幸福推進課【幸せは一粒の飴】

フィガレット

第1話 幸福推進課【幸せは一粒の飴】

 20xx年、惑星ウチキュのパジャン国での出来事。


「我が国の国民に意識調査をした結果、他国よりも著しく幸福度が低い事が分かりました。これに際して世論から性急に何かしらの対処をと言う声が上がっています」


 大臣より、国王へ伝達された。

 民主主義国家であるこの国、選挙で選ばれた国王は世論を無視出来ない。

 次の任期も継続する為に、何かしらの対応をする必要があった。


「良い案はあるか?」


 国王は大臣に問う。


「それに対応する部署を作り、何かしら対処しようとしているポーズを示すのが良いかと」


 有能な大臣は言った。

 幸福などと言う不確かで個人的な案件を本気で解決出来るなどとは考えていなかった。

 要は国民に、何とかしたいという意思表示が出来ればそれで良かったのだ。

 こうして設立されたのが、


『幸福推進課』Division of Happiness Promotion


 よくある横文字にしてイニシャルを繋いで本来の意味をぼかす手法。

 DHPと呼ばれる予定だったが、実際は陰で『コスイ課』と呼ばれていた・・・。


◇◆◇


「幸田教授、お会いできて光栄です。これから、この幸福推進課を世に知らしめていきましょう!」


 設立初日。嫌々ながらも、この課へ異動となった私はせめて何か意義のあるモノにしようと虚勢を張って息巻いていた。


「あぁ〜、佐々木さんだったね。えっと、宜しく」


 白髪で痩せた、とても大らかな顔つきをした・・・老人、と呼んでも差し支えなさそうな風貌のこの方が、この課の課長であり、責任者である。幸福についての研究を長年に渡って行ってきた教授であり、この国の心理学の権威でもあった。


「随分と意気込んでいる様だけど佐々木さんは、この課をどう考えてるんです?」


 とても穏やかに語る教授。本来なら課長と呼ぶべきなのかもしれないが、私は教授と呼んでいた。何故なら、この課は・・・


「内情は何も期待されていない課だと・・・。世間的には、注目されている様ですが」


 そう、この課は言うなれば人柱なのだ。

 何かが出来るなどとは思われてはいない。

 ならば、私達は何故ここにいるのだろうか・・・。


 教授はどう考えているのだろうか?


「そうだね。では、賭けをしようか。3年後この課は残っているかどうか、というのはどうだろう?」


 教授は笑いながら言った。不謹慎にも程がある。


「教授は残っている方に賭けてくれるんですか?」


 私は皮肉を言う。


「これでは賭けにならないね」


 教授はそれはもう楽しそうだった。

 私は笑えないんですけど・・・。


「君がここに来た経緯は聞いたよ。災難だったね」


 私は、この課の設立に全面的に反対した。

 そして結果、この課に配属されたという・・・。

 何という酷い仕打ちか・・・。


「君は、幸福かい?」


 教授が問う。


「全力で否定してた課にいる訳ですから、こんな不幸な事もないと思いますけど?」

「だろうね」


 相も変わらず笑っている。


「この国の幸福度は低い、と言われている。なんでだと思う?」


 直球な質問だ。それこそがこの課の意味なのでは?

 だからこそ、私は全力で答える。


「意識の問題だと思います」


「・・・君は頭が良いね」


 褒められて悪い気はしない。が、しかし何か含みを感じた。


「だからこそ、賢くはない様だ」


 イラッ!それはそうでしょうね!だから今こんな所にいるんですよ。


「賢く生きる事は悪い事ではない。君はもう少し賢く立ち回る方がいいかもな」


 耳が痛かった。思い当たる事は多かった。それでも納得出来てはいなかった。

 教授は続けて言う。


「経済的な理由、所得の低さ。社会形態、政治のせいなどとは思わないんだね」


 不思議そうに、しかしどこか真剣味のない様な言い方だった。


「この国は経済的には上位です。幸福度の高い国には、GDP(国内総生産)の低い国も沢山あります。社会形態、政治はシステムです。個人の幸福度には関係ありません。問題は個人の意識だと思います」


 私は自分の考えを述べた。間違っているとは思っていない。


「君は本当に頭が良いね。では何故、国民の皆は自分は不幸だと言うんだろうか?」


 飄々ひょうひょうと変わらぬ表情で教授は語る。


「理想が高いからじゃないですかね?高い比較対象に対して自分は劣っていると感じている、と考えます」


 私は少し苛立ちながら答えた。


「聞いてばかりでは悪いね、では私の見解を言おう。我が国の幸福度が低いと認知されているのはアンケートの結果、幸福ではないと答えた人が多いからだと思うんだ」


 ん?ん〜。


 ん?


