それもやっぱりオカシイよ・・・だって私はこんなにも悲しんでいるから・・・」


 赤の他人である彼女は、もう二度と伝える事が出来ないその言葉に蓋をしていた。

 そもそもに悲しむ理由を明確に出来ないでいたのだ。


 それが、奇跡的に届いた。


 彼女の安堵と喜びは、この子に悲しむ人がいた事を伝えられる事に対してだったのかもしれない。


「君は生きていてよかったの、生きるべきだった。それが出来なかった事は・・・とても悲しい事なんだと思うの。それが出来なかった君に、こんな事を言うのは残酷なのかもしれないけど・・・。それでも、生きる事を望んでいて欲しかった。望んでいたんだと伝えたかった・・・。だって君は、あの時・・・泣いていたんだから・・・」


 亡くなる前、彼女に最後の言葉を伝えた時、男の子は確かに泣いていた。

 それは、痛みに対してだったのかもしれない。それでも、その現象こそが体が生きたいと叫んでいる事に他ならないのだと彼女は言った。


 そして、その子が・・・痛みだけではなく、心でも泣いていたのだと彼女は確信できた。


 何故なら目の前の男の子のオバケは、ちゃんと涙を流していたから・・・。


「ありがとう・・・お姉ちゃんに会えて本当に良かったよ」


 男の子のオバケは泣きながら・・・笑っていた。

 その表情を見て、彼女はもう大丈夫だと思った。

 何が大丈夫なのか、までは解らなかったが・・・。


 その後も、彼女は公園のベンチに腰掛け、男の子に色々な話を続けた。

 それは今度こそ可笑しい、楽しい話だった。

 彼女がこれまで生きてきて楽しいと思えた様々な出来事。

 それは、大した事のないものばかりだったのかもしれない。

 それでも、男の子にとってはどれも最高に楽しい話だった。


 そんな楽しい時間があっという間に過ぎ、一時間程経った頃だろうか。


「そろそろ時間かな・・・ぼくの悪戯はおしまいだ♪」


 男の子は、満足そうに言った。


「え?可笑しい話をしたのに悪戯もされたの!?あれ?何をされたんだろう?」


 どうゆう事か思い返してみたが彼女には、思い当たる節がなかった。


「お姉さんが家に帰るのを一時間、邪魔する事がぼくの悪戯だよ。今日がハロウィンで本当に良かった。気をつけて帰ってね」


 どうやら男の子は目的を達成した様だ。

 名残惜しそうにしながらも、もう日付も変わろうとしていた。

 手を振る男の子に、彼女は最後に言い忘れていた事を告げた。


「そう言えばあの時、君の側にいた真っ黒な子猫。今、私の家で飼ってるの。『クロ』って名前を付けたんだけど、もしお友達だっなら安心して♪大切に可愛がってるから」


「そっか、お姉さんの所にいるんだね・・・なら大丈夫かな。ありがとう」


 男の子は嬉しそうな笑顔を浮かべたかと思うと、気付けばいなくなっていた。


・・・


 本当に不思議な出来事だった・・・。

 しかし、お話はここで終わりではなかった。


 五階建マンション、エレベーター無しの五階。

 地獄の階段アタックが必要な格安マンション。セキュリティはザルである。


 彼女の家は裕福ではなく、奨学金で大学を卒業した事もありお金がないから安いマンションに住むしかなかった。


 彼女は、鍵を開けて部屋を覗いた瞬間に絶望して膝から崩れ落ちた。

 部屋は滅茶苦茶に荒らされていた。明らかに彼女のより大きな靴跡があちこちにハッキリと残されていた。


「何も私の家に泥棒に入る事ないじゃない・・・」


 高価なものなど、部屋にはなかった。誰かに恨まれる様な心当たりも全くない。

 何かの冗談だと思いたかったが目の前の荒れた部屋は冗談では許されない状態だった。


「悪戯・・・ではなさそうね。盗むものなんて何もないでしょうに・・・」


 その瞬間・・・部屋の奥でゴソリと音がした。


 彼女は思った。まさかまだ泥棒がいる・・・?


 緊張が走った。恐怖に硬直し体が強張るのを感じた。


 そんな中で彼女は精一杯、何とか出来る事を、と自分に言い聞かせて闇に目を凝らした・・・。


「にゃ〜ぉ」


 そこには、暗闇に光る黄金色こがねいろの瞳が二つ。


 それは・・・クロだった。


「なによぉ・・・あなただったのね・・・。でも無事でよかったわ」


 ホッとした彼女は、すぐに警察に連絡を入れた。

 警察を待つ間、証拠保存の為に出来るだけモノには触れないようにしながらも物色された場所を確認する。

 

 下着や私物がいくつか無くなっていた事にゾッとした・・・。


 遅れて再び襲ってきた恐怖を必死で堪えた。


 その数分後に訪れた警察から聞いた言葉で彼女は再び戦慄する事になる。


「手口からして今、我々が全力で追っている連続強盗殺人犯によるものの可能性があります。近隣住人の方から聞いた話によると貴方が帰宅する直前まで犯人は部屋にいた可能性が高いです。犯人と鉢合わせにならなくて本当によかった。もし、遭遇していたら・・・」


 それ以上は、警察の人も口を紡んだ。


 彼女は想像して凍りついた。


 しかし、ふと先程の出来事を思い出した。

 去り際の男の子の満足そうな笑顔を・・・。


 明らかに足止めを目的とした会話だったんじゃないだろうか?