 そりゃ、そうだけど・・・その答えは狡くない?いや、ズルくないな。

 私はそこから本質を考える。

 それは、私の答えである『意識』にもつながる答えだと思った。


「もっと言うとね。アンケートで幸福ではない、と答えた方が都合が良い。もしくは、幸福だ、と答えると都合が悪いからなんじゃないかな?」


 え・・・?そんな事は・・・あるかもしれない。


 幸福だと満足してしまえば、嫉妬の対象にもなるし、何より抱える問題に対処してもらえないのではないか、と言う疑念が生まれる。


 この度、この課が発足したのも、国が何か対処しなければと考えたのも、不平不満を世論が申し出たからだ。世論は・・・表面上、幸福ではないと言う事で要求している?


「今度、なにか実験でもしてみようかね?」


 教授は巫山戯ふざけた口調で、悪戯な笑顔をしていた。

 碌な事にならなさそうだなぁ・・・。


・・・


 幸福推進課には他にも三人の職員が配属されていた。

 皆、一癖も二癖もありそうだ・・・。

 教授は彼らに、どうすれば幸福度が上がるか?と言う課題を出した。


 それ、この課の存在理由ですよね?

 解決したら終了なんですけど・・・。

 そして絶対に解決しない問題だと思うんですけど・・・。


 彼らは日々、真面目にこの課題に打ち込んだ。

 そしてプレゼンしては撃沈していった・・・。


「より不幸な国を意識させて、自分達が如何に幸せか浸透させましょう」

「ネガティブな発信で好転するとは思えませんね」


「幸福のモデルケースを作りましょう」

「高い設定は、不幸の認識を強くしますし、低い設定は受け入れられないでしょうね」


 彼らは、こんなやり取りを日々繰り返していた。

 地獄の禅問答。私は彼らを尊敬します。

 一方、私はと言うと・・・


「君は無理だと言う結論に辿り着いてしまっているからね、私の助手をお願いしよう」


 教授の助手に就任していた。不本意です。


「君には、私の行なっている事を記録して貰います。決して、取り繕ったり私をフォローする必要はありません。事実を綴って下さい」


 意図が全く読めなかった。


・・・


 こんな日々を繰り返す内に、私は少しこの課での仕事が楽しくなってきていた。

 何せ、何も期待されず、全く成果も上がらず、上げる必要もないのだから。

 しかし、これでは完全に税金泥棒だ。私が設立に反対したのも、この理由が一番だった。


 それに対して教授は、


「この課の目的は、幸福を推進する事だ。だからこうして幸福について調べている。幸福が何か明確に、確実に、正確に説明出来る人はいるのだろうか?不平不満のない形で」


 そんな人はいないのでは?

 だから、まずはそれを調べている。目的が分からず、行動するのは不合理だ。

 真面目に仕事はしている。幸福について調べる事こそが仕事だ、だから税金泥棒ではない。というのが教授の言い分らしい。


 アンケートで幸福か?と問われれば違うと答える人々。

 彼らは、それはなにか?と問われれば答える事が出来ない。

 出来たとしても、それは一時的な目の前の問題や不安、不満・・・。

 その本質は誰にも分からない。本人が言い切ればそれが本質になるかも知れない。

 しかし、それは千差万別だろう。多くの人はそれすらも出来ずにいる。

 その大勢を包括できる様な定義など誰も分からない。


 誰も分からないものを問われて、自分はそうか?と言われれば『違う』となるだろう。

 都合の良い方を選びたくもなるのかもしれない・・・。


・・・


 そんな中で、教授との禅問答が続く。

 教授は・・・やなぎの様な人だった。

 どんなに強く押してもゆらりと揺れるだけで、受け流してしまう。

 強い風には、大きくなびきながらも平然としている。


 上からの圧力もないはずがない。しかし、気にも留めない。

 それが良い事なのかは分からないが・・・。


 ある日、教授が言った。


「例の実験に行こうか」


 教授は実験と称して、街角に出てよく分からないアンケートを取ったり、意識調査をしていた。内容の意味は、ありそうな・・・ないようなものばかりだった。

 私は、その行動を綴る。これの意味も、何かあるのだろうか・・・。


 今回もその一環だ。


 教授の手には・・・風船と、飴玉の袋・・・。

 遊びすぎでは?