 帰宅を遅らせて、何をしたかったのか・・・あの悪戯は何だったのか。

 

 その答えが目の前にあった。


 あの子は、彼女が連続強盗殺人犯と遭遇する事を回避したかったのではないだろうか?


 彼女は男の子に心から感謝した。


 名前も知らない、それでも、もう見ず知らずではない・・・オバケの男の子に・・・。


◇◆◇


 彼女は部屋を引っ越した。

 一度、実家に戻ったのだ。職場から遠くなった為、通勤がしんどい。

 更に、妹からの無言のプレッシャーが酷かった。


「そんな目で見ないでもいいじゃない・・・色々と大変だったのよ?」


 男の子の事は、誰にも話していなかった。どうせ、信じては貰えないだろうと思った。

 

 部屋に連続強盗犯が入った事は伝えていたので、実家への出戻りも暖かく迎え入れてくれた。しかし、何せ家が狭く部屋がないので受験生の妹にはどうしても煙たがられてしまう。

 

 連続強盗犯は、あの後すぐにもう一人、女性を殺害し捕まった。


 通勤もしんどいので、私はまた引っ越して一人暮らしを再開する準備を始める。

 不動産屋を巡り、物件を探す訳なのだが・・・なにせお金がない。


 あまりよい思い出はないが、どうしても以前住んでいたエリアになってしまう。


「前回の時も、通勤と安さで選んだからなぁ・・・やっぱりあの辺になるわよね・・・」


 あんな事があったのに中々に逞しいものだなぁ、と他人事の様に思いながらもいくつかの部屋の資料を見せて貰う。


 その中でも一際、家賃が安い物件が一つ・・・。

 異常な安さ、どう考えても訳ありである。不動産営業マンに確認すると案の定、事故物件だった。何でもそこで人が死んだらしい。


 詳しい住所と地図を見るとすこぶる見覚えのある・・・否、身に覚えのある場所だった。

 

 それは・・・男の子が亡くなった場所だった。


 彼女は思った。


『あれ?あの子が亡くなった事故物件なら、別に怖くないし平気なのでは?』


 魔が刺したのだ。それ程に魅力的な値段だった。


 彼女は、その部屋を内見する事にした。


◆◇◆


 後日、ゲージに入れたクロも一緒に部屋の内見に案内して貰った。

 部屋は、とても綺麗だった。ペットも可で駅からも前より随分と近い。

 通勤に関しても問題ない。オールオッケー、パーフェクトである。


『でも、あんな事があった後でここに住むと言うのは流石になぁ・・・』


 などと思いながらも値段の魅力に抗えない程度には、彼女はたくましかった。しかし、なかなか決めきれず悩んでいると不動産屋の人が・・・


「すいません。ちょっと電話が掛かってきたので外させて頂きます。ごゆっくりご確認下さい」


 丁寧にお辞儀をしながら席を外した。

 

 彼女が目の前にある部屋と、お財布事情と、その他諸々をごちゃ混ぜにして頭を抱えていると・・・


「なんでお姉さんがここにいるの?」


 気付けば傍に、あの男の子がいて首を傾げていた。

 突然の事に彼女はその場で飛び跳ねた。

 そして一瞬固まった後、平静を取り戻した。

 あの子は、この部屋にまだいたのだ。


「ひさしぶり。元気にしてた?ん?オバケにそれは変かな?」


 彼女は柔らかく微笑んで男の子に話しかける。


「オバケに元気は変なんじゃないかな?」


 男の子も嬉しそうに笑う。彼女と男の子は再び再会する。


 彼女は、男の子に事情を話した。すると・・・


「それならここに住むといいよ。ぼくがお姉さんを守ってあげる♪」


 小さな男の子が、守ってあげるとにこやかに微笑む様子を見て、だらしなく頬が緩む彼女。しかし、これによって懸念事項の一つ、罪悪感や霊的な怖さは消え失せた。

 そうなれば、なし崩しに躊躇ためらいが消えていく。


 彼女は、この部屋に住む事にした。


 こうして、彼女と男の子と黒猫の共同生活が始まったのだった。


・・・


「そう言えば、ずっと聞きそびれてたんだけど君の名前を聞いていいかな?」


 彼女は男の子に、やっと最初にするべき質問をする事が出来た。

 すると男の子は少し悩んだ後、こう答えた。


「名前は・・・前の名前はもう要らないかな。お姉さんが新しい名前をつけてよ」


 男の子は無邪気な笑顔で言った。それは・・・とても悲しい意味合いを含んでいる様に思えた。この子にとって、生前の呼称は・・・親に貰った名は・・・あまり価値のないモノだったと言う事なのかもしれない。ほとんど呼ばれる事がなくなっていた名前。それよりも男の子は、彼女に新しいものを貰いたかった。