「今日もアンケートを取ろう。幸福だと答えた人には飴を、不幸だと答えた人には風船をプレゼントすると言う名目でな」


 意味が分からない。・・・が、この調査結果は過去の意識調査の結果とは逆転していた。

 大半が幸福だと答えたのだ。


 何で?


「不思議そうな顔をしているな。君は飴と風船、どっちが欲しい?」


 教授は今日も問う。


「飴ですね。風船を貰っても正直持ってるだけでちょっと恥ずかしいです」


 あ、だからこの結果か。そりゃそうだ。

 風船を選んだのは、子供連れの人ばかりだった。

 子供は風船、好きだからなぁ・・・。


「次は、風船はなしで幸福と答えた人に飴だけでやってみよう」


 結果は、同じく大半が幸福だと答えた。


「幸福なんて一粒の飴だな」


 教授は今日も笑っていた。


 しかし、街角アンケートだからこの結果になったが、国の調査となれば飴程度では変わらないだろう。それは、やはり都合による所な気がした。

 そもそも幸福度の調査自体に、国民は何の意味を見出せば良いと言うのか?

 政治に不平不満の溜まりきった世の中だ。

 好意的な意志を示す意味が、幸福だと答える事には含まれてしまう気がする。

 不満があれば、不幸を主張する。


 幸福だと主張できないのは、この国の民の性質もあるのではないかとも思う。

 文化が、歴史が、それを物語っている。


・・・


「労働生産性が低いから、幸福度が低いと言う話もありますよね?」


 私は教授に問いかける。問われるばかりではなく私も問いかける様になっていた。


「所得の問題とも繋がるな。私が若い頃に比べれば皆、随分いい生活をしていると思うが」


 確かにその通りだ。


「良いものを安く売っていれば、労働生産性は下がりますよね」

「所得が下がっても物価が下がれば、国内で完結する分には変わらないな」

「でも輸出、輸入に頼っている我が国では国力が落ちますよね?」

「本来はそうならないシステムがあるが上手く機能していない様だな。まぁ、我々が考える事ではないが。ただ幸福との関連で言えば『不安』『不満』の方が余程、影響が強いのではないかな?」

「不安や不満を取り除く事が、幸福に繋がりますか?」

「私はそう思うがね」

「何故それが出来ないんですかね?」

「危機察知と危険予測は、不安や不満と隣合わせだ。皆、頭が良くて賢いからなぁ」

「馬鹿になれば良いんですかね?」


 私は笑って質問する。


「それを幸福とは誰も呼ばないだろうな・・・。その方が都合が良い人はいるだろうが」


 笑えない話な気がした。


・・・


 こんな日々は、一年近く続いた。

 いや、一年で終わりを告げた、と言うべきか。


 理由は簡単、成果を上げていないからだ。

 成果など上がるわけがない。成果とは幸福度が上がる事だ。

 そんな事が出来たら、魔法か洗脳じゃないだろうか?

 そんな事でもたらされるそれも、私は幸福とは呼ばない。


 上がる訳がない成果が、ないからと閉鎖を言い渡す人。

 一体、何がしたかったのだろうか?何故作ったのか・・・。


 そもそも、何も成果を上げず、ただ幸福推進課を解体しただけで国民は納得するのだろうか?


 答えは、私達がこの一年間、積み重ねてきたものの中にあった。

 

 まず、解体のキッカケは教授が上の報告に混ぜた、例の風船と飴の実験結果だった。

 教授はあれを別の適当な論文と繋げて成果として提出したのだ。

 そして、それはすぐにバレて問題となった。


 私は確信している。教授はわざと問題にした。


「若い君と彼らをこれ以上、拘束する事に意味はなさそうだ。皆、この一年で随分と成長した。どの課に行っても大丈夫だろう」


 教授は言っていた。

 実際、彼らのプレゼン能力は飛躍的に上がっていた。

 何せ無理難題に一年間、ずっと様々なアプローチで挑み続けていたのだ。

 嫌でもスキルは上がっていた。


 そして、彼らが綴ったプレゼンの数々は幸福を政府によって提供する事の難しさを証明していた。


 悪魔の証明。


 ないものをないと証明する事は困難だ。

 だが一年かけて積み重ねてきた内容は国民を『ある程度』納得させるのに足りた。


 こうして彼らの努力は無駄にはならなかった、と思いたい。



 そして、私はと言うと・・・


「君が記録していた、私の活動内容だが君の名義で上に上げていた。今回の解体の後押しにもなった。その事も加味して君は今回の件についてお咎めなしだ、安心しなさい」


 私は、教授に保護されたのだろう・・・。

 事前に、問題を報告していた事にして、私を被害者にしたのだ。


 私は恥ずかしくなった。


 教授は最初からこうなる事が分かっていたのだ。

 そして、自分一人が責任を負う様にする事を決めていた。


「私はもう定年だ。退職金も元の勤め先からちゃんと貰っているから老後も問題ない」


 しかし、教授の名声は失墜した。


「今更、別に世間体など気にはしない。実害は法を持って、対処させて頂くとするさ。

 若い君達の成長を見れた事の方が大いに価値がある」


 それでも・・・こんな事に、こんな課を作る事に何の意味があったのだろうか?

 私は教授に最後の最後まで問い続ける。


「国王も・・・というよりは大臣だな。彼もこうなる事は分かっていたのさ。だから、こんな老兵に一任したんだ。何かを本気で変えたいなら、未来ある若者に託すべきだ」


 初めから・・・そうか、今回のこの件は・・・


「ただのガス抜きだな。彼らのおかげで適当な理由も沢山できた。多少なりとも納得できれば、目的は達成されたと言っていい。私も責任追求と称して解雇される訳だが、元より定年間際の老兵だった訳だ。世間体から言えば人柱だな。まぁ、時間稼ぎくらいにはなるさ」


 なんだかなぁ・・・。

 

「時間稼ぎ・・・ですか。それに意味はあるんですかね?」


「続きは、君らで頑張りなさい。未来を創るのは君達だ。始めて会った時に話したが、君はもう少し賢く生きるべきだ。そしてより大きな幸せを求めるべきだ」


 言葉が突き刺さる。一年前とは全く違う。


「私は、今それなりに幸せですよ?」


 一年間、楽しかった。この課に来て良かったと感じていた。


「なら、もっと良い幸福を求めなさい」

「欲張る事は良くない事なのでは?」


 過剰な幸福に抵抗を感じる。


「そうだな。なら飴、一粒分程度でいいんじゃないか?それは不幸も幸福に変える」


 私には、その真意は理解出来なかった。

 ただ、教授は・・・いつもと変わらず笑っていた。


・・・


 新しい課に異動になった私は、以前より何故か少し余裕があった。

 何が変わったのか、と言われると上手く答えられない。

 しかし、何かが確かに変わっていた。


 そして、私はとある男性と恋に落ち交際を始める。

 私は以前よりも、少し幸せだと実感する。


『彼は、教授の孫だ。』


 幸福推進課が解体された後も、私は教授の元を定期的に訪れた。

 幸福とは何か、その答えを探して。


 その時に出会った教授の孫、それが彼だ。


 私は、幸福の飴を積み重ねていく。

 きっと辛い事も起こるだろう。実際、短い期間でも良い事ばかりではなかった。

 そんな時、一粒の飴が私を幸せに留まらせる。

 

 私は気付けば、少し賢い生き方をする様になっていた。

 大切な事の本質に、少し近づいたからかもしれない。


 幸せは一粒の飴だ。


 幸福とは、他人に左右されるものではなく、しかし周囲の影響を受け、

甘い感覚によってもたらされる刺激なのかも知れない。

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幸福推進課【幸せは一粒の飴】 フィガレット @figaret

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