「えぇ!?それって責任重大よね・・・。そんな簡単には決められないよ・・・。一生に関わるモノだし」


 彼女は困惑する。オバケに一生にと言う言葉もどうかと思うが・・・。


「そんなに深く考えなくていいよ?お姉さんの付けてくれた名前がいいってだけだし」


「そんな事言われても・・・、でも・・・うん!考えるね」


 彼女は責任逃れをこの子に対して、してはいけないと思った。

 だから、いい加減に思われてでも名前をあげるべきだと判断した。


「私の大好きな安倍晴明あべのせいめい様から、お借りして晴れて明るいって書いて晴明はるあきってのはどうかな?」


 男の子の笑顔が、晴れた青空の様に明るく澄んでいると感じた。

 彼女は、男の子に自分の好きなモノをあの時に話していた。

 安倍晴明についての話も出ていたのだ。それを聞いていた男の子は目を輝かせていた。


「いいね、それ!とても気に入ったよ♪今日からぼくは『晴明はるあき』!素敵な名前をありがとう。これからよろしくね」


 晴明は満面の笑みで彼女の付けた名前を受け入れた。

 この時、晴明の存在は新しく、生前以上に世界に定着したのかも知れない。

 

◆◇◆


 それから、無事に不動産の契約を済ませて引っ越しを済ませた彼女は新生活を始める事となる。

 

「お姉さん、朝だよ。早く起きないと仕事に遅れるよ?」


 オバケに起こされるだらしない家主。


「おはよ〜。毎朝ありがとうね♪んー、今日もいい天気ね♪」


 彼女はグーっと背筋を伸ばして布団から出る。

 朝食を食べて身支度をして出勤。


「退屈しない様に一応、今日もテレビ付けっぱなしにしとくね。クロは餌と水置いとくから。晴明くんは何かいる物とか必要な事があったら言ってね。それじゃぁ行ってきます♪」


 行ってきますを言う相手がいる事を彼女は心地よく感じていた。

 オバケとの共同生活は上手くいっている様だ。


○●○


 そんな彼女が出勤して部屋を出た後・・・晴明とクロが語る。


「あの娘、しっかりしてる様で以外と抜けてるニャ。お前の事故死は事故物件にはならんのニャ」


 クロは晴明に話しかける。亡くなったのは部屋の外階段の下。

 室内ではないし殺人でもなく事故死。事故物件にはならない。


「随分と上手く嘘を付くものだニャ。名前を隠してまで、わざわざお前の母親の死を隠したのは、あの娘が罪悪感を持たない様にするためニャ?」


 語られる真実。

 

 連続強盗殺人犯が最後に殺害した女性、それはこの部屋で殺された・・・晴明の母親だった。魂の等価交換。一人の死の運命を遠ざける為に支払われるのは、やはり死だった。


 彼女を救う為に、晴明は母親を犠牲にした。


「お姉さんは気にするだろうし、知らなくてもいい事だとおもうんだ。もし怨念になってもぼくが守ってみせるし!」


 晴明は勇ましく言ったつもりだが、はたから見れば虚勢を張ろうと頑張る微笑ましくも可愛い男の子の姿だった。


「最強の死神の力が、小娘一人守る為だけに使われるとはニャぁ・・・」


 クロは呆れる様に言った。


「ダメかな?」


 晴明は少し心配そうに言う。それに対してクロはむしろ少し嬉しそうに呟く。


「いや。力の使い方としては、この上なく好ましいとすら感じるのニャ・・・」


 その言葉は色々と含みを感じるモノだった。


「しかし、あの娘も偶然とは言え、随分と因果な名前を付けたものだニャ」


 クロは続けて告げた。


「どうゆう事?」


 晴明は不思議そうに言う。


「死神を使役した陰陽師、安倍晴明・・・懐かしい名前を聞いたもんだニャぁと思ってニャ」


 クロは遠い目をしていた。


「もしかして知ってる人?」


「さぁニャぁ。昔の事は忘れたのニャ」


 クロは露骨に誤魔化して手をぺろぺろと猫らしい仕草をしていた。



 これは彼女が、死神の力を持つ黒猫と、その力を譲渡された最強の死神『晴明』に出会った時の物語だ。


「ただいま〜!お菓子買ってきたよ♪ピザポテトとマイクのポップコーン、バター醤油味!」


 夕方遅く、仕事を終えて帰ってきた彼女。帰宅時間は以前より少し早くなった。


「おつまみじゃニャいか・・・」


「お姉さん・・・太るよ?」


ーーーー《おしまい♪》ーーーー

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彼女と男の子と黒猫 フィガレット @figaret

